個人としての始まり
二話目。
――過去を振り返ることで現状を確認することも、時には大切である。
なので、振り返ってみようと思う。
そうすれば、これからどうするべきか……わかるかもしれない。
その指針くらいにはなるはずだ。
―――
幼い頃……三歳くらいだろうか。
私――いや、この際、俺でいいか。
その頃、俺は様々な人に抱っこされていた。男女問わず。ただ、比率は女性の方が多かった……と思う。本当に抱っこされていることが多かったのだ。
それこそ、常に誰かが抱っこしていて、地に足がついている時の方が稀というくらいに。
いや、物心ついたかどうかくらいなので、あとで聞いた話だが。
抱っこされていた理由は後々判明するが、おぼろげに憶えているのは、なんか俺を抱っこしていると気持ちいい……いや、なんか違う。過ごしやすい……いや、もっと相応しい言葉があったような……あっ、快適。そう。俺を抱っこしていると、快適と言っていた気がする。
―――
四歳くらいで、自分の意思というモノがしっかりしてきたと思う。
それと、自分の名を覚え、容姿はこんなモノなのだと認識した気がする。
名は、ジオ・パワード。
武力で有名らしいパワード伯爵家の次男。
黒髪黒目。顔立ちは……自分で判断すれば悪くないと思う。多分。
いや、四歳くらいなら愛らしさがまだまだ健在だ。
可愛い部類に違いない。
家族も皆黒髪黒目である。
家が貴族家だったというのも、この頃から認識したと思う。
だからといって、傲慢にはならなかった。
家族がそのように振る舞っていたからだ。
自然とそうなった感じだが……まあ、子供らしさはそれでもなくならない。
初めて――ではないかもしれないが、記憶の中にある初めてとして、王都に散策に出た。
もちろん、俺一人――な訳もなく、母上と、護衛であるメイドたちと。
……楽しかった、という思いの記憶はある。
ただ、どんな内容だったか………………まあ、いいか。
こういうのはその内、ふと思い出すモノだから次にいこう。
―――
五歳になったくらいだろうか。
大発見した。いや、結果として大発見ではなかったが、当時の俺としては大発見だったのだ。
それは――階段の手すり。
滑って下りたら早くない? 楽だし。
普通に階段を下りていくより倍は早い――が、怒られた。
父上はガハハと笑い、兄上は微笑み、母上にかなり怒られた。
母上に怒られている時、紺色の髪色に紫色の目が特徴的な、母上専属メイドの一人が俺を見て、何故か息が乱れていたのを気にしていたような気がする。
―――
……六、七歳くらいだったろうか。
カッコいいモノ、カッコいいことに憧れていたと思う。
それで、自分なりにカッコいいことを考え……編み出した。
机とか何か大きなモノを、こう足を回しながら大きく開いて跨ぎ越えればカッコいいのではないか、と。
しかし、自分にはできない。身体能力が足りなかった。
だから、兄上に頼み――苦笑しながら断られる。残念。
それで諦める俺ではない。
俺を見ながら息を乱す母上専属メイドから、私がしましょうかと提案されたが、断固として断る。
できるできないではなく……まあ、できると思うのだが、それ以前の問題だ。
ほら、メイドだから。スカートだから。求める動きをすると中が見えて……寧ろ見せて恥じらう様子を見たい?
謹んでお断りした。
なので、代わりに父上に頼んでやってもらう。
俺は拍手喝采。
母上は笑みを浮かべ……今ならわかる。あれは怖い笑みだった。
父上との絆が深まった、と思う。
―――
十歳。
「スキル」と「ギフト」というモノがあることを知った。教えられた。
スキルは、努力によって後天的に身に付けることができる能力。
ギフトは、神に与えられた能力と言われ、特殊なモノが多く、持っていない人が多い――というか、持っている方が稀だ。
持っているかどうかは教会でわかり――俺は持っていた。
俺のギフト名は「ホット&クール」。
授かった時の能力を簡単に言えば、周囲をちょっと温めることができて、ちょっと冷ますことができるのと、自分の体温を自動で快適に調整するといったモノ。それくらいだった。
今はもっと色々とできるが、もっと成長できると思う。
けれど、これで判明した。幼い頃によく抱っこされていたのは、俺の体温が丁度良かった――暑い時は涼しくなって、寒い時は暖かくなったからだろう。
………………モテていた訳ではなかった。
小悪魔男子にはなれないようだ。
あと、俺のギフトを知って、大したことないギフトだとからかってくる者たちが現れる。
……でも、そっちは誰も持っていないし、どんなギフトでもあって損にはならないと思うけど? と言っておいたのだが、母上専属メイドの一人が「消しますか?」と微笑みを浮かべながら言ってきたことの方が印象的だった。
一応、消すのはマズいんじゃないかな? と疑問で返しておく。
ギフトを自覚してから、何かに使えることはないかな? とここから模索し始めた。
―――
……そして、今日。
成人として認められる十五歳の誕生日。
家に俺は一人で居た。
………………。
………………。
い、いや、違うし。し、執事とか、め、メイドとか、に、庭師とか色々居るし。ただ、父上と兄上は、先日これまでよりも多い数で攻めてきたサーレンド大国に対する軍を率いているため居らず、母上はきな臭い動きがあると言い、それを調べるために実家の方へと昨日戻っているだけなのだ。
ちなみに、母上の実家は王都外で戻ってくる気配は一切ない。
……わあ、豪華な食事が独占だ。
………………。
………………。
強がってみた。
ただ、豪華な食事は食べられなかった。
その前に母上専属メイドが来て――。
「まずは、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう。……それで、何か緊急っぽいけど、何かあった?」
「はい」
祝福の言葉を贈られたあとに確認すると、王城で公爵家の一つといくつかの貴族家による謀反が起こり、その結果――王さまが捕らえられ、王妃さま、王子さま、王女さまは逃亡し、王城……というかルルム王国が簒奪されました、と報告してきたのである。
母上はその情報を得て対処のために来られず、代わりに母上専属メイドが来たようだ。
表情と声色から虚偽ではなく真実であると判断する。
そこに、王城から王の遣いを名乗る人が来て、王城まで来るようにと告げられた。
準備出来次第向かうと王の遣いの人には伝えて帰ってもらい――今に至る。
―――
何故呼び出されるかわからないが、王の遣いは俺を名指しだった。
父上でも兄上でも母上でもなく、俺。
……怪しい。
母上専属メイドから聞いた内容から判断して、ウチは捕まったという王さまと懇意にしていたし、俺を捕らえて軍を率いている父上や兄上への人質に使うつもりなのかもしれない。
俺の選択を、父上、母上、兄上は肯定してくれると思う。
なので、王城から呼び出しをバックレることにした。
―――
早速行動を開始。
ウチに勤める執事、メイド、庭師など、ウチと関わりを持っているからと目を付けられる可能性があるため、どこかに――。
「問題ありません。こういう時のための対処行動は全員が心得ています」
母上専属メイド――紺色の髪色に紫色の目を持つ美人――アイスラがそう教えてくれた。
つまり、既に俺が指示を出さなくてもいい状態。
「……その話、俺聞いていないんだけど?」
「奥さまたちは成人してから教えるつもりだったと思われます。それで、どうされますか? 手順通りに進めて構いませんか? それとも、何か他の手がありますか?」
「……いや、手順があって、それで大丈夫ならそれで」
これで問題解決……いや、その手順の中に俺に対する手順がないようだが。
ということは……何をしようと自由だ。
……そんなことはあり得るのだろうか?
「あり得る?」
「あり得ません。奥さまの下へ、私が責任を以ってお連れ致します」
「そっか……それ、やめにしない?」
「……何かお考えがあるのですか?」
俺は笑みを浮かべる。
一日二話投稿は少しだけ続きます。