回収
木の枝の先に付いた、巨大な蜘蛛の糸の大きな玉。
たくさんできたそれを、一旦俺の肩掛け鞄に入れておく。
かなりの数だったが……なんとか入った。
アイスラの収納魔法に、という手段もあるが、ヘルーデンに戻って報告を挙げるのは俺なので、その時に取り出しやすくするためだ。
「この巨大な蜘蛛の死体はどうされますか?」
アイスラが尋ねてくる。
綺麗に斬れているので、破損とかもなく状態が良い、と言えなくもない。
「一応、この巨大な蜘蛛の糸、という証明のために持っていこう」
アイスラが収納魔法の中から、大きな布を取り出す。
それで包んで、ということだが。
「そんなのも入っているのか?」
「メイドですので。いつでもベッドシーツを取り替えられるように、と」
「なるほど。そういうこと……なるほど?」
そんな頻繁に取り替える必要あるんだろうか?
なんとなく不思議に思いながら、アイスラと協力して巨大な蜘蛛をベッドシーツで包んでいく。
「……ふふふ。そう。ベッドシーツがあれば、ジオさまと致したあとを消せる……いえ、それだけではなく、ジオさまと致したという証明の回収が」
「……ん? アイスラ。何か言った?」
「はい。長い脚が包むのに邪魔、と」
「確かにそうだな」
折りたたむのが大変だ。
でも、アイスラはもっと長く何かを言っていたような気が……まあ、いいか。
巨大な蜘蛛も……肩掛け鞄に入ったので、今度はアイスラが近くに置いて――隠してきた青い髪の男性と青い小鳥のところへと向かう。
そう遠くない位置――巨大な蜘蛛が居た場所からは木々が邪魔をして見えないところの地面の上で転がっていた。
「ねえ、ぴゅいちゃん。あの人たち戻って来ないけれど、どうなっているんだろう……戦闘音? みたいなモノはなんか聞こえてこないし……大丈夫かな? 助けてくれるのは嬉しいけれど、それであの人たちに何かあったら」
「ぴゅい! ぴゅい!」
「え? きっと大丈夫って……ぴゅいちゃんのその自信はどこから………………あれ? もしかして、あの人たちに何かあった場合、俺たちってこのまま放置? 『魔の領域』の中で? や、やばくない? このまま餓死? いや、その前に魔物の餌に……ひえええ」
「ぴゅい! ぴゅい!」
「お、落ち着けって、それどころじゃないよ、ぴゅいちゃん! まだまだ命の危機なんだから! ど、どうしよう? どうすればいい? ……はっ! そうだ! まずはこの蜘蛛の糸をどうにかしよう! どうにか……伸縮性が高くて千切れない! ぴゅいちゃん! その嘴でどうにかできない? こう、つんつん、で切れない?」
「ぴゅい~……」
「ぴゅいちゃん! なんで頭を振るの? やれやれ感を出すの? み、見限らないよね? 俺たち友達だよね? 親友だよね?」
青い髪の男性から必死さを感じる。
まあ、体は蜘蛛の糸のぐるぐる巻きで動かせず、頭の位置を動かそうにも限界はあるし、こちらが見えないことで不安を抱くのも仕方ない。
まずは一声かけて安心させるか。
「それだけの元気があるのなら一先ずは大丈夫だな」
「き、来た! 無事だった! 助かりました! ありがとうございます! ……あれ? 先ほど助けてくれた二人ですよね?」
元気な声が返ってきたと思ったら、急に疑い出した。
なんというか、先ほど聞こえていた内容といい、それどころではなかったかもしれないが、少し落ち着いて欲しい。
「ああ、そうだ。蜘蛛の方は終わったから戻ってきた」
「終わった? え? 倒したってことですか? あれを? ……え、すご」
青い髪の男性が感心したような声を上げている間に、俺はアイスラと相談して――青い髪の男性と青い小鳥の体に巻かれている蜘蛛の糸も回収することにした。
丁寧に解いて回収していく。
この間、青い髪の男性と青い小鳥は非常に大人しかった。
蜘蛛の糸が完全に解かれると、青い髪の男性は直ぐに立ち上がり、青い鳥を肩に乗せて、俺とアイスラに向けて頭を下げる。
そんなに頭を下げると青い鳥が落ちるのでは? と思ったが、青い鳥はしっかりと肩を掴んで落ちないようにしていた。
というか、なんとなく青い鳥も頭を下げているように見える。
「二人が助けてくれなかったら、俺もぴゅいちゃんも死んでいた! 本当にありがとう!」
「まあ、偶々だ。運が良かったな。ただ――」
青い髪の男性をしっかりと見た。
髪色が青なのは見たままとして、王子さまでは? と言いたくなるくらいに顔が整っていて、スラっとした体型の上に軽装を身に着けている、俺よりは上だと思うが十代後半の男性。
剣と盾を腰から提げているのだが――。
「ここはもう中層に入っていると思うのだが、その割には随分と装備が貧弱ではないか? それがどうしてここで、あんな状況に?」
まあ、俺が言うな、かもしれないが、そんな俺の目から見てもそう見えるのだ。
アイスラも同意するように頷いている。
青い髪の男性は少し悩んだあと――。
「えっと、実は……」
気まずそうに話す。
まず、青い髪の男性の名は「ハルート」。青い小鳥の名は「ぴゅいちゃん」。
ハルートは冒険者でテイマー。ぴゅいちゃんはハルートがテイムした魔物。
「「……魔物?」」
アイスラと揃って首を傾げる。
魔物という割には脅威を感じないというか、脅威なんて存在しないように見えるんだが……。
「ぴゅ、ぴゅいちゃんは小さくて可愛いけど魔物です! 頼りになる俺の友達です! 親友です!」
「ぴゅいっ!」
ハルートの言葉に、当のぴゅいちゃんはどこか誇らしげに胸を張って応えているが……まあ、気にしなくてもいいか。
「……可愛い」
アイスラがぴゅいちゃんに反応している。
こういうのが好きなのだろうか?
あとでアイスラに触らせてもらえないか聞いてみようと思いつつ、話の続きを聞く。
ヘルーデンには少し前に来たばかりで、まだ慣れておらず、慣れるために一緒に依頼を受けないかと、「鉄の蛇」という冒険者パーティ誘われて、それを受けたそうだ。
受けた依頼の内容は、中層にある蜘蛛の糸の回収。
主である巨大な蜘蛛は至るところに蜘蛛の巣を張っていて、そこから回収する、といったようなモノ。
「「………………」」
アイスラと顔を見合わせ、視線は自然と俺の肩掛け鞄に向かう。
かなりの量を回収したのだが……とりあえず、金策になりそうで良かった。
安堵しつつ話の続きを聞く。
場所は中層だが、昼過ぎを狙えば冒険者が多く入ったあとなので魔物はある程度間引きされ、巨大な蜘蛛が居ない間を狙っての行動なので、危険度はそこまで高くない、と説明されたらしい。
実際、浅層は問題なく、中層に入ってからも直ぐ蜘蛛の巣を見つけて、少なからず回収できたそうだ。
だが、そこで問題が起こった。
主である巨大な蜘蛛の強襲である。
ハルートは突然のことで直ぐ対応できなかったそうだが、冒険者パーティ「鉄の蛇」は直ぐ逃げ出して、遅れてハルートも逃げ出した。
だが、巨大な蜘蛛は非常に素早く、追い付かれるのは時間の問題。
ハルートが「どうするんですか?」と問えば、冒険者パーティ「鉄の蛇」はニヤけて「早速バカを連れてきた甲斐があったな」と言って、ハルートを突き飛ばして囮としたのである。
それで追ってくる巨大な蜘蛛の狙いはハルートとなった。
冒険者パーティ「鉄の蛇」はそのまま逃げ切り、ハルートは捕まって、そこでぴゅいちゃんは果敢にもハルートを助けようと巨大な蜘蛛に襲いかかったが捕まる。
そこに、俺とアイスラが現れた――ということのようだ。
「……なるほど。そういうことが」
「はい」
「まあ、助かって良かったな、としか言えないが……それで、これからどうする? 一応、俺たちはこれからヘルーデンに戻るつもりだけど、付き添うか?」
「いいんですか! なら、お願いします! それに、今回のことは冒険者ギルドに報告しないと! いくらなんでも酷過ぎます!」
ハルートが怒りを露わにする。
ぴゅいちゃんも、どことなく怒っているように見えた。
「……いい」
アイスラがぴゅいちゃんを見て、にんまりしている。
まあ、なんにしても、そろそろ陽も落ちそうだし、ハルートを連れてヘルーデンに戻ろう。
しかし、ハルートは冒険者ギルドに報告すると言っていたが、わかっているのだろうか?
おそらく、ヘルーデンというか冒険者ギルドに戻れば、冒険者パーティ「鉄の蛇」が居るだろうとことに。
そして、状況から考えると、冒険者パーティ「鉄の蛇」には悪意があって、ハルートに報告をさせるとは思えないのだが……。
まあ、運良く会わない可能性もあるし、行ってみないことにはなんとも言えないな。
ヘルーデンへと戻る。
アイスラ「私の肩にも小鳥の装備をお願いします」
作者「いや、言い方!」
アイスラ「言い方? ………………実装?」
作者「うん。それも違う」