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サイド 怪盗

 ルルム王国。王都・ルルインドア。夜遅く。


 私は――跳躍する。

 今の私を縛るモノはない。

 今だけは私だけに見える鎖は存在しない。

 自由だ。

 私だけに見える翼が羽ばたき、私の体から重さを取り払って、目指す場所へと運んでくれる。

 今の私は――誰にも止められない。


 そんな私の視界の端に見えたのは、歓楽街と呼ばれる区画の光。輝いてはいるけれど、遠く、私の姿を照らすまで届いてはいない。

 闇夜に紛れ、私は建物の屋根伝いに跳躍を繰り返して駆けて行く。


 そんな私は――今の私は――華麗なる美少女怪盗。

 その名は「キャットレディ」。


 いや、私が自ら名乗った訳ではない。

 見た目が影響していた。

 私は今、スレンダーな体型に合わせた黒いレザースーツを身に包んでいて、顔には口元だけ開いたマスクを被っているのだが、マスクには黒い猫耳が付いていて、黒いレザースーツのお尻部分から黒い尻尾が飛び出している。

 この衣装が間違いなく関係しているのは明白。

 ……まあ、変えるつもりはないけれど。

 猫可愛いし。


 ただ、この衣装だと顔付きがわからないので、美少女なのかわからないと囁かれているが……いや、自分からそう名乗った訳ではないのでそこに文句を言われても困る。

 正体を晒す訳にはいかない。

 でも、美少女は外せない。

 だって、美少女だから。


 それに、私が怪盗行為をしているのは、何も自分の欲のためではない。

 ……いや、素直に認めよう。

 ちょっとした欲はある。スカッとするというか、狙い通りに事が運ぶといい気分になる。

 というのも、私が狙っているのは、悪徳商人や悪徳貴族だけ。

 盗むは、悪事の証拠。必要な時は貴金属類や美術品等々にも手を出すけれど。

 美少女怪盗・キャットレディは義賊なのだ。


 まあ、いくら義賊として活動していても、警備兵……だけではなく、騎士団が出張ってくる時もあるけれど、そこは私。凄腕。

 翻弄しまくっている。

 捕まえられるものなら捕まえてみなさい。


 内心で高笑いしつつ、一気に跳躍して飲食店の二階テラス席へと着地する。

 もちろん、事前にくるりと一回転してからの両足と片手を着く(ヒーロー)着地で。

 たとえ誰も見ていなくともする。

 習慣付けておけば、いざという時にビシッと決められる。

 それが大事なのだ。


 しかし、ここで問題発生。

 飲食店は営業終了しているので、ここには誰も居ない――はずなのだが、人が居た。それも二人。


 一人は、椅子に腰を下ろしている黒髪黒目の男性。

 もう一人は、そんな男性の側に控えている紫髪のメイド。

 私は警戒を露わにする。

 黒髪黒目の男性の方は直接話したことはないが、見覚えはあったからだ。

 ――ジオ・パワード。

 これから大変なことになると思われるパワード家の次男。

「兄の出涸らし」、「出来損ないの方」、「大したことないギフト持ち」などと噂されているが、真実はどうかわからない。少なくとも、有能という話は聞こえてこないのは確かだ。

 変装しているつもりなのかわからないが、ジオ・パワードは貴族服ではなく、動きやすそうなシャツとズボンを着ている。

 だから、だろうか。

 側にメイドが控えていることも加えて、余計に貴族のように見えない。

 いや、それよりも、ジオ・パワードがどうしてここに居る……。


「……ジオ・パワード」


「どうも。こんばんは」


 ジオ・パワードの名を呟くと、向こうが軽く挨拶してくる。

 紫髪のメイドは驚きを表すように口元に手を当てていた。


「まさか、本当に――こうして王都を騒がす怪盗がここに姿を現わすとは……さすがです。ジオさま」


「いやいや、これは偶然の出会いだよ。なんとなくここを通りそうだと思ったから待っていただけで、そもそも会えるかどうかは賭けだったからね。運が良かっただけ」


「いえ、必要な時に必要な運を引き寄せるのもジオさまの力と言えます」


「そこまで言われることではないと思うけど」


 紫髪のメイドが一礼して、ジオ・パワードは肩をすくめる。

 どうやら、私に会うことが目的だったようだ。

 会う前であれば回避できただろうが、会ってしまったのなら今更どうしようもない。

 気にするべきは、私に会う目的の方だ。

 まずはそれを確認すべきだろう。


「まさか、ここで人に会うとはね。私が目的のようだけれど、何の用かしら? まさか、私に惚れていて会いたか――」


 最後まで言えなかった。

 紫髪のメイドから濃密な殺意が向けられたからだ。

 この紫髪のメイド……只者ではない。危険な予感がする。

 ……私、生きて帰れるだろうか。


「……アイスラ。なんで殺気を飛ばしているんだ?」


「はっ! 失礼しました。泥棒は泥棒でも、泥棒猫の類かと思いましたので、つい」


「ついなら仕方ないね。でも、敵対している訳ではないから、今は大人しくしておくように……泥棒猫? なんで?」


 ジオが首を傾げるが、そうではなく、つい、で済ませていい殺意ではなかったんだけど……いや、殺意の段階で簡単に済ませないで。

 とりあえず、あの紫髪のメイドは刺激しないように気を付けよう。

 きっと、ヤバい。


「……それで、本当に何の用かしら? 私としてはさっさと行きたいのだけれど……それはそっちも同じでは? このままここに居続けても事態は好転しないわよ」


「その言い方……こちらの事情は理解しているようだ。きっと王城に様子を見に行くと考えて、ここで待っていた甲斐があった。だから、お願いしたい。俺は王都(ここ)から出ないといけない。だから、頼みたい。今回の件に関わっている者を調べてくれないか? 主要な者だけで構わないから」


 ジオ・パワードがそうお願いしてきた。

 私は真意を確かめるように尋ねる。


「……まあ、私からすれば普段からそういうことは調べているから、大した手間ではないけれど……でも、お願いということは断ってもいいのかしら?」


「ああ、断ってくれても構わない。これは、王都を出ることになるから、誰かに王都――王城でのことを調べて欲しいな、と考えての行動だから。駄目なら駄目で、何か別の方法を考えるだけだよ」


「そう……まあ、パワード家がこれで終わるとは思わないし、さっきも言ったけれど、大した手間ではないから、これで恩が売れるならお願いをきいてもいいわ」


「もちろん。与えられた恩を忘れることはない」


「なら、お願いをきいてあげる。でも、王都を出るのなら、どうやって私とやり取りをするつもりなのかしら?」


「まあ、キミなら母上と会えると思うし、母上に渡してくれればいいよ」


「そう……確かに、このあとあなたと接触しようとしても、どこに居るかわからなければどうしようもないし、そうしておくわ」


 ……まあ、どうとでもできるでしょ。

 でも、ジオ・パワードとの縁がこれで切れる……とは不思議と思わない。

 またどこかで会いそうな気がする。

 私がそう思っていることを察しているのか、ジオ・パワードはニッコリと笑みを浮かべた。

 余裕も感じられるその態度に、私は思わず尋ねる。


「一つ聞かせてくれない? ここからどうにかできる算段はあるの?」


「まさか。動き始めたばかりで算段なんてない。けれど、一つ言えることがある」


「何かしら?」


「パワード家がこのままで終わるとでも?」


「……十分な説得力がある言葉ね」


 確かに、と思ってしまった。

 だから、これ以上は何も言わない。

 ジオ・パワードが口にした通りになるかどうかは、今後わかることだ。

 とりあえず、これでこの場で話すことは終わりだと判断する。

 それはジオ・パワードも同じようだ。

 なので、さっさとこの場から去――ろうとしたのだが、その前に紫髪のメイドが口を開く。


「ジオさま。本当にこの者に頼ってよろしいのですかにゃん?」


「「……にゃん?」」


 紫髪のメイドを見る。

 ジオ・パワードも見ている。

 紫髪のメイドは軽く握った両手を内側に向けて、あざと可愛く見える猫のポーズを取っていた。

 いや、所詮は人がやる猫のポーズ。

 本物の猫の可愛さには勝てない……ではなく、何故そのような行動を取ったかわからない。


「猫のポーズ……あざと可愛いのは認める」


 は?

 ジオ・パワードが肯定する。


「でも、猫耳と尻尾がないのは残念な部分だね」


「そこは心の目で補っていただけないでしょうか?」


「心の目で………………見えたっ!」


 効果の高い回復薬を飲むか、強い回復魔法をかけてもらえ、と思ったが口にしない。


「さすがでございます」


「まあ、これくらいはできてないとね」


 ははは。ふふふ。と笑い合うジオ・パワードと紫髪のメイド。

 付き合っていられない、と頭を振る。


「でも、どうして猫のポーズを?」


「ジオさまがあの泥棒猫といつまでも話すので、ちょっとした嫉妬心からでございます」


「そっか。嫉妬する余地があったとは思えないけれど、一つ間違いを指摘しておこうかな。彼女は確かに泥棒だけど、あの猫耳と尻尾は偽装だから、少なくとも泥棒()ではないよ」


「まあ、そうだったのですか」


「早とちりだったね」


「私の美徳の一つに数えたいと思います」


 美徳? と疑問に思う前に、ジオ・パワードの言葉で心臓が飛び出るかと思った。

 必死に反応しない振りをする。

 ここで反応してしまえば、自ら認めてしまうようなモノだからだ。

 それに、仮に私の正体を本当に知っていたとしても、協力をお願いしているのだから口も重くなるはず。

 まあ、もしバラしたら……表の権力を使って揉み消して、そのまま報復しよう。

 そう決意する。

 マスクで隠しているので相手側からは見えないが、私は半眼を向けて口を開く。


「もうそういうのはいいから……もう行っていいかしら?」


「ああ、これは失礼しました。ウチのメイドのあまりのあざと可愛さに、ついついそっちに意識が向いてしまった」


「私の可愛さに意識が向いてしまうのは仕方のないことかと……いえ、言い直します。仕方にゃいことかと」


 別の猫のポーズを取る紫髪のメイド。


「それは猫というより女豹だね」


「もう行くわ」


 くるりと踵を返す。


「あっ、ついでに、王都から安全に出られる方法とか知らない?」


 どう考えても、それはついでではない、と私は頭に手をやって深く息を吐いた。

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