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早計だった

一気に書ききった感が……。

 黒髪に、もじゃもじゃの髭で隠れているのでしっかりと判断はできないが鋭い眼光をしていて、ずんぐりとした体型の上に作業着のようなモノを着ている、見た目は五十代くらいの男性。

 おそらく、女性店主と同じドワーフ。

 そして、ヘルーデンで一番の鍛冶師とは、彼のことだろう。


 そんな彼は今――。


「あんた! なんで今出て来たんだ! もう少しで指輪を買わせることができたのに! そうすれば、売れて私は大喜び、彼女は指輪を贈られて大喜びと、どっちも幸せになれたのに!」


「まさか、このような邪魔が入るとは……もう少しでしたのに……私の中の何かが許すまじ、と憤っています」


「う、ぬぅ……」


 女性店主とアイスラに詰め寄られて、窮地に陥っている。

 仕事の邪魔をしたとして、女性店主から「今晩の酒瓶は一本減らす」と言われたのが特に効いていた。

 ドワーフの男性は「ドワーフにとって酒は命だ!」と撤回を求めているが、夫婦の力関係は女性店主の方が上なようで窮地を脱することはできないようだ。


 ……だからだろうか。


「ぐ、ぐう……(チラッ……チラッ……)」


 ドワーフの男性が、何故か俺に助けを求める視線を時々向けてくる。

 同じ男性だからか。それとも、何かを察してか。

 いや、女性店主からは、この場を治めるにはどうすればいいかわかるよね? というのと、アイスラからは、何かしらの期待を込めた視線がチラチラと向けられている。


 ………………。

 ………………。

 なるほど。わかった。


「それじゃあ、俺とアイスラは一旦外に出るので、時間を置いて来」


「違います、ジオさま」


「「なんでそうなる!」」


 アイスラが息を吐き、女性店主とドワーフの男性から揃って怒号のような声が、俺に向けて飛ばされる。

 あれ? 何か間違えた?

 夫婦喧嘩って大概は直ぐ仲直りするから直ぐ仲裁には入らずに放っておくのが良い、と兄上が言っていたんだけど……違うのだろうか?

 父上と母上はそうなんだけど。


     ―――


 ドワーフの男性の方は純粋に助けを求めてだが、アイスラと女性店主の方はどうやら指輪を買って欲しかったようだ。

 それがわかったのは、女性店主が「……私の負けだよ。三割引きで良いよ」と指輪の値段を値切ってきたからである。

 いや、別にそんなつもりはないのだが。


 でも、指輪は購入した。

 アイスラが欲していたから。


「メイドの身でこのようなことを口にするのは憚られますが、このような絶好の機会を逃す訳にがいかず……その……付けて頂けますか? こちらの指に。これから頑張れるように」


 そう言ってアイスラが提示してきたのは左手の人差し指。

 そういう意味があるのだろうか?

 そこに嵌める。

 サイズはピッタリ。


 女性店主が「頑張って」とアイスラを激励すると、ドワーフの男性がこちらに来て声をかけてくる。


「お主も色々と大変そうだな」


「大変? ……ああ。確かに『魔の領域』を進むのは大変だな」


 アイスラもそれがわかっているからこそ、頑張れるように、ということなのだろう――と思っていると、ドワーフの男性が、こいつ何言ってんだ? みたいな表情で俺を見たあと、アイスラの下へ行って「本当に大変そうだが頑張れ」と激励した。

 女性店主もうんうんと頷いている。

 夫婦揃って似たようなことを言っているし、先ほどのような雰囲気もない。

 もう仲直りしたのだろうか?

 兄上の言ったことは正しかったようだ。


     ―――


 アイスラと女性店主はまだ話が続くようで、店内にある宝飾品について話して楽しそうだ。

 俺も当初の目的である武具はあるだろうか? と店内を見ようとしたが、その前にドワーフの男性が声をかけてくる。


「お主、武具の類は持っておらんか?」


「いや、持っていない」


「そうか……ふう……」


「………………」


「………………いや、そこは普通聞くだろう! 何かあったのか? とか! 察しろ! そういう雰囲気出してただろ!」


「………………まあ、そう言われてみれば、そんな雰囲気だったような」


「いや、わかってないよな? お主」


 そういうのは個人によると思うので、できれば口に出した方が良いと思う。

 それに、別に聞かなくてもある程度の予想はできるが。


「いや、わかっている。現れた時に炉の火力が足りないと言っていたし、鍛冶に関することだろう?」


「お主! 鋭い部分もあるのだな!」


 失礼な。それだと鋭くない部分があるみたいじゃないか。

 ……何か鋭くない部分あったかな?

 考えてみるが答えが出ないでいると、ドワーフの男性が大きく息を吐く。


「はあ~……お主の言う通りだ。今作ろうとしているモノが上手く作れない。原因は炉の火力不足。これまでに様々な燃料を試してみたが、必要な火力まで上がらないのだ」


「なるほど。でも、そういうことであれば、どうにかできるな」


「は? 何を言っている? きちんとワシの話を聞いていたか? 無理だったのだ。ここでできることはない。あとはドワーフの国に行かねば」


「いや、俺のギフトで」


「は? ギフト? お主の?」


 何を言ってんだ、こいつ? みたいな目を向けられたので、簡単に説明する。

 要は、ドワーフの男性が望む温度まで、炉の内部を熱くするなり、あるいは金属塊の方を熱くするなど、取れる手段はいくつか思い浮かぶ。


 すると、ドワーフの男性は疑いの眼差しを俺に向ける。


「まあ、本当にできれば大したモノだな。本当にできれば、だが」


「なら、やってみせようか?」


「ほう。面白い。もし本当にできるのなら、ワシにとっては望外の喜びだ。ワシにできることがあれば、なんでも叶えてやろう」


 ドワーフの男性が挑戦的な笑みを向けてきたので、俺も笑みを返しておく。


     ―――


 俺のギフト「ホット&クール」は、任意――目に見える範囲内に限る――のモノや空間に対して温度を上げ下げできるようになっているのだが、さらにこのギフトについて、もう少し踏み込んだ理解というか使用条件みたいなモノが三つある。


 一つは、接触と非接触とでは、温度の上下幅の動きが変わるということ。

 接触して発動した方が速い。


 一つは、効果時間で、このギフト効果は、効果を及ぼしている間は続いていくが、効果を切ると緩やかに元に戻っていくということ。

 直ぐに元に戻る訳ではない。


 一つは、自分の快適環境は別として、今のところ同時に効果を及ぼすことができるのは二つまでということ。

 一括りにできるのなら、一つとして数えることができる。


 何故、今更ながらギフト「ホット&クール」について考えているかというと――早まったからだ。

 安易に請け負うのではなかった、と今は思う。


「……お、おお……おおおおおっ!」


 俺のギフト「ホット&クール」を使用して炉の火の大きさや勢いが目に見えて変わると、ドワーフの男性から歓喜の声が出た。

 目がキラキラと輝いている。


 ――これが間違いだった。

 炉の火の高まりを見たドワーフの男性は――突然鍛冶を始めた。


「……ん? え?」


 突然のことに多少戸惑いつつもドワーフの男性に声をかけるが、ドワーフの男性は完全に無視で目の前の鍛冶のことしか頭にない感じになった。

 これは邪魔をしてはいけないという建前と、なんか面倒なことになりそうな気がする本心から、鍛冶場を出ようと――。


「待て! 火力が落ちてきているぞ! 先ほどの火力を維持しろ!」


 出て行けなかった。

 ギフト「ホット&クール」は目に見える範囲に居なければ効果は及ばない。

 ということは、ドワーフの男性の鍛冶が終わるまでこの場に居なければ、炉の火力は保てないということだ。

 どうしたものかと思っていると、鍛冶場の入口からこちらを覗く視線に気付く。

 アイスラと女性店主だ。


 女性店主がお願いしますと頭を下げ、アイスラはどうしますか? と視線で尋ねてくる。

 まあ、提案したのは俺だし、仕方ないと大きく息を吐いて、炉の火力を保つことにした。


     ―――


 翌日。朝。寝てない。

 鍛冶が大変な作業であるというのもそうだが、何より俺のギフトで炉の火力だけではなく金属塊にも温度調整ができるとわかると、細かく指示が飛んできて寝かせてくれなかった。

 やれ、熱くしろ。やれ、冷たくしろ。やれ、このまま保て。

 何度も打ち直して、ドワーフの男性にとっての正解を探っていく作業に付き合わされる。

 それで気付けば朝だったのだ。

 今の気分は……もう寝、た……。


「良し! わかってきたぞ! これの熱さを保て! 熱を好きなようにできるのは最高だな!」


「………………」


「面白いように打ててワシの腕が喜んでおる! ん? 冷めてきてい――」


「………………はっ!」


 瞬間、体を傾ける。

 すると、傾ける前の体があった位置を鉄塊が通過していき、壁に当たって落ちた。

 ドワーフの男性が投げてきたのだ。


「危ないだろうが! 死ぬぞ!」


「鉄塊が当たったくらいでなんだ! そんくらいで死にはせん!」


 頑丈らしいドワーフ基準で考えるな。

 俺は人である。ドワーフではない。

 ……いや、ドワーフでも当たりどころが悪ければ死ぬよな?


「それよりもさっさと今叩いているのを熱くしろ! 最高傑作になるぞ!」


 指示通りに温度を上げていくが、ドワーフの男性のその言葉……三回目だ。

 前二回でできた最高傑作の剣はそこらに転がっている。

 つまり、最高傑作ではなかったのだ。


 ……これ、いつまで続くのだろうか、と思っているとアイスラと女性店主が姿を現わす。

 二人は度々軽食や飲料を持ってきて、俺の眠気覚ましに話をしていっていた。

 今回もそうだが……正直睡眠不足の頭ではほぼほぼ憶えていない。

 アイスラと女性店主の宝飾品に関する話が主だった……ような気がする。

 記憶に残ったのもある。二人の名前だ。


 ドワーフの男性は「ラックス」。

 女性店主は「エリー」。

 そこだけは記憶に残った。


 そして、気が付けば夜。遂に――。


「がはははははっ! できた! できたぞ! これこそ最高傑作! 今できるすべてを注ぎ込んだ! これなら辺境伯さまも満足されるに違いない! 何より、ワシが満足だ! 大満足だ!」


 できた。

 ドワーフの男性――ラックスさんが声を上げて大喜びを露わにする。

 その手は白銀に輝く剣身部分を握っていて、高々と掲げられていた――と思ったら、ラックスさんはそのまま前のめりに倒れた。

 激しい音に、大丈夫かと様子を見に行けば――。


「ぐがあ~……ぐごお~……」


 耳に届いたのは大きないびきだった。

 満足そうな表情で寝ていらっしゃる。


 普段であればいびきがうるさくて――と思うのだが、俺はもう起きていられる限界だったようで、ゆっくりと横になって瞼を閉じた。

 おやすみなさい。

作者「じゃあ、俺はもう寝るから」

ジオ「いやいや、ここは一緒に起きていようか」

作者「え? でも、もう眠くて」

ジオ「(俺が起きておくために)今日は寝かさないよ」

アイスラ「そういうのは私に言ってください!」

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