降ってくる
マスター・アッドが諦めたようなので、俺とアイスラは早速「血塗れの毒蛇」壊滅に向けて動くことにする。
行動に迷いはない。
以前、父上からこういう事態について、どのように行動したかを聞いていたからだ。
それは俺が幼い頃の話。
闇組織、裏ギルドというのは、当然王都にも存在していて、ヘルーデンにおける「血塗れの毒蛇」のように、王都にもかなり力を付けた闇組織があったそうだ。
それを、父上が「おいたが過ぎる」と潰した。
兄上は、社会見学だと同行したらしい。
その時の父上の行動が、拠点の一つに乗り込んで殲滅したあと、そこで立場が一番上の者から別の拠点を一つ――既に知っている場合は別のモノ――聞き、そこに向かって殲滅してから立場が一番上の者に別の拠点を聞いて――を繰り返したモノで、その結果――父上は完全に殲滅したそうだ。
それを、今回俺とアイスラで行う。
最初は冒険者ギルドの外から敵意を向けている者たちである。
徹夜は嫌なので、冒険者ギルドから出て早速潰しに行こう――と立ち上がったところで、先ほどから黙っていたハルートから声をかけられる。
「お、俺も連れて行って欲しい! 足手纏いなのはわかっているけれど、それでも俺が巻き込んだんだし、顛末だけでもしっかりと見ておきたいんだ!」
「……ハルート。正直に言うが、ハルートの強さでは通用しない。つまり、それだけ危険で、付いてくるということは俺とアイスラに迷惑をかける、ということになるが、それでも?」
「それでも、お願いしたい!」
ハルートが頭を下げる。
思えば「鉄の蛇」の時も、ハルートは自ら率先して戦おうとしていた。
今回もただ見ているだけで終わるかどうか怪しい。
ただ、話した感じだと、別に戦闘狂という訳ではなさそうで……それはなんというか、強くなりたい、という強い思いから動いている感じだ。
それだけ強さを求める理由がある、ということか。
まあ、見るだけなら俺とアイスラからすれば実際は別に邪魔でもなんでもないのだが……アイスラを見れば、俺に任せる。と一礼を返し、マスター・アッドを見れば、好きにしろ。そういうのも自己責任だ。こっちとしては仕事が減って助かる。と軽く手を振って返してきた。
………………。
………………。
「わかった。とりあえず、連れて行く。だが、俺の指示は絶対だ。従ってもらうぞ」
「ああ! わかっている! ありがとう!」
感謝することだろうか? と思わなくもないが、ともかくハルートを連れて冒険者ギルドから外に出る。
―――
冒険者ギルドから出た瞬間から、複数の敵意の視線がこちらに向けられている。
そこから他所に視線を向けないので、狙いが俺たちなのは明らかだ。
というか……あれ? 視線の主たちの姿は直接見れないので隠れているようだが、視線を向けたままだと自分たちから潜伏場所を明かしているようなモノなのだが。
「鉄の蛇」なんてのが所属していることといい、「血塗れの毒蛇」というのは間抜けの集団なのか?
それとも、もしかして、あれで潜伏しているというか、こちらから隠れ切っているつもりなのだろうか?
……いや、待てよ。
「アイスラ。もしかすると、敵意の視線はあえてわからせるようにして、それに紛れて本命が居るのかもしれない」
「単に相手の練度が低いだけでは――いえ、ジオさまがそう言うのであれば、私に否はございません。念のため、警戒を怠らないように注意しておきます」
「俺も気を付けておく。それで、どう動くかだが」
「私が率先して動きますので、ジオさまは万が一に備えてその者の護衛と、周囲の索敵をお願いします」
まあ、それが妥当というか、一番良い形か。
アイスラの提案に頷きを返す。
「わざわざ言う必要はないと思うけれど、気を付けて」
「そのお言葉だけで十分です。まずは周囲の掃除から始めましょう」
アイスラが駆け出す。
「き、消えた!」
ハルートが驚きの声を上げた。
アイスラはかなりの速度で駆けていったので、ハルートの目には消えたように見えたのだろう。
そんなハルートに最初の指示を出す。
「とりあえず、ハルート。冒険者ギルドの職員を呼んで来てくれ」
「職員を? なんで?」
「回収しておいてもらうから。さすがに冒険者ギルド前に人の山を築いたままは駄目だろうし」
「は? 何を言って?」
ハルートが不思議そうな表情を浮かべた瞬間、上から人が降ってきて、目の前に落ちる。
受け止めるようなことはしない。
何故なら、落ちてきたのは敵意ある視線を向けていた者だからである。
ついでに言うと、「血塗れの毒蛇」関係なのは間違いない。
その辺りはアイスラがきちんと確認してから行動しているからだ。
「う、うう……」
呻き声を上げているので生きてはいるようだ。
ただ、その体が全身ボロボロである。
別にこれは落ちた衝撃でそうなった訳ではない。
アイスラが情報を引き出すためにボコしたあとだからである。
「これを回収してもらう。敵意を向けていたし、状況的に『血塗れの毒蛇』だから。さすがにこのまま冒険者ギルドの門前に放置はマズいと思って」
「わ、わかった! 呼んでくる!」
ハルートが冒険者ギルドの中へと戻り、冒険者ギルドの職員――来た時に対応した受付嬢を連れて戻ってくると。
「一体何事で――ひっ!」
受付嬢が小さな悲鳴を上げる。
まあ、それも仕方ない。
既に三人が積み重なっていて、小さな山ができているのだ。
「こ、これは……」
「『血塗れの毒蛇』の関係者だ。『鉄の蛇』とでも一緒にしておけば良いと思う」
「い、一緒にって、そんな簡単に……あ、危なくないんですか? それに、これで冒険者ギルドが狙われるなんてことも」
「大丈夫だ。今日で――いや、もう今夜か。今夜で終わらせるつもりだから」
「終わらせるって……あの、話がまったく見えないんですけど……」
困惑する受付嬢。
確かに、まずは説明が先かな? と思っていると――。
「構わないから中に入れておけ」
冒険者ギルドの中から、マスター・アッドが許可を出してきた。
「わ、わかりました」と受付嬢が知り合いと思われる冒険者たちを呼んで、落ちてきた者たちを中に運んでいく。
その様子を見ていると、マスター・アッドが声をかけてくる。
「早速動いた訳か。まあ、あれだけ露骨に見られたらな」
マスター・アッドも気付いていたようである。
強さを感じていたが、間違いなかったようだ。
マスター・アッドは少しだけ清々とした表情を浮かべた。
「俺も若ければな……。まあ、好きにしろ。成功しようが失敗しようが、俺がどうにかしてやるよ。少しだけ、希望を持たせてくれた礼だ」
マスター・アッドが手を軽く上げ、冒険者ギルドの中に戻――ろうとしたところで。
「もう一人お願いします」
アイスラが人を一人抱えて戻って来て、その抱えていた一人をマスター・アッドの方に差し出す。
「お、おう」
戸惑いつつも受け取って、マスター・アッドは冒険者ギルドの中に戻っていった。
「お疲れ。アイスラ」
「疲れるようなことはしていません」
「それでも気遣いは必要だ。それで『血塗れの毒蛇』の拠点はわかった?」
「はい。三つほど話していただきました。ただ、本拠地ではないようでしたので、その三つを潰せば、何かしらの情報は得られるかと」
「そうだな。それじゃあ、近いところから行こうか」
ハルートを連れて、アイスラの案内で進んでいく。
血塗れの毒蛇A「……はあ。今日も暇だな」
血塗れの毒蛇B「まあな。もうこの町で俺らに面と向かって逆らうのは居ないし」
血塗れの毒蛇A「なんつうか、刺激が欲しいわ。刺激が」
血塗れの毒蛇B「ほんと、それな。まあ、俺らに刺激を与えるなんて、よっぽどなことじゃないと無理だけどな」
血塗れの毒蛇AとB「「はははははっ!」」
ジオたちが向かう少し前の会話。