来た意味はあった
「魔の領域」である森の中へと足を踏み入れて少し進む――と、違和感を覚える。
入った時点でそれっぽい感じはあったが、進むことでよりハッキリと意識することができた、という感じだろうか。
「……奥に行くほど魔力が濃くなっているみたいだ」
「そうですね。入って直ぐでも感じられるほどに、この場には魔力が満ち満ちているようです。それだけ、という訳ではありませんが、魔力濃度の高い場所に生息する魔物は他よりも強く、凶悪になっている傾向がある、と言われていますので……納得ですね」
アイスラがそう補足してくる。
別に優れている訳ではない俺の魔力感知でもわかるくらいにここは濃い。
俺よりも――多分、家族やパワード家に仕えている人たちも含めた中で、魔力感知が最も優れているアイスラは、より強くそう感じていると思う。
「大丈夫か?」
魔力感知が優れていると、魔力濃度の高い場所で気分が悪くなる、といった話を聞いたことがあるので、アイスラもそうかもしれないと声をかけた。
アイスラは確認するように黙したあとに口を開く。
「……そうですね。これくらいであればまだ平気ですし、もっと濃度が高くても問題はないかと。ただ、どこまで進むかわかりませんし、深層まで行くとなるとわかりません。まあ、いざという時は魔力遮断もできますのでご安心を」
「そうか。でも、魔力遮断をしてしまうと、確か魔力感知ができなくなるから」
「はい。魔力に対する感知ができなくなります。それでも気配を感じることはできますが、その精度が落ちるのは間違いありませんので、その時は周囲への警戒がより必要になることだけは覚えておいてください」
「わかった。覚えておく。だからといって、アイスラも無理はしないように。頼りにしているから」
「ありがとうございます」
まあ、たとえアイスラが魔力遮断したとしても、ギフト「ホット&クール」の影響からか、周囲の熱感知もできるので、そうそう不意を突かれるようなことはないと思う。
「……し、しくじりました。今のは体調が悪いと振る舞うことで、ジオさまから『俺にはアイスラが必要だ。だから、アイスラに無理をさせる訳にはいかない。今日は優しく介護だな』と看病してもらえたかもしれないというのに……まずは背中を擦ってもらい、おでこを合わせ、そのままちょっと前のめりになって粘膜接触――」
いや、これは慢心だな。
森の中に入る前に声をかけてきた男性が言っていたじゃないか。
――「魔の領域」は優しくない、と。
「いえ、他にもやりようはありました。『うっ』と口元を押さえて、吐き気を感じてからの妊娠しているかも? と匂わせ発言をして、お腹に手を当てる。実際には一度も行為に及んではいませんが、ジオさまですから、これで責任を取るという流れになっての婚姻――を結んでしまえばこちらのモノ。実際に子を宿すまで何度でも――」
何が起こるかわからない以上、どれだけの注意を払ったとしても、過剰ということはない。
そんな場所に、今入っているのだ。
気を引き締めていこう。
「いえ、その前に快楽目的で何度も。それこそ、ジオさまを私のこの魅惑の肢体で快楽漬け――魅了して、私なしでは生きていけないように――」
「良し。何が起こるかわからないし、浅層だからといって警戒を怠るようなことはないようにしよう。行くぞ、アイスラ……ん? アイスラ?」
「ぐふふ……はっ! 失礼しました。えっと……はい! その通りです、ジオさま!」
「そう、その通りだ。アイスラ。先ほどの男性が口にしていたように『魔の領域』は危険な場所だ。危険なのは浅層であっても変わらないと思う。気を付けて進もう」
「………………は、はい! 正にその通り! ジオさまの言う通りです! 気を付けていきましょう! 警戒はお任せください! 気配察知、魔力感知を全開にして進みます! 虫一匹、ジオさまには近付けさせません!」
「う、うん。よろしく。やる気が凄いな。でも、今から力を入れ過ぎると、いざという時に疲れるかもしれないし、程々でお願い。アイスラならそれで十分だろうから」
「はい!」
「ところで、さっきなんか呟いていたけど、何か懸念が?」
「い、いいえ! いいえ! そのようなことはありません! ええ! 決して、ジオさまを篭ら……んんっ! 懸念はありません! さあ、行きましょう! ジオさま!」
おお、凄いやる気だ。
先ほど反応がなかったのは、「魔の領域」がどれだけ危険であるかを感じ取って、それに対していつも以上に気を引き締めなくてはいけない、と考えていたのかもしれない。
いや、きっとそうだ
アイスラほどの強者であれば、「魔の領域」に入った瞬間にどこまで警戒すればいいのか察することができるのだろう。
アイスラを見習って、俺も警戒をもう少し強めることにした。
「良し。わかった。行くぞ。アイスラ」
アイスラと共に歩みを始める。
―――
………………。
………………。
特にこれといって何かが起こらない。
迷わないように慎重に森の中を歩いているだけ。
動物の姿はちらほら見かけるが、魔物の姿は一切見ていない。
いや、新しい戦闘の跡が残っているところがいくつかあったので、魔物が居ない訳ではないと思う。
ただ出会っていないだけだが……まあ、浅層に関してだけだと思うが、魔物と出会うのは運も関係しているかもしれない。
間の平原でたくさんの冒険者らしき人たちを見かけた。
見かけた人たちだけではなく、他にも大勢が至るところから入っているだろうから、魔物と出会えば倒して奥へと進んでいる――と考えれば、ここまで出会えなくても不思議ではない。
まあ、魔物はどこからともなく現れるとか、魔力溜まりから生まれているとか、確かなことはわかっていないが、少なくともこれで一掃とかにはならないだろうから、運が良ければ出会えるだろう……いや、この場合は運が悪ければ、だろうか?
ともかく、浅層とはいえ「魔の領域」の魔物との戦闘は経験できずにいる。
ただ、その代わりという訳ではないが、この森については少し理解できた。
森は森だが、普通の森ではない。
ここがいつから森で、いつから「魔の領域」と呼ばれるようになったかは知らないが、少なくとも近年ではなく、それなりの年月が経っていると思う。
それなのに、森が森として開拓されずに存在しているのだ。
その上、直近で人が通ったような道はあるが、何度もそこを通ることできるような獣道や踏み固められたような道はないのである。
人が――冒険者が入り続けている森としてはおかしい、と思った時、頭を過ぎったのは「ダンジョン」という言葉。
実際に見た訳ではないが、聞いたところによると、大きな攻撃でダンジョンの壁や地面、天井といった部分に亀裂が入ったとしても時間をかけて修復されていくそうで、それと似たようなことがここでも起こっているのだと思う。
だから、開拓しようと中に入って草花や枝、木を切って地面を踏み固めて進もうとしても、元々の森という状態に戻っていくのではないだろうか。
これが正解かはわからないが、とりあえずそう思っておくことにした。
ダンジョンか、ダンジョンもどきかもわからないが、そう考えれば何が起きても不思議ではない。
魔力濃度が高いのも、ダンジョンだからかもしれない……いや、ダンジョンかもしれないから魔力濃度が高いのか……まあ、どっちでもいいか。
とにかく、「魔の領域」の森がそういう不思議な場所であるとわかっただけでも来た意味はあった。
あとはこれといった収穫はなく、陽が落ちる前に森を出てヘルーデンに戻った。
アイスラ「………………」
作者「………………えっと、何か?」
アイスラ「戻るのが早くありませんか? ここは一晩野宿して、そのままきゃっきゃっうふふするべきではありませんか?」
作者「ははっ! それはないでしょ」
アイスラ「あ゛あ゛ん?」