まずは言い切らせて欲しい
辿り着いたのは、ヘルーデンの中でも高級住宅が建ち並ぶ一画。
その一画にギリギリ入っていそうな端の方にある、庭付き二階建ての屋敷。門番も居た。
そこを少し離れた位置から見つつ、アイスラに声をかける。
「あの屋敷が?」
「はい。あの屋敷に『血塗れの毒蛇』のボスが居るそうで、幹部と一部の者だけが知る本拠地として使用していると言っておりました」
「なるほど。となると、これまでで一番厳重である可能性が高いな」
「腕利きが揃っているかと」
「腕利きね。それはあちらにとっての腕利きというだけだろ?」
「はい。脅威は感じられません」
「それは俺もだが、ハルートは迂闊に前に出るなよ。剣より槍の方が使えるといっても、使い始めたばかりだし、正直に言えばまだまだ未熟だ。丁度良い相手が居れば相手をしてもらう……というのも考えていたが、さすがに限界が近そうだな」
ハルートは既に肩を動かして息をしている。
連戦だったのだから仕方ない。
「い、いや、まだやれる!」
「それは錯覚だ。興奮状態で限界を自覚できなくなっているだけで、実際はもう限界が近い」
とん、とハルートを軽く押すと、ハルートは踏ん張ることもできずに尻餅をつく。
「は、ははは……本当に限界だったのか。……はあ。わかった。大人しくしておく。ここで待っていればいいか?」
「いや、付いて来い。ここは裏ギルドの本拠地の近くだ。夜中で視界も悪いし、いきなり敵が出てくるかもしれない。その時に今のハルートでは対処が難しい。守るから、俺とアイスラの背後に居ろ。『血塗れの毒蛇』が潰れるところを、特等席で見ておけ」
「わかった。そうさせてもらう」
ハルートを守るように前に出て、アイスラと共に屋敷へ向かい、屋敷の門の前で足を止めた。
門番がこちらを睨み、警戒を露わにする。
「何か用か?」
「ああ。ここが『血塗れの毒蛇』の本拠地」
「――シッ!」
「危ないな」
まあ、実際はまったく危なくないが、様式美の言葉を吐いておく。
なんてことはない。
いきなり門番が手に持っていた槍を突いてきたので防いだだけだ――アイスラが指で槍の穂先を摘まんで。
「ジオさまの言葉を遮るだけでなく襲いかかるとは――万死に値します」
アイスラが一瞬で距離を詰め、門番の顔面を掴んで殴り、膝を上げて打ち付け、地面に叩き付けて、上から踏み続ける。
「あ、あの……俺、これまででわかったことが一つあって、アイスラさんって『血塗れの毒蛇』より怒らせたら怖い人ですよね?」
ハルートが後ろからそう言ってくるが、俺は「そうか?」と首を傾げる。
アイスラを怖いと思ったことは一度もない。
「……あっ、そう。同類、なのかな」
何かを呟いたハルートの傍に、アイスラが高速移動する。
ハルートの目には突然現れたように見えたようで驚きを露わにした。
「う、うわっ! いや、あの、先ほどのは」
「つまり、ハルート殿は、ジオさまと私がそれだけお似合いだと言いたい訳ですね?」
「え? いや、違……あっ、はい。そうです。その通りです」
「よろしい。ハルート殿は見る目があるようですね。先ほどの私を怒らせたら云々の発言は忘れてあげます」
「あ、ありがとうございます」
小声過ぎて何を話しているのかわからないが、特に問題はなさそうだ。
ただ、ハルートが何かを察したような、あるいは達観したような、そんな表情を浮かべたのが印象的だった。
ともかく、門番は地面にめり込んでいるのでこちらの邪魔はできない。
堂々と門を開けて、屋敷へと向かう。
屋敷の中からそれなりの人の気配を感じる。
それでも直ぐ終わりそうだなと思いながら近付くと、屋敷の扉が開いて五十代くらいの執事が出てきて、こちらを睨みながら口を開く。
「どうやら門番は解雇しないといけないようですね。このお屋敷に何か御用でしょうか?」
「ああ。ここが『血塗れの毒蛇』の」
「――フッ!」
「だから、危ないって」
言い切る前に執事が動き、俺の両目と眉間を狙って細長い針を三本投擲してきたのだが、俺が動く前にアイスラが器用に指の間に挟んで止めた。
「なっ!」
執事が驚きの声を上げる間に、アイスラは距離を詰めて執事を掴んで倒し、そこにかかと落としを食らわせる。
執事はそれで昏倒したようだ。
しかし、針を投げるとか、暗殺者か何かだったのだろうか。
ともかく、執事が扉に鍵をかけた様子はなかったので、これですんなりと中に入ることができるということだ。
屋敷の扉を開けて、それなりに広い玄関ホールに足を踏み入れる。
――瞬間。四方から数人のメイドが、それぞれ武器を持って襲いかかってきた。
アイスラが俺より前に出る。
「ジオさまを襲おうなんて羨ま――許容できません! 今、色目でジオさまを見ましたね! 処します!」
俺が手を出す前にアイスラが次々と倒していく。
「ひええ~」
ハルートとぴゅいちゃんが何やら恐れおののいていた。
反応を示したのは他にも居る。
「おいおい、まさかウチの戦闘メイド部隊が押されるなんて。そのメイドはどうなってんだ?」
玄関ホールの奥。二階へと続く踊り場からアイスラとメイドの戦いを見ている、スキンヘッドの荒くれ男性が居た。
多分……強者感を出している。俺とアイスラはまったく感じないが、ハルートはビクついているから間違いないと思う。
荒くれ男性が踊り場からゆっくりと下りてくる。
「だが、まあ、残念だったな。この俺――『血染めの拳』の敵で」
「邪魔です」
「でぶわっ!」
荒くれ男性が何か言っていたのだが、アイスラとメイドの戦いに巻き込まれたというか、口にしたように邪魔だったのか、その中の流れでアイスラが殴り飛ばした。
そのまま壁に激しく衝突。
それで気を失ったようだ。
……なんだったのだろうか?
不思議に思っている間に、アイスラはメイドを全員叩きのめしていた。
「二度とジオさまに色目は使わないように」
アイスラが倒れたメイドたちに何か言っていたようだが、多分聞こえていない。
ともかく、この場に居た敵は全員倒したので、先へと進むことにした。
屋敷といっても、そこまで大きくはない。
手当たり次第でもいいが、人の気配はなんとなくわかるので、それを目安に進んでいく。
まず出会ったのは、幹部とその護衛。
アイスラがあっという間に倒した。
けれど、ボスではないので放置。
次も同じく幹部と護衛二人。
これもアイスラがあっという間に倒した。
ボスではないので次へ。
気付けば、屋敷の中で会っていない人の気配が残るは一つ。
二階の奥の部屋だけとなっていた。
ジオ「きちんと言い切らせて欲しかったな」
アイスラ「ジオさまの邪魔をするモノは私が排除しますので、お好きなように仰ってください」
ジオ「そう? ありがとう。アイス」
作者「あっ、ジオくん。こんなところにどうしたの?」
アイスラ「排除します」