サイド 怪盗 2
ルルム王国。王都・ルルインドア。夜遅く。
私は――跳躍する。
今の私を縛るモノはない。
今だけは私だけに見える鎖は存在しない。
自由だ。
私だけに見える翼が羽ばたき、私の体から重さを取り払って、目指す場所へと運んでくれる。
今の私は――誰にも止められない。
まあ、それは過去の話で、少し前に止められてしまったけれど。
いや、正確には待ち伏せされていた。
――ジオ・パワード。
前の時は意表をついて私を上手くやり込めたとでも思ったでしょうが、今後も同じことができるとは思わないことね。
次に会う時があれば、「ふひっ」と言うくらいには驚かせてみせる。
その決意を胸に秘めて、今はやるべきことをやろう。
自由を好む私としては使われているようで少しばかりムスッとしなくもないが、協力すると決めた以上、不義理はしない。
夜の闇に紛れて、王城の外壁に張り付けるまで近付き、見上げる。
――星が綺麗。まるで宝石を散りばめたような……いやいや、そうではなくて。
外壁の上に見張りが居ないかどうかの確認をする。
………………。
………………。
「……はあ。気を抜き過ぎじゃないかしら」
思わず声が漏れてしまう。
しかし、それを聞く者は居ない。
ついでに、外壁の上にも見張りは居ない。
少なくとも、見えている範囲には一人も。
謀反が成功したのと、とりあえず当面の間は敵が居ないとか考えていそうだから、それで気が緩んでいる、といったところかしら。
それに、時間的と地理的なことを踏まえて、ウルト帝国とサーレンド大国のどちらが攻めてきても王都に辿り着く前に判明するから如何様にも対処できる、と考えているのもあり得る。
というか、そもそも謀反を起こしたのだから、まずは内部に居る敵を警戒すると思うのだけど……この様子だと気にも留めていなさそう。
それとも、たとえ内部に敵が居ようとも、どうとでもできる、と考えているのかしら。
まあ、中を確認すればハッキリする。
私は魔力を体中に纏う。
――『身体強化魔法』。
それが、私が持つ翼の正体。
言葉通りに、身体能力を強化、向上する魔法。
といっても、劇的に強化されるようなモノではなく、常に発動していないと意味がないために消費魔力も多い。
切り札的な位置付けの魔法である。
普通は。
私は特別。
身体能力は劇的に強化され、消費魔力も普通よりは少なく、さらに私はかなりの魔力量持ちである。
だから――。
駆け出して、外壁をものともせずに疾走し――瞬く間に外壁の上に立つ。
こういうことも容易にできる。
―――
外壁の上から王城敷地内に向けて飛び下り、両足と片手を着く着地を決めると、近くにある木の陰に隠れて様子見。
………………見回りの兵士の姿は見えない。
………………魔力的な罠も感じられない。
問題なさそうなので王城へ向かう。
考えるまでもなく、こんな夜遅くに王城内に入ることは普通できないけれど、私にはいくつか手段を持っていて、今回はその一つ。
向かった先にあるのは、王城料理場にある勝手口。
王城の要所の扉にはすべて魔法鍵を使用しているが、ここは違う。
細い棒を取り出して鍵穴に差し込み、カチカチッと良い子には見せられない方法で開けて――ん? 開いている?
もう誰かが侵入している? と警戒しつつ、音を立てないようにそっと少しだけ扉を開けて、中の様子を窺う。
手で持てる大きさの携帯用ランプに照らされた料理場内に居たのは、一組の男女。
「奥さま。あなたも悪い人だ……こんな夜中に、またこうしてこの場に来るなんて」
「それは……我慢できなくて……」
「旦那――料理長は知っているんですか?」
「いいえ……知らないわ」
……ごくり。
まさか、この二人……。
「はあ……私の立場も考えて欲しいのですが。料理長の部下が、料理長の奥さまと、こうして夜中に二人で会っていることがバレでもしたら」
お、おお……秘密の関係で……秘密の逢瀬を……。
「わかっているわ。でも、私に覚えさせたあなただって悪いのよ」
な、何を覚えさせたの……ごくり。
「禁忌の味を!」
………………。
………………。
う~ん。
「いや、私としては早く腕前を上げたいから練習しているだけで」
「うん。それはわかっているの。でも、折角作ったのを処分するのはもったいないでしょう? だから、私が試食も兼ねて食べてあげているのよ」
もう聞いていても仕方ないので、気絶させて先へと進もう。
強化している身体能力に任せて一瞬で距離を詰め、二人の首をトンッ――。
「デザートも、あなたも」
と叩いた――いや、ちょっと待って。
適切な衝撃で気を失って倒れた二人――女性の方を思わず見てしまう。
今、興味深いことを口走ったような……気絶させるのは早まったかもしれない。
しかし、起こして確かめるのは……さすがに駄目。気絶させた意味がなくなる。
……仕方ない、か。
はあ……と息を吐き、真相を確認することは諦めた。
料理場から食堂へ、食堂から王城内の廊下へと出る。
見回りの姿、気配もない。
王城内の廊下に出て、周囲に気を配りつつ、先へと進んでいく。
進んでいく中で、怪しいというか確認しておきたいところは確認していった。
施錠されているところもあるが、魔法鍵でない限りはカチカチッと良い子には見せられない方法で開けられるので問題なく確認できる。
その中で思うことは、本当に見回りの数が少ないということ。
ほぼ出会わない。
見かける時もあるが、見回りの質が悪く、なんというかただ見回っているだけで、大きな物音とかでもない限りは周囲の異変を察知できなさそうに思える。
実際、見回りに邪魔されることなく進んでいけた。
余裕。余裕――とそれで少し気が抜けてしまい、曲がり角に置かれていた壺に軽く当たってしまう。
咄嗟に抱き留めたので割れるといったこともなく元に戻すことはできたのだが。それで僅かながら音が出る。
「――っ!」
こちらに向けて駆けてくる気配がする。
どうやら、近場に見回りが居たようなので、近くの窓を開けて、飛び上がって天井を掴んで力業で張り付く。
これが案外見つからない。
見回りがある程度近付いたところで――。
「にゃお~ん!」
猫の鳴き真似をしておく。
見回りが現われ、周囲を確認したあと、開いた窓を見る。
「猫が侵入……いや、出て行っただけか」
それで納得して、見回りは窓を閉め――。
「それにしても、ブサイクな鳴き声だったな」
そう呟いて去っていった。
………………。
………………。
ふう。妄想の中でフルボッコにしておいた。
顔は覚えた。
もし、次に出会うことがあれば殺そう。
天井から下りて、一度気を引き締める。
こんなミスをしてしまうようでは、見回りの質の悪さを笑えない。
大きく息を吐いて気持ちを変える。
気合を入れて、進んでいく。
………………。
………………。
王城内をある程度回り、要所――主に魔法鍵による施錠場所や、兵によってしっかりと守られている場所の位置を把握した。
宝物庫の位置は変わらず。
上階の奥の方に、多くの兵士――見回りではなく近衛と思われる兵に守られているところがあった。
おそらく、そこに謀反で王となった者が居ると思う。
さすがに、身の回りくらいは固めるか。
まあ、これくらいが妥当だと思う。
そろそろ戻らないと、家に着く頃には陽が出てしまい、そうなると面倒なので戻ることにした。
とりあえず、今回で王城内についてある程度は把握したので、次に潜入する時はもう少し深いところまで行ってみよう。
貴族関係のなんらかの書類――特に今回のことに関わっていそうなモノが手に入ればいいのだけれど。
それらがある程度集まったら、今度はパワード家のカルーナさまに渡せばいいだけだけど……どう渡せばいいのやら。
まあ、いざとなれば表の地位を使えば……。
今後について色々と考えながら、王城から出て、外壁を越えて――王都の夜の闇の中へと紛れて消えるように跳躍する。
怪盗「……さてと」
作者「いやいや、待て待て。その手に嵌めた鉄の爪はなんだ?」
怪盗「猫らしく、爪でいこうかと」
作者「いこう、とは?」
怪盗「もちろん、あの兵士を処そうかと」
作者「やめなさい!」