静かでした
一笑いになればいいな。
ヘルーデンに戻り、どこかに寄るといったことはなく、「綺羅星亭」に着く。
夕食時の少し前という感じ。
なので、その前の時間を利用して、アイスラを二階の俺が宿泊している部屋に招く。
三階は女性専用みたいなモノなので気持ち的に行きづらいからだ。
「どうかされましたか? ――はっ! まさか、夕食の前にデザートを頂こうと? ですが、残念ですが、そう非常に残念ですが、この宿は行為を推奨していません。……二度目の、はっ! つまり、それは禁忌。禁忌を犯すという背徳の刺激でより興奮して――」
「え? デザート? ここで食事はさすがに取れないのでは? 食堂があるし、俺も推奨はしていないと思うけれど? だから、わざわざここで食べる気はない。それに、そもそもそんな直ぐにデザートどころか食事の準備は終わらないと思うけれど? そんなにお腹空いたのか?」
「ん、んん。そういうことではなく……えっと、その……ね。ほら、『デザート』と書いて『私』と読む、みたいな」
首を傾げる。
「そうでした。ジオさまにこの手の知識は……いえ、なんでもありません。それで、部屋に招いたということは、何か私にご用件があるということでしょうか?」
「ああ。アイスラの収納魔法の中に入っている剣を見せて欲しい」
「私の剣を? ああ、なるほど」
アイスラが納得して頷く。
心配してくれた男性の話はアイスラも聞いていたので、直ぐに思い当たったようだ。
それで、現状だと武具の一つくらいは目に見えて携帯していた方が目立たない、ということがわかった。
既に目立ってしまったというか、やらかしてしまった感はあるが、これ以上目立たないようにするためには剣の一本くらい持っていた方がいい。
まあ、俺の戦闘方法に武具は必要ないが……いや、あった方がいいのは間違いないが、それほど必要としていない、といった方が正しいか。
だから、持っていたとしても飾りになりそうだし、森の中に入ってしまえば人の目は……待てよ。進むのは森の中。奥深くに行けば浅層と違って完全に未開の地だろう。
より自然の脅威は身近となるはず。
下手に目立たないように持つつもりでいたので、そこらの剣でもいいと思っていたが、それなりのモノを持っていた方がいいかもしれない。
肩掛け鞄に入れてしまえばかさばらないし、なくて困るよりはいいだろう。
「どうぞ。ご確認ください。ジオさま」
そう決断している間に、アイスラが自身の収納魔法の中から剣を取り出し並べていた。
七本の剣が床に置かれている。
………………。
………………。
正直に言うなら――。
どれも派手なのだ。
一番控えめなのでも、こう……装飾が凄くてキラキラと輝いている。
剣の柄だけではなく鞘も。
うん。確実に目立つ。間違いない。今よりも奇異の目で見られそうな気がする。
それに――。
「……うん。やっぱり、これらはアイスラ専用だ。俺には使いこなせそうにない」
「そうですか」
「他にはない?」
「申し訳ございません。ここにあるのしか入っておりません」
「そうか。なら、新たに用意するとするか。明日は武具店を回ろう」
「かしこまりました」
明日の方針が決まったところで、夕食を頂ける時間になった。
美味しい夕食を頂いたあと、専用の水場で体を洗ってから寝た。
―――
翌日。昨日決めた方針に沿って、朝から武具店を回る。
ヘルーデンに来たばかりの頃に行った情報収集の時にある程度地理については把握しているので、特に迷うようなこともなく、その時に見かけたいくつかの武具店に寄った。
昼。屋台でアイスラと共に昼食を取りつつ、午前の結果を口にする。
「……剣一本とはいえ、自分が手にするモノと考えて探してみると、中々見つからないモノだな」
さすがはヘルーデンと言うべきか、それなりのは多くあったのだが、その中にこれと感じるモノはなかったのだ。
もちろん、それなり以上のモノも多くあった。
それなり以上の方にはいくつか感じるモノがあったというか、まあ、これくらいなら使えると思うといったモノはあったのだが、金額が……。
さすがに高額過ぎて買えなかった。
満足に金策もできていない今、無駄遣いはできない。
「残念でしたね。それで、どうされますか? 一応、情報収集の際に見つけた武具店のすべてを見た訳ではありませんので、他のところなら見つかるかもしれませんが、望み薄ではないかと思います」
アイスラの言葉に、俺も同意見である。
どうしたものか。
剣を手に入れなくてもいい――というのは最終的な判断として、おそらくだが、このまま武具店を見回っているだけだと、満足できるモノは見つからないと思う。
そんな気がする。
………………。
………………。
そもそもの話として、俺がヘルーデンに来てからまだ数日しか経っていない。
一応、その数日でヘルーデン内部の地理は多少把握したが、それだけだ。
アイスラも俺と似たようなモノだろう。
つまり、俺もアイスラもヘルーデンに詳しいとは言えないのだ。
そんな状態で、武具店に関わらず、どこのお店が良いとか悪いとか、それが真実であるかどうかも含めて判断できないのは間違いない。
けれど、そういうことなら取れる解決方法がある。
わからないのなら、わかる人に聞けばいいのだ。
今回で言えば、良い武具店や、町一番の鍛冶屋とかだろうか。
そういうのを教えてくれそうで、その情報が正しいと思える場所に一つ心当たりがある。
冒険者ギルドだ。
アイスラに考えたことを話すと、「確かに、それもいいですね」と同意してくれたので、まずは冒険者ギルドで話を聞いてみてから、最終的な判断を下すことにした。
早速冒険者ギルドに向かう。
―――
冒険者ギルドの中に入る。
お昼過ぎという時間は忙しくないのか、受付で待機している人は少なく、まだ依頼中なのか、冒険者の姿はあまりない。
居ないという訳ではないのは、併設している冒険者ギルド食堂の方に数名の冒険者の姿があるからだ。
それと、静かだ。
冒険者ギルド内の人数が少ないからではない。
中に居た人たちの視線がこちらに向けられた直後、誰もが身動きしなくなったのだ。
だから、静まり返っている。
まるで、物音一つ立ててはいけない。物音一つでも立てれば殺られる――といった緊張感に包まれている。
……アイスラが美人だから、という訳ではなさそうだ。
そうなると、どうしてこのような雰囲気になるのかわからない。
あと、気になることがあって、視線がこちらというよりはアイスラに向けられているということだ。
「……アイスラ、冒険者ギルドのこの様子、何か知っている?」
「いいえ、存じ上げておりません」
アイスラは本当にわからないようだ。
理由はわからないが……まあ、話を聞くだけだから気にしなくても良いか。
そう判断して、とりあえず受付の人に聞いてみるかと歩み出そうとした時、トイレという札がかけられた扉から厳つい男性が出てくる。
「ふぃ~……あの女にやられてから、時々思い出して恐怖からトイレに行き………………ブッ! あ、開けて! ここを開け――」
厳つい男性がアイスラを見て固まったかと思うと、突然振り返って自分で閉めた扉にぶつかり、もたつきはしたがどうにか扉を開けると急いで引っ込んでいった。
「何、あれ? アイスラを見ていたけど知り合い?」
「あのような知り合いは存在しません。知り合い以下なら存在しているかもしれませんが」
……知り合い以下とは?
気にするような存在ではない、ということだろうか?
わからないが、厳つい男性はそっとしておいた方が良い気がしたので、受付の方に向かい、ここに来た目的を尋ねる。
すると、受付嬢からお勧めの武具店と、ヘルーデンで一番の鍛冶師について教えられた――のだが、こうも簡単に教えていいのだろうか?
疑問に思ったが、ヘルーデンに住む者なら誰でも知っている話なので問題ないらしい。
感謝を述べて、そのまま冒険者ギルドを後にした。
それにしても、受付嬢の笑顔が固く、アイスラの様子を気にしていたように見えたが……見間違いだな、きっと。
アイスラ「あの男、ジオさまの前で妙な行動を……処しておきますか」
作者「いや、その決断は早いって! ジオくんも止めて!」
ジオ「……アイスラがそうした方がいいと思うなら、俺はそれを支持する」
作者「うん。今その信頼感を発揮するところじゃないから!」