獲物を狙うが如く
まず、冒険者ギルドでお勧めされた武具店に行ってみた。
行ったことがない武具店であったし、そっちの方が近かったからだ。
まあ、冒険者ギルドお勧めということもあって、安いのから高いの、弱いのから強いのと、色々と揃っていたが……駄目だった。
これまでに行った武具店と同様で、これというモノがない。
ただ、それは俺にとっては、である。
お店側からすれば違っていた。
「これなどいかがでしょうか? これでも長年武具店を営んだ者として、武器を見る目、人を見る目は確かだと自負しております。だからこそ、この剣はあなたのような強者が持つに相応しいと思います。どうでしょう? こちらの剣を手にしてはいかがでしょうか? もちろん、これはこちらからの――私の勝手な申し出ですので代金は必要ありません」
箱に入った、見た目で言えば宝剣のような剣を持って、武具店の店主と名乗る人が現れたかと思えば、その宝剣を見せながらそう言ってきた。
アイスラに。
「申し訳ございません。確かに良い剣だと思いますし、申し出は嬉しいのですが、私は既に私に必要な剣はすべて持っていますので、たとえ受け取ったとしても使うことはありませんから、それなら他の――その剣を必要としている者の手に渡って使われる方が、その剣にとっても良いと思います」
「そうですか。既にお持ちになっているのなら仕方ありません。これは大変失礼な申し出を致しました」
「いえ、気にしておりませんので、そちらも気にせずに。いつか、その剣に相応しい持ち主が現れることを願っております」
アイスラが一礼して、店主と名乗る人物が「私も願っております」言ってと笑みを浮かべる。
……なんだろう。こう……俺もそういうやり取りをやってみたいな、と思った。
まあ、俺が強く見られないのもそうだけど、そもそも剣を使いこなせるかと言われれば……どうなんだろう? と考えてしまうくらいでしかないので、別にいいけれど。
少なくとも、剣の腕はアイスラもそうだが、父上や兄上の方が上なのは間違いない。
とりあえず、ここに求めるモノはなかった。
―――
教えてもらったもう一つ――ヘルーデンで一番だという鍛冶師のところへ向かう。
ただ、こちらの方は、お勧めされはしたが冒険者ギルドからすれば望みが薄いところである。
というのも、この鍛冶師は気に入った者にしか武具を作らないそうだ。
これまでにかなりの数の人が武具製作を頼みに行ったそうだが、請け負ってもらったのは本当に僅かな数だけらしい。
そんなところをお勧めするなと言いたい。
自分なら絶対に気に入られる――と思うほど傲慢ではないのだ。
父上や兄上なら気に入られそうだけど、俺は無理。
なら、何故そんなところをお勧めされたかといえば、これはアイスラに向けてのお勧めだからだ。
こういうところがあって、一度行ってみては? と。
ついでに、俺も可能性がない訳ではない、みたいなことを言っていたが、言われた時の表情から察するに、本心でないのは間違いなかった。
ただ、そこは鍛冶場だけではなく、その鍛冶師の奥さんが営む小物の宝飾店も併設していて、そこには、その鍛冶師にとっては不出来なモノや、が作りはしたが何かが気に入らないといったモノが掘り出し物として並ぶことがあるそうで、見に行く価値はある、とのこと。
だから、行ってみると、こじんまりとした宝飾店があった。
寧ろ、その奥にある建物の方が大きいくらいで、そちらからは煙が立ち上っているので、多分鍛冶場だろう。
看板に「エリーの宝飾店」と書かれている、宝飾店に入る。
「いらっしゃい!」
入ると同時に快活な声をかけられた。
声をかけてきたのは、四十代くらいの、赤茶の髪を後ろで編み込んで纏め、柔和な顔立ちに、ずんぐりとした体型で、作業服っぽい服の上にエプロンをした女性。
あと、俺よりも身長が低い。
多分だけど、ドワーフと呼ばれる種族だ。
「んん? その表情、ドワーフを見るのは、もしかして初めて?」
「あ、ああ、初めてだ」
「へえ、この町に居て珍しいね。エルフと違って、私たちドワーフはそれなりに外に出ていると思うけど。といっても、酒なり鍛冶なりがないところには居ないけれど」
「ああ、そういうところには、これまで行ったことがない。ヘルーデンにも少し前に来たばかりだ」
「なるほど。酒場にも出入りしているようには見えないし、そういうことなら仕方ないね。それで、来店の目的は? やっぱり旦那の武具? それとも、後ろの女性への贈り物?」
――瞬間、俺は振り返る。
そこに居たのは、いつものように柔和な笑みを浮かべるアイスラだけ。
他には誰も居ない。
一瞬だけど、鷹が獲物を仕留めるような、そんな殺意みたいなモノを感じたのだが……気のせいか。
前を向くと、女性店主が右手に指輪、左手に腕輪を見せつけるように持っていた。
いや、どちらも立派な装飾が施されているけれど――。
「えっと、何を?」
意味がわからずに尋ねると――再び背後から殺意のような何かを感じ取って振り返るが、微笑むアイスラが居るだけで、やはり誰も居ない。
気のせいかと女性店主の方を向けば――。
「……変わっている」
女性店主の右手に指輪があるのは同じだが、左手に腕輪がなく、代わりにネックレスが持たれていた。
え? 今の一瞬で? 腕輪はどこにいったんだ?
不思議に思っていると――また殺意のような何かを感じ取り、今度こそはと最速で振り返ると、変な表情のアイスラが居るだけ。
なんと言えばいいのか、その……。
「まるで睨みから笑顔にしようとしている途中のような、なんとも表現のしようのない表情はなんだ?」
アイスラの表情が真面目なモノへと変わる。
そこは笑顔にならないのか。
「ジオさま。失礼ながら、女性の顔に対してそのような物言いは容認できません。私であればジオさまのお言葉ということで受け入れることはできますが、普通であれば怒り、平手打ちを食らわされますよ」
「そ、そうなのか。知らなかったこととはいえ、失礼をしたのか。すまなかった、アイスラ」
「理解して頂ければ何よりでございます」
満足そうに頷くアイスラ。
俺は失礼をしてしまったと気落ちしつつ、女性店主の方を向くと――。
「……また変わっている」
右手に指輪は変わらない。左手にネックレスはなく、今度はイヤリングに代わっていた。
何がどうなっているのかわからないが、見たままを言葉にするのなら……指輪が腕輪とネックレスを退けて残っている……つまり、勝っている……勝って……買って? 指輪を買えということか?
でも、イヤリングがまだ――と思ったら、女性店主が指輪を持つ右手を高々と上げた。
まるで、こちらが勝利したことを示すように。
選ばれた指輪を買え、ということだろうか?
なんというか、女性店主からそういう雰囲気を感じる。
振り返ってアイスラを見れば、何かこう期待をしている目で俺を見ていた。
……まあ、日頃の感謝を込めてとか、これから頼ることもあって大変なことになるかもしれないから、それらを労う意味を込めて贈るのもいいかもしれない。
……いやいや、待て待て。今無駄遣いをする訳には――いや、贈り物は無駄遣いではないけれども、そもそも指輪の値段を知らない。
手持ちで足りるのだろうか? 足りたとしても、それで生活が苦しくなるのも困るのだが……まあ、どうにか稼げばいいか。
「それじゃあ、その指輪を購――」
「くそお! 駄目だな! 色々やったが炉の火力が足りねえ! どうにかしねえといけねえが、どうしたもんか……あ? 客か?」
店の奥から、女性店主と似たずんぐりとした体型の男性が、頭を掻きながら出てきて、こちらを訝しげに見てきた。
「「はあ~……」」
何故か、アイスラと女性店主が同時に息を吐いた。
アイスラ「あれも、これも、それもーー」
ジオ「さすがにそんなにたくさんだとお金が」
アイスラ「大丈夫です、ジオさま。そこのが出しますので」
作者「出さないから! 財布扱いしないで! 財布じゃなくて作者だから!」