「ルルム王国大戦」 24 サイド 6 一つの終わり
ジオとアイスラが、護衛たちと共に前線へと赴こうとしているフレミアムの下へと向かう。
フレミアムの目的は明白であった。
総大将として、決着を着けるため。
ルルム・サーレンド連合軍の総大将のベリグ王の下へと向かっているのだ。
その姿を見たあと、オールは対峙しているナイマンを見る。
「……いいのか? 行かせて? ベリグの下まで行くぞ」
ナイマンの立場であれば、ベリグを守るために動くのが普通である。
だから、オールは尋ねた。
ただ、それでナイマンが自分に背を見せるとは思っていない。
実際にナイマンはジオとアイスラ、フレミアムのあとを追うような仕草は一切見せず、オールと対峙したままだった。
「私にとっては、お前を倒すことの方が重要だからな! お前に背中は見せない! 見せたところを倒そうとでも思ったのか? 浅はかだぞ、オール!」
「別にそういうつもりはないが? 真正面からでも倒せるし。単に聞いただけだ。ベリグは自分を守らせるために、お前を側に置いていたと思ったからな」
「そうだな。私も本来はそうするべきだということはわかっている! だが、お前との戦いに勝つことは、それよりも優先されるのだ!」
ブォン! とナイマンが大剣を大きく振るって、意志の強さを強調するように示した。
そして、大盾を前に構えたナイマンは、オールに向けて突進する。
オールが突進をかわすと同時に、ナイマンは急停止して振り向きざまに大剣を振るう。
もちろん、ただ我武者羅に振るった訳ではなく、ナイマンはオールの動きをしっかりと目視していて、その動きに合わせた横薙ぎである。
狙いは腹部。
しゃがんでも、飛んでも、間に合わない剣速。
それに対してオールは――タイミングを合わせて迫った大剣を蹴り上げる。
普通であれば、衝撃で軌道が逸れるかどうかといったところだろうが、オールの蹴りは軌道を逸らすどころか完全に打ち勝ち、大剣は真上に上がった。
「――ふんっ!」
膂力を以って、ナイマンが真上に上がった大剣を勢い良く振り下ろす。
オールは一歩下がって回避。
そのあとはナイマンが攻めに攻めて、オールがそれをすべて捌き切るという攻防が続く。
攻防の中で、会話は続いた。
「先ほどの話だが、そもそも前提が間違えているな、ナイマン。私に勝てるという前提が」
「ハッハッハッ! いつまでも自分がルルム王国最強だと思うなよ? オール! それに、前提が間違っているというのであれば、それはお前もだ!」
「どういうことだ?」
「私が何もせずにベリグ陛下の側を放れるとでも思ったのか? もし、そう思っているのなら、甘い! 甘いぞ! オール! サーレンド大国に捕らえられている間に感覚が鈍りでもしたか?」
ナイマンのシールドバッシュを受け止めて、オールが少し吹き飛ぶ。
といっても、ダメージらしいダメージはない。
少し吹き飛んだのも、直前で自ら飛んで衝撃を緩和させたのだ。
オールからすれば、受け止めた手に少し衝撃が伝わった程度。
なんでもないように構えを取る。
「……何もせず……そうか。代わりが居る訳か」
「そういうことだ! オール! しかし、その様子だと、ろくに情報も集めずにここまで来たようだな? なら、教えてやろう! 代わりを任せているのは、お前もよく知る人物だ!」
「何? ――待てよ。サーレンド大国からの援軍となると……まさか、ジェドか?」
「その通りだ!」
ナイマンが襲いかかった。
オールは、ジオたちが向かった先にジェドが居るということに、少なからず動揺して反応が遅れてしまう。
ナイマンの振るう大剣はどうにかかわすことができて、次いで大盾を剣のように振るった攻撃をいなすことはできても、大剣の柄頭による打突は腹部にもろに食らってしまい、「うっ」と口から息を漏らしながら、オールは数歩後退る。
「今のはいいところに入って効いたぞ、ナイマン」
「狙ったからな! 痛かろう! オール!」
嬉しそうに笑みを浮かべ、頷くナイマン。
オールは腹部に走る痛みを逃がすように一息吐く。
「まともに一発入れるとは、やるではないか。ナイマン」
「ハッハッハッ! まずは一発だ! オール!」
ナイマンが大剣と大盾を構える。
その姿は先ほどまでよりも自信に溢れていた。
攻撃が通じたことで、勝てる! と思った結果である。
一方で、オールはジオたちの向かった先にジェドが居ることを知って、少し不安を抱いていた。
(――ジェドが居るのか。あいつはガチで強いからなあ……少なくとも、フレミアムが連れていた護衛たちでどうこうできるヤツではない。これからナイマンを倒して向かったとしても、間に合うかどうか……ジオに期待するか。リアンの気配もあるし、これは……父と母も居る? なら、大丈夫か)
まずは目の前の相手――ナイマンに集中するべきだ、と一旦ジェドについての考えをオールは捨て、「ふぅ~……」と長く息を吐きながら構えを取る。
真正面からナイマンを見据えるオール。
オールの意識が完全に自分に向いたことを感じ取り、ナイマンはぶるりと体を震わせた。
漸く自分を敵として認めたという歓喜か、それとも、本気のオールと戦うという恐怖か。
それはわからなかったが、先ほどまでの戦いの中で一つ気になったことがあった。
「そういえば、オールよ! 何故大剣を使わない? 持ってすらいないではないか! ここに来るまでに調達もできなかったのか? 私に負けたのは武器がなかったからだと言われるのは心外なのだが?」
「そんな心配は要らない。これは、サーレンド大国に捕まったのは無駄ではなかった、ということだ」
は? と首を傾げるナイマン。
「私が大剣を使っていたのは、父に倣っていただけだ。だが、実際に得意とするものは違っていた。ナイマン。どうやら私は、素手の方が得意で、強いようだ」
え? と戸惑うナイマン。
しかし、次の瞬間から、オールが口にしたことは何も嘘偽りないものであると実感する。
オールが一瞬でナイマンとの距離を詰めて、拳を放つ。
ナイマンは反応していて大盾で防ぐ。
大盾から衝撃が伝わってくるが、ナイマンからすればどうということはない程度であったため、大盾で突き出しつつ大剣を振るおうとして突き出した大盾から感触は伝わらない。
代わりに、大盾の突き出しを避けながら、オールがさらに前に出て距離を詰めていた。
ナイマンは大剣の剣身には当たらないとして柄頭で打とうとするが、もう遅い。
「はっ!」
大きな声と共に、ナイマンの腹部に強烈な痛みが走り、伝わる衝撃で体ごと吹き飛ぶ。
大剣と大盾は意地でも手放さなかった。
軽く拭き飛んだ先で転がったあとにナイマンは立ち上がって、今も痛みを訴える腹部を見る。
鎧が大きく凹む、ではなく、拳の形で突き破られていた。
大きく凹んでいなかったのは、それだけ、そこだけに、正確に、力が集中していた結果である。
それを理解して、ナイマンはオールが口にしたことは嘘偽りではないと知り、痛みで顔を歪めるのではなく、笑みを浮かべた。
打ちどころが悪かっただろうか? とオールは思う。
「ハッハッハッ! そうだ! そうでなくてはな! オール! 強いお前を倒さなければ意味がない!」
鎧を突き破るのなら、もう重いだけで意味はない、とナイマンは鎧を脱ぐ。
「さあ! 強いお前を殺してやるぞ! オール!」
「お前では無理だ。ナイマン」
そこから両者の、誰も近付くことすらできないほどの激しい戦いが繰り広げられる。
どれだけの間、戦ったのか、両者はわからない。
わかるのは、一進一退の攻防が続けられたということ。
もちろん、どちらも無事な訳ではない。
時間が経つごとに、ナイマンの体の各所には強烈な打撃を受けた痕が増えていく。
オールの体にも、大盾による打撃痕、もしくは多少なりとも斬られて血を流す箇所がいくつかある。
ただ、両者を比べた際、より多くの傷を負っているのは、明確にナイマンの方であった。
そして、決着の時は来る。
そこらの棒切れを振るうように振るわれるナイマンの大剣をかわしながらオールは距離を詰めていき、ある程度詰めたところで、ナイマンが大剣の柄頭と大盾を左右から挟み込んできた。
大剣の柄頭は頭部を狙っているために、殺傷能力は非常に高い。
それをオールは、左右の手のひらで受け止める。
これで、力が弱ければ押し切られていただろうが、オールは完璧に受け止めていた。
そこを軸にして、オールは体だけを前に出す勢いでサマーソルトキックを繰り出し、ナイマンの顎に痛打を与える。
ナイマンの体が少し浮くくらいの威力があり、その間にオールはそのまま一回転して――前に出て距離をさらに詰めると、そのまま拳を放ち、蹴りを食らわせ、と乱打をお見舞いした。
乱打を振り払うように、ナイマンが大剣をどうにか振るうが、オールには当たらない。
そこで、ナイマンは見て、知る。
オールが構えて力を溜めている姿を。
それを食らえば、倒れてしまうということを。
体中に走る痛みでもうあまり動けず、避けられないということを。
だから、自分を負かす相手をの顔を見て――ナイマンは認める。
「お前の勝ちだ、オール」
「お前の負けだ、ナイマン」
オールの渾身の一撃を受けて、ナイマンは大剣と大盾を手放しながら吹き飛んでいき、地面を何度も転がったから漸く止まり……立ち上がることはなかった。
これは勝者の役割である、とオールは拳を高々と突き上げる。
ナイマン「……フッ。負けたぜ」
オール「お前も中々だったぞ」
グッと握手する二人。
作者「あれ? きみら、そんな感じだったっけ?」