間の平原
ちょっとでも笑ってくれるといいな。
「魔の領域」の入口である森は、ヘルーデンから見える範囲にある。
けれど、実際は直ぐ側にあるという訳ではない。
間には平原が広がり、それなりに近く、それなりに遠いといったところ。
森の直ぐ側ではない――ヘルーデンとの間に程度な距離があるのは、「魔の領域」から魔物が一度に大量に出てきても、ヘルーデンに辿り着くまでに少しでも対処に当てる時間を確保するためだと思う。
ただ、「魔の領域」は広い。
出てくる魔物のすべてに対処していくのは難しいが、集めた情報からすると、「魔の領域」の浅層――特に入って直ぐの辺りに居る魔物は特に強くなく、普段そういった魔物しか出てこない平原は、初心者の腕試し、あるいは肩慣らしの場となっているので、どうにかなっているそうだ。
実際、今平原を進んでいるのだが、俺よりも下と思われる年齢で構成されたパーティがいくつか、森から出てきた魔物を相手に奮闘している。
危ないというか危なっかしい場面も目に付くが、熟練っぽい感じのソロやパーティなんかが森に向かっているし、本当に危なければ手助けするのではないかと思う。
他にもヘルーデンまで逃げればいいし、ヘルーデンの門番からも見える範囲なので、安全と言えば安全だ。
まあ、もし本当に危険に遭おうとも、それも経験と考えていそうだ。
それにしても、頑張っている姿を見ていると、こう……応援したくなる。
頑張れ、と一声くらいかけた方がいいだろうか?
「頑張れよ! 少年少女たち!」
俺ではない。アイスラでもない。
おっさん、と呼ばれそうな人たちのパーティからだ。
俺にもあんな頃があったな、みたいな表情で少年少女たちを見ている。
それが呼び水となったのか、森へと向かう他のソロやパーティからも激励の声が飛び、頑張っている少年少女たちはどこか恥ずかしそうだ。
いいから、さっさと行けよ、とか思っていそう。
「……ここに来たばかりだし、俺もまずは平原から始めるべきかな?」
「狩り尽くしてしまいますので、やめておきましょう。彼らにも生活があるのですから」
「それもそうか」
「はい。それに、私がお側に居ますので、ジオさまは戦う必要がありません」
確かに。
とりあえず、アイスラが居れば俺が戦うことはないだろう。
少年少女たちが頑張っている様子を見ながら森へと向かう――のだが、気になることが一つ。
「アイスラ」
「はい」
「なんか、見られていない?」
周囲――森へ向かう人たち、それに少年少女たちからも視線を向けられている。
これで、アイスラだけに向けられているのなら理由は考えるまでもない。
アイスラが美人だからだ。
けれど、視線はアイスラだけではなく、俺にも向けられている。
いや、割合は俺の方の多い。
理由に見当が付かないので不可解である。
「確かに見られています。しかし、なんでしょうか……理由が思い当たりません。ですが、こうまで不躾に見られるのは不快ですし……殲滅しますか?」
うん。お願い。とは言えない。
しかし、アイスラでも理由がわからないとなると、どうしたものか。
まあ、森までもう少しだし、入ればこちらを見る余裕はないだろう。
そう思って歩を進めていくと、男性が一人こちらへと近付いてくる。
緑色の短髪で、爪でジャッと引き裂かれたような傷がある巌のような顔立ちに、筋骨隆々な体付きに分厚い鎧、背中には大剣を背負った三十代くらいの男性。
「よおっ! 見ない顔だな。ヘルーデンには来たばかりか?」
「どうも。そうだ。ヘルーデンには数日前に来たが、それが何か?」
気軽に話しかけてきたので、気軽に答えてみる。
ただ、何が目的で話しかけてきたかわからない以上、警戒は怠らない。足もとめない。
そのまま進んでいくと、その男性は並んできて、「ふっ」と笑みを浮かべる。
「そう警戒しないでくれ。気になったから声をかけただけだ」
「気になる? 何か気になることが?」
「いや、お前らが武闘家とか魔法使いとかなら余計なお世話なんだが、そうじゃないのならしっかりと武具を装備しておいた方がいいぜ、と忠告しておきたくてな。『魔の領域』は優しくない。たとえ浅層であっても何が起こるかわからない。何が起こっても不思議じゃない。できる限りの備えをしておくに越したことはないぜ」
思わず足を止めてしまうくらいには、内心で驚いた。
少しは目を見開いたかもしれない。
「魔物の中にも、打撃が効きにくいのや、魔法を無効化してくるなんてのも居て、状態異常攻撃持ちも普通に居る。複数の攻撃手段にできるだけの回復手段を用意しておくのが基本」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。もしかして、それは親切心からの忠告なのか? 周囲から向けられている視線も俺と彼女を心配して?」
「ああ、そうだ。武器も持たず、防具も身に着けていない。衣服だけで散歩に行くように森へ向かっているんだ。目立ちまくっているぞ」
男性の返答に、まさか、という思いが浮かんだ。
心配されるなんて本当に久々だから、そこに考えが至らなかった。
アイスラも俺と同じなのか、少し驚いているように見える。
確かに、自分とアイスラの身形を客観的に見ると、男性の言う通りだ。
これから「魔の領域」なんていう身近に死の危険がある場所に行くような身形ではない。
それは確かに、この場において目を引く存在だろう。
「まあ、戦力的な部分について、余計な心配だったのは間違いないだろうがな。近付いてわかった。只者じゃねえな……特にあんたは。俺でも勝てるかどうか……」
俺とアイスラにしか聞こえていないように呟いて、男性が視線を向けたのは、アイスラ。
なるほど。まあ、さすがにアイスラの強さを完全に理解したとは思えないが、それでもその一端を感じられるくらいには強い、ということか。
それは、周囲から男性に向けられている視線からも察せられる。
目の前の男性に任せておけば大丈夫、といった一目置かれているような感じなのだ。
「そうか。目立っていたか。確かに、この身形では仕方ない。心配についても素直に受け取っておく。忠告にも感謝する。ただ、今日は様子見というか、浅層をぶらついて『魔の領域』とはどのようなモノかを感じ取りたかっただけだ。奥深くまで踏み込むつもりはない」
俺がそう口にすると、男性はニカッと笑みを浮かべ――。
「そっか。入って直ぐの辺りであれば、それでも大丈夫か。それに、少なくともそこらの魔物に後れを取ることはなさそうだしな。まあ、こうして注意したくなるくらいに『魔の領域』は危険な場所だとわかってくれればいいよ。それじゃあ、気を付けてな!」
そう言って、パーティメンバーだと思われる人たちの方へと向かっていった。
親切な人のようだし、何かの時に頼るのもアリかもしれない。
それと、身形か……せめて、剣くらいは所持しておいた方が、今後こんな風に見られることはなくなるかもしれない。
しかし、武具類か。
俺は使わないから肩掛け鞄の中には入っていない。
アイスラの収納魔法の中には武具類が入っているが、それはアイスラ専用なので、使わないだろうけれど、今後はそういう風に見られないように、剣の一本くらいは手に入れておいた方が良さそうだ。
そういう訳で今後の予定を考えている間に、森の中へと足を踏み入れた。
男性「あんたは……大したことなさそうだな」
作者「戦闘職じゃないからね! だから、彼女から守ってください!」
アイスラ「……(ニッコリ)」
男性「………………すまん!(ダッ! と駆け出した)」