サイド 謀反の王たち
一笑いでもして頂けたら幸いです。
王城とは、王の住処であると同時に国の象徴でもある。
そのため、国が栄えれば栄えるほど、比例して王城も立派なモノとなっていく。
ルルム王国は大国とまではいかないが、それに近いだけの国力を持っている国であり、その王城はルルム王国の王都の中心で、国力を示すように大きく立派なモノが聳え立っている。
そして、どこも欠けることもなく綺麗なままであった。
直近で謀反が起こったにも関わらずに。
実際は被害が出ていない訳ではない。
ただ、内部はともかくとして、王城の外観に被害を受けたような箇所がないだけである。
それだけ謀反は用意周到であった、またはかなり手際が良かった、あるいはその両方であった、ということの表れだろう。
そんなルルム王国の王城内にある一室。
ここに戦闘の痕跡は一切ないため、室内に置かれている高品質な調度品の数々はこれまで通りの形を保っている。
その無事な調度品の一つに、古ぼけた机と椅子の一式がある。
歴史を感じさせるそれは、歴代の王が使用してきた執務机。
そこに今、謀反を起こして成功したことによって、新たな王となった者――「べリグ・サーブ・ルルム」が席についていた。
ベリグ王は、白髪交じりの金髪に、端整な顔立ち、細身で、豪華な服の上からでも戦える体付きでないことがわかる、五十代後半ほどの男性である。
そして、ベリグ王と執務机を挟んで二人の男性が立っていた。
一人は、禿げ頭の、柔和な顔立ち、品の良い服に身を包んだ六十代の男性。
新たに宰相となった「ムスター」。
一人は、赤の短髪に、厳つい顔立ち、鍛え抜かれた体の上に鎧を身に付けた四十代の男性。
新たに騎士団長となった「ナイマン」。
ムスター宰相がベリグ王へと報告を行う。
「少し時間はかかりましたが、城内の掌握が完了いたしました。これで、これからこのルルム王国の王城はベリグさまの統治下となります」
ムスター宰相の言葉に、ベリグ王は上機嫌となって笑みを浮かべるが、それは直ぐに消えて少しだけ苛立ちを含んだモノへと変わる。
「漸く、か。思いのほか時間がかかったが、まだこの国のすべてが私の統治下になった訳ではない。王都と一部の近辺、あとは協力した貴族共の領地は統治下と考えていいだろうが、従わないところはまだ残っている。違うか?」
「はい。その筆頭となるのは、やはりメーション侯爵家でしょうか。パワード伯爵夫人……いえ、パワード家は既に貴族籍ではなくなりましたので、ただのパワード家夫人の実家であり、そのパワード夫人は今そこに居ることがわかっています」
「メーション侯爵か。厄介ではあるが、向こうが動く頃にはこちらも力を増しているだろうから対処できる。それと、パワード家も最早問題ない。当主のオールはサーレンド大国行きだ。だが、パワード家の子の一人――リアンの方は問題だな。まだ見つかっていないのだろう?」
「はい。発見の報告は届いておりません」
「ふむ……」
ベリグ王は顎に手を当て、少し考える。
「……まあ、問題といっても、そこまで重要に捉えなくても良いだろう。リアンがどのような手段を取ろうとも、元王――私の甥を生かしておけば、助けに来ることに変わりはないのだからな」
「なるほど……つまり、元王が今も生きていられるのは、ベリグさまへの反逆を考える者を招き寄せるための餌、という訳ですか?」
「いやいや、甥っ子可愛さだよ」
ベリグ王はそう口にするが、その言葉はどこか軽薄であり、表情は嘲るような笑みが浮かんでいた。
誰が見ても、口にした通りではないことがわかる。
実際その通りで、ベリグ王は決して甥っ子可愛さで生かしている訳ではない。
元王妃たちが逃げ出した時から招き寄せるための餌として生かした。
あと他に理由を付けるなら、親族を直ぐ亡き者にしては体裁が悪いといったところ。
ただ、それだけ。
それだけで元王は生かされていた。
そのことは、ムスター宰相、ナイマン騎士団長も知っているため、そうではないなどと口にしない。
代わりに、ムスター宰相は別の懸念を口にする。
「そうですな。元王は、ベリグさまの温情であると理解していただけると良いのですが。ああ、それと、リアンで思い出したのですが、パワード家の子のもう一人の方ですが、逃げ出したとわかったあとに王都内を捜索させているのですが見つかっていません」
「もう一人? ……ああ、出来損ないと言われている者か。確か、オールに対して使えるかもしれないと捕らえようとしていたのだったな。だが、まだ見つかっていないのか……こうなると、別の可能性も考えておくべきだ。ムスターよ」
「別の可能性ですか?」
「既に王都を出ている可能性だ」
まさか、とムスター宰相は目を見開き、その可能性を頭の中で検討してから口を開く。
「しかし、王都の門を抜けた形跡はありませんが?」
「王都を秘密裏に出ることなど、裏の者共を使えばどうとでもなる。それはどうでも良い。出来損ないとはいえ、パワード家の者なのだ。これでメーション侯爵家や国内の貴族を頼るのであればどうとでも対処できるが、それがウルト帝国だと少々面倒になるかもしれない」
「確かに。わかりました。一応、王都内の捜索は続けておきますが、念のため国境の警戒を強めておきます」
「ああ。そうしてくれ。……さて、あとはウルト帝国、サーレンド大国についてだが……ウルト帝国が私を王と認めない、あるいは金や兵といった援助を出し渋るようであれば、このままサーレンド大国に味方する、ということでいいな?」
問うてはいるが、これは決定事項であると、ベリグ王がムスター宰相とナイマン騎士団長を見た。
ナイマン騎士団長はその通りです、と笑みを浮かべて頷く。
けれど、ムスター宰相は表情に少しだけ難色を露わにする。
「それはつまり、ウルト帝国の出す条件次第では、今回のことで協力関係を築いたサーレンド大国を裏切るというのですか?」
「フッ。裏切る? ムスターよ。何を言う。私からすれば、どちらの国も味方であり敵だ。確かに、今回の件で利害が一致したためサーレンド大国とは協力した。だが、この協力関係はあくまで今回の件だけ。これからの協力関係まで取り決められていないのだ。これについては、サーレンド大国側も理解している。要は今回の件とこれからは別なのだ」
「ですが、わざわざできた縁を切らずとも良いのではないでしょうか?」
「私とて別に縁を切りたくて切る訳ではない。これからの交渉についてはサーレンド大国を優先して受けるが、ウルト帝国からの交渉も受けるというだけだ。楽しいとは思わないか? 私が味方するかどうかで、サーレンド大国はウルト帝国に攻められず、ウルト帝国はサーレンド大国を防ぎ切れなくなる。つまり、これからどうなるかは……私次第なのだ」
ベリグ王が不敵な笑みを浮かべる。
それは、見ようによっては勝利者の笑みであった。
しかし、それでもムスター宰相は安心できないと口を開く。
「ですが……もし、サーレンド大国が国を挙げて攻めてきたら」
「それこそ、心配は要らない。ウルト帝国に助力を頼めば良いだけだ」
「しかし、戦力が……」
「まあ、ムスターの懸念も理解はできる。確かにオールが居ないのは大きいが、だからといってそれは埋められないモノではない。そうだろう? ナイマン」
ベリグ王の問いに、ナイマン騎士団長は胸を強く叩いて答える。
「ハッ! オールより私の方が優れていると証明してみせます! 私にお任せください、ベリグ陛下! だから、ムスター殿も安心して欲しい!」
ムスター宰相に向けて、ナイマン騎士団長が笑みを向ける。
それ以上何を言っても無駄だろうと判断して、ムスター宰相は納得するように息を吐く。
「はあ……わかりました。軍事についてはナイマンの方が明るいのは事実ですし、もし戦いが始まればお願いします」
ムスター宰相からも任された、とナイマン騎士団長は嬉しそうにサムズアップする。
場に流れる明るい雰囲気を堪能したあと、ベリグ王はナイマン騎士団長に向けて口を開く。
「ムスターが理解したところで、ナイマン。先ほどのをもう一度頼む」
「先ほどの? ……ああ、なるほど。もちろんです。ベリグ『陛下』」
「……んんんっ」
嬉しさを我慢できずに声に出てしまったような、そんな声がベリグ王から漏れる。
実際、頬は少し赤く染まり、その表情はどことなく恍惚としていた。
「これでよろしいですか? ベリグ『陛下』」
「んんんっ!」
堪え切れずにニンマリと笑みを浮かべるベリグ王は、そのまま意趣返しとばかりに口を開く。
「流石だよ。ナイマン。いや、ナイマン『騎士団長』」
「おうふっ!」
ナイマン騎士団長からも声が漏れる。
その表情はベリグ王と同じくどことなく恍惚としていた。
そんな二人の様子を呆れた様子で見るムスター宰相であったが、それに気付いたベリグ王が声をかける。
「……いやいや、これが意外と言われてみると嬉しいモノだぞ。ムスター『宰相』」
「……うへへ」
嬉しそうに頭を掻くムスター宰相。
「ベリグ『陛下』」
「ムスター『宰相』」
「ナイマン『騎士団長』」
お互いに呼び合う三人は、誰しもが嬉しそうであった。
そこで、思い出したようにムスター宰相が願いを口にする。
「そういえば、親戚筋で就職に困っているのが居まして、王城勤務させて構いませんか?」
「ああ、構わないぞ」
「そういうことでしたら、自分の親戚筋にも居るので――」
三人が思うこれからの展望は非常に明るかった。
少なくとも今は。
ジオ「……勝てそうな気がする」
アイスラ「奇遇ですね、ジオさま。私も容易に捻り潰してすり潰して焼き消すことができそうです」
作者「………………なんだろう。勝利という結果は同じでも、両者が考える過程が違うような気がする」