あとは任せる
二階の奥の部屋へと向かい、止まることなく中に入る。
部屋の奥――悪趣味に豪華な執務机があって、その椅子に座っていたのは、白髪交じりの四十代後半くらいの男性。
部屋の中に置かれている物はどれも高価そうであるし、白髪交じりの男性は質の良い衣服を着ているので、「血塗れの毒蛇」のボスだと思う。
「なんだ! 貴様らは! 見ない顔だが、他の連中は何をやっている! 侵入者か? おい! 誰か! 誰か!」
「「「……」」」
白髪交じりの男性が声を荒げて人を呼ぶが、誰も来ない。動く気配すらない。
どうやら、屋敷内に居る者は白髪交じりの男性を除いて全員倒していたようだ。
「どうやら、残っているのはお前だけのようだな」
「なっ! 一体何が!」
「驚いているところ悪いが、お前が『血塗れの毒蛇』のボス――裏ギルドのマスターってことでいいか?」
「……そうだとして、それの意味することがわかっているのか?」
白髪交じりの男性が悠然とした態度を取って、こちらを見てくる。
ニヤニヤとした笑みを浮かべた。
しかし、意味することがわかっているか、か。
アイスラを見る――この程度の者たちのことなど考える必要がありますか? と首を傾げる。
ハルートを見る――ここまでの流れを体感してもう別に必要ないのでは? と首を傾げる。
ぴゅいちゃんを見る――そもそも理解していない感じで首を傾げる。可愛い。癒し。
「わかってい」
「お待ちください。やり直します」
首を傾げるぴゅいちゃんを見ていたアイスラが提案してきて、俺に向けて首をこてんと傾げて見つめてくる。
なんというか、あざとい。
「どうでし」
「わかっているのか、わかっていないのか、ハッキリと答えんか! そんなあざとい行動を取る女を優先するとは何事だ! そもそも可愛くないわ!」
こちらの態度に対して、白髪交じりの男性が激昂すると――。
「あ゛?」
アイスラが一瞬で距離を詰めて、白髪交じりの男性の顔面を平手打ち。
パァンッ! と小気味よい音が室内に響く。
「ええ! いや、ええ~!」
叩かれた頬に手を当てて、白髪交じりの男性が動揺を見せる。
「貴様! ワシを誰だと思っている! 裏からヘルーデンを支配していると言ってもいい『血塗れの毒蛇』のボスだぞ! そのワシの言葉を遮るだけではなく、頬を打つなど! 奴隷だ! 貴様を奴隷にしてやる! そして、ワシが主人であると屈服させ……あっ、いや、やっぱり貴様は要らん。ワシは十代じゃないと」
「この害虫が」
アイスラが白髪交じりの男性の胸倉を掴み、平手打ちだと甘かったと判断したのか、今度は拳を握って顔面に一発入れた。
白髪交じりの男性は椅子から転げ落ちて、殴られた頬に手を当てながらアイスラに向けて口を開く。
「き、貴様! ワシの適齢期を過ぎている分際で! 一度ならず二度もこのワシに手を出すとは!」
白髪交じりの男性は二度打たれたことが余程お気に召さないのか、さらに激昂して勢い良く口を開く。
「き、貴様! もう許さんぞ! ワシの適齢期を超えているだけではなく、ワシに手を出したのだ! もう無事では済まさんぞ! ここ以外にもワシの部下は大勢居るのだ!」
その大勢の部下だけど、もうやっつけた。
いや、他にも拠点がある可能性はあるのか。
まあ、大元のここを潰せば終わりだろうけど。
「それに、貴族も黙ってはいないぞ! 徹底的に追い詰めてやる!」
まったくそうだと感じないが、多分白髪交じりの男性は威圧しているつもりなのだろう。
ただ、アイスラには通じない。俺も。
ハルートは少し気圧されたようだが、直ぐに持ち直していたので気にするようなモノではない。
寧ろ、俺は別のことが気になっていた。
白髪交じりの男性の、貴族が黙っていない、という言い方である。
もし、辺境伯と繋がっているのなら、辺境伯が黙っていない、と言えばいい。
なのに、白髪交じりの男性は辺境伯ではなく貴族と言った。
ここは、ヘルーデン。辺境伯のお膝元なのに。
「アイスラ。捕まえて突き出そう。その方が良い気がする」
「かしこまりました。命拾いしましたね」
「は? 何を! ええい! ワシに触れるな! 触れるなら、もっと若い女にしろ!」
話す価値なしとでも判断したのか、アイスラが無言で強めの一発を入れる。
一応、死んではいない。
アイスラならもっと手加減することもできると思うが、それよりもあまり触れたくない、という思いが強かったように思う。
まあ、これでうるさいのは黙ったので、少し調べるか――と思った時、外の気配を感じ取った。
大勢がこちらに向かって来ている。
ここ以外にも幹部が居て、ここの騒動を知って「血塗れの毒蛇」の残党でも送ってきたのかと思ったが、その中に見知った気配があったので多分違う。
とりあえず、先に白髪交じりの男性を引き渡せばいいかと、運ぼうと近寄った時、執務机の上にあった書類が目に付く。
……少しだけ読み、それも手に取ってハルートと共に白髪交じりの男性を運んで屋敷の外へ。
門前だけではなく、屋敷全体を囲むようにして人が集まっていた。
警備兵と冒険者の集まりのようだ。
その先頭に見知った人――マスター・アッドが居た。
マスター・アッドは本気で俺たちの身を案じていたし、実は裏で白髪交じりの男性と繋がっている、なんてことはない、と思う。
まあ、外れて敵対するのなら潰せばいいだけだ。
なので、話すのならマスター・アッドに、と声をかける。
「よくここがわかったな」
「誰かさんたちがご丁寧に暴れまくったからな。二つ潰れた辺りでこちらも動き出した。ああ、お前たちが暴れたのは、裏通りの雑貨店。表通りの武具店。町外れの倉庫。で合っているな?」
「ああ、それで間違いない。ここが最後だ。何しろ、こいつがボス――裏ギルドのマスターのようだ。それと、これも渡しておく」
運んできた白髪交じりの男性と書類を渡す。
マスター・アッドは困惑を示した。
「こいつが……ところで、この書類はなんだ?」
「軽く見ただけだが、どうやらそいつは辺境伯ではない別の貴族と繋がっているようだ。そこら辺のことがそれに書かれている」
「なんだと!」
驚くマスター・アッドだが、書類に意識を向ける前に一声かける。
「俺たちが屋敷の中で見つけたのは、それだけだ。といっても他に何かなかった訳ではなく、単に他は見ていないだけだから、あとのことは任せていいか?」
「ああ、任せろ。ここまでやってくれただけで十分だ。『血塗れの毒蛇』はここで潰す」
「まあ、もう潰れているようなものだが。それより、帰っていいか?」
「できれば居て欲しいが、ここまでやってくれただけでも十分だ。ただ、時間はいつでも構わないから明日一度冒険者ギルドに来てくれ。色々とすり合わせは必要だろうからな」
「わかった。それでは」
「ああ。大丈夫だと思うが、残党が居るかもしれないから気を付けろよ」
「そっちもわかっている」
この場をあとにして「綺羅星亭」へ向かう。
現状で別行動だと心配なので、金は出してやるからとハルートも連れていって、隣室が空いていたのでそこに泊めさせた。
作者「ゆっくりとお休み、ジオくん。………………ところで、今後についての話なんだけど、これこれこういうことで、こうなって、ああなってーー」
ジオ「いや、休めないから」