まずは確認
くすりとでも笑ってくれれば嬉しいです。
朝。起きてから少しボーっとする。
……あっ、体を拭いてさっぱりしてこよう。
そう思って、共同で使える水場に向かった。
この宿――「綺羅星亭」の良いところの一つが、この水場がいつでも使えるということにある。
ただ、ここで一般的に注意しないといけないことは、水場であること。
つまり、水しか出ないのだ。
これで夏場なら良いが、冬場であればキツイだろう。
だが、俺には関係ない。
俺のギフト「ホット&クール」。
授かった時は周囲をちょっと温めることができて、ちょっと冷ますことができるのと、自分の体温を自動で快適に調整するといったモノだったが、今はもう少し色々とできるようになっている。
任意――目に見える範囲内に限る――のモノや空間に対して温度を上げ下げできるようになっていた。
それで桶に水を溜めて、桶を溜めた水を温める。
一気に上げることはできないので少し待てば……暖かな水――優しいお湯の出来上がり。
これで大丈夫。
「ホット&クール」で体温は常に快適でも、お湯をかけた時は暖かいと感じるし、冷水を浴びた時は冷たく感じるのだ。
まあ、直ぐに快適になるからほぼ瞬間的なモノだけど。
そうして、優しいお湯にしてから体を拭いてさっぱりしていくのだが……気になることがあった。
今はまだ早朝。それなりに早い時間帯で、俺以外の利用者は居ない。
いや、偶に居るのだが、今日は居ない。
けれど、毎度視線を感じるのだ。
今日も感じている。
その視線に敵意や殺意はないが、なんかこう……確認しているような、そんな感じの視線。
今日は特に強くしっかりと確認しているように感じるのだが、何を確認しているかはわからない。
一体なんだ? と顔を向けると感じる視線は消える。
かなりの手練れが俺を見ているのは間違いない。
俺がパワード家の人間だと、ここを治める辺境伯にバレた?
しかし、それなら接触があると思うが、ない。
行動が不可解で、俺としてもどう行動すればいいか悩む。
とりあえず、さっぱりしたあとに食堂に向かうと丁度良い時間なので、そのまま朝食を頂くことにする。
食堂で待機していたアイスラと共に。
「……アイスラ」
「ふぁい。なんでひょうか? ヒオさま」
「なんで鼻に詰め物をしている?」
「……」
「……」
「……えっと、ひょくどうに遅れると思い、いひょいだひょうひに扉に顔をぶつけてひまいまひて」
えーと……要するに、俺が来る前に食堂待機しようとしたけれど、何かしらの理由で遅れそうになって、急いだところで扉に顔をぶつけてしまった、と。
そんなミスをするのは珍しいな。
それに、扉に顔をぶつけたという割にはどこにもぶつけた痕がないように見えるが……まあ、その程度アイスラが傷を負うとも思えない。
ぐう~、とお腹が鳴る。
「そっか。アイスラにしては珍しい」
「以後、気を付けましゅ」
アイスラと共に美味しい朝食を頂いた。
―――
さて。お腹も満たされたので行動開始だ。
情報もある程度集まって一区切りついたと思う。
これ以上を望むのであれば、場所を移動するか、時間がかかるだろう。
なので、こっちはこっちで行動を開始する。
目指すは、「魔の領域」の中にあるエルフの住処。
具体的な位置はわからない。
エルフに会えれば知っている可能性はあるが、今のところヘルーデン内で会えていない。
ただ、居ないという訳ではなく、偶に現れるそうだ。
その時ではないというだけ。
しかし、エルフに会えたとしても、そもそも信頼関係でもないと教えてくれるかどうかもわからないし、教えてくれたとしてもその場所が正しいとは限らない、という懸念もある。
下手に行動した結果、死に繋がるのが「魔の領域」だ。
慎重かつ迅速に自力で見つけるのが一番早いかもしれない。
まあ、なんにしても、まずは「魔の領域」に入ってから判断するべきだろう。
そういうことで、早速「魔の領域」に――向かわない。
まずは冒険者ギルドの方に向かうことにした。
別に「魔の領域」に入れない訳ではない。
誰かが止めようとも、そもそも「魔の領域」は森全体を指しているので、入ろうと思えばどこからでも入れるのだ。
また、死が隣り合う森ということもあって、内部に人を常時置いておくなんてこともできる訳がなく、入ろうと思えばどこまででも入っていける。
ただ、「魔の領域」には凶悪な魔物が多数生息しているので、奥まで辿り着く前に殺されるのが結末としてありふれたモノらしい。
その辺りの話は、ヘルーデンで情報を集めるとよく出てきた。
なので、「魔の領域」に入ろうと思えば直ぐ入れるが、その前に冒険者ギルドに行くのは、ハッキリ言えば金策である。
肩掛け鞄の中にまだ金は入っているが、「魔の領域」で行動し続けていくことにどれだけ金がかかるかわからない。
冒険者ギルドに「魔の領域」に関する依頼があることは確認済なので、行くついでに金が手に入るなら手にしておこうと思ったのである。
あとは、依頼を達成していくことで冒険者ギルドのランクも上がるだろうから、なんというかお得感が得られそうだ。
そうして、アイスラと共に「綺羅星亭」を出て冒険者ギルドに向かい、中に入る。
冒険者ギルドの中は、かなり混雑していた。
依頼が張り出されている大きな掲示板の付近は特に。
様子を窺ってわかったのは、依頼は早い者勝ちであるモノが多いため、早朝はそういう依頼の取り合いで混雑しているということだ。
ただ、依頼はランク毎に区切られているようで、ランクが下の方はそこまでではない。
そして、俺の冒険者ランクはまったく上げていないので一番下――確か一番上が「S」で「A」「B」「C」「D」「E」「F」の順――「F」である。
余り混雑に影響されることはないようなので、受けられそうな依頼があるかどうか確認しに行く。
ふむ。
………………。
………………。
「ああん? おいおい、朝の混んでる時に、ガキが邪魔だってんだ――ぐふっ!」
「……今、何をしようとしましたか? まさか、蹴ろうとしたのですか?」
「「「て、てめえ! 片手で仲間の顔を掴んで持ち上げるなんて! 放しやがれ!」」」
「あ゛あん? 仲間ということは連帯責任で同罪ですね。あとで同じように潰してあげます」
「「「……(さっ、と顔を逸らす)」」」
なるほど。確かに一番下のランクの依頼である。
ヘルーデン内部の依頼――それも雑事が多く目立ち、「魔の領域」に関するモノはまったくと言っていいほどなく、薬草各種類の採取、ほぼ動物と言ってもいいような相当弱い魔物の討伐があるくらいだ。
「か、顔が! 俺の顔が潰れる! 俺の男前な顔が!」
「男前? どう見ても山賊顔ですが? それに、ここから潰れた方がより印象に残る顔立ちになりますよ」
「それ、余計に酷くなるって言っているよな!」
「あ、あの、ギルド内で揉め事は困るのですが」
「「「そ、そうだ! そうだ! 助けて! ギルド員さん!」」」
それに、採取や討伐も常設というか、わざわざ受諾しなくとも、手に入って提出してくれれば依頼達成という扱いのようである。
これなら、少なくともランクが上がるとかしない限り、わざわざ冒険者ギルドに来て依頼を受けるといったことはしなくても良さそうだ。
「わかりました。では、外で話し合いをします。それで良いですか?」
「え? あ、はい。外で、なら構いません」
「いや、俺が構うから!」
「あなたの意見は聞いていません。黙りなさい(力を込める)」
「ぐわあああっ!」
「一つお聞きしますが、これは平気で蹴ろうとしましたが、もしや前にも?」
「えっと、その……」
「その態度で十分です。これまでの己の行いによる結果をその身に刻んであげましょう」
「ひっ! だ、誰か助け――」
「「「………………(誰もが見守った)」」」
……うん。とりあえず、今のところは依頼を受けなくても良いということがわかっただけでも、来た甲斐はあった。
依頼は受けずに、このまま「魔の領域」へ向かおう。
「アイスラ」
「はい」
依頼の掲示板から振り返ると、アイスラが控えていた。
けれど、様子がおかしい。
アイスラが、ではなく、ギルド内が。
先ほどあった混雑による喧騒が消え、静かになっている。
ついでに言えば、ギルド内に居る人たちの視線がアイスラに向けられていた。
「……何かあった?」
「些事がありましたが、もう終わっています」
「そうか。なら、行こうか」
「はい。どこまでも共に」
いや、どこまでというか「魔の領域」に、なんだけど。
アイスラと共に冒険者ギルドを出る――と、なんか人が倒れ……いや、これは膝を折って平伏すように謝っているように見えるけれど、誰に向かって謝っているのだろうか? それとも、冒険者ギルドで何か悪さをして反省しているのだろうか?
不思議に思いつつ、足は止めずに進む。
アイスラ「………………」
作者「こいつも些事だな、みたいな目で見ないでくれますか」