「ルルム王国大戦」 18
アイスラに運んでもらうのは……悪くない。
俺の視界がずれるのは良くないとわかっているので、揺れないように動いていてくれるのは快適の一言だ。
……まあ、妙に密着されているので胸の感触に意識を割きそうになってしまうが、そこは鋼の意思で跳ね除ける。
それどころではないのだ。
アイスラだって、そこは意識していないはず。
「……(ジオさまをお姫さま抱っこ。密着。ジオさまをお姫さま抱っこ。密着。胸を押し付ける。ジオさまをお姫さま抱っこ。意識させる。……あっ、ジオさまの香り……擦り付けておかないと……ジオさまをお姫さま抱っこ)」
アイスラの呼吸が少し乱れているような気がする。
いや、視界は空に向けているので目で見て確認した訳ではないが、こう息遣いが……しかし、俺を抱っこして運ぶだけで息切れするだろうか? しないと思う。だから、きっと気のせいだ。
そうしている間に、先を進んでいるルルム・ウルト同盟軍と近付いているのがわかる。
空に展開している超熱空間と極冷空間が近いのだ。
……あれ? これ、近付いて大丈夫だろうか? 考えてみれば、近付くということは、それだけ視界の範囲が狭まるということである。
つまり、超熱空間と極冷空間の守備範囲が小さくなるということで……。
「アイスラ、止まって」
「かしこまりました」
なんでもないようにピタッと止まった。
……先ほどまで駆けていた勢いはどこにいったのだろうか? かなりの速度だったと思うが、アイスラからすれば、そうでもなかったのかもしれない。
まあ、何にしても、まだ戦場の上空の全体が見える位置で待機しておく。
直接戦闘に参加したいところだが、未だ空からの攻撃には警戒が必要だろう。
何しろ、ルルム・サーレンド連合軍の数は圧倒的に多い。
ルルム・ウルト同盟軍の全軍全員が戦闘に突入したとしても余る人数が多く、そちらは遠距離からの攻撃を放ってくるだろう。
実際、ルルム・サーレンド連合軍から矢や魔法、爆発する玉の攻撃は止まないので、それを焼失、あるいは凍結させて無効化していく。
もう通じないと諦めてくれればいいのだが、それらしい気配はない。
………………。
………………。
あれ? 待てよ。勢いで攻めに出たけれど、ルルム・ウルト同盟軍よりルルム・サーレンド連合軍の方が圧倒的に数は多いのだから、下手に突っ込むと囲まれて終わりなのではないだろうか? 爆発する玉に驚いたが、無効化したことでルルム・ウルト同盟軍に妙な勢いを乗せてしまったのでは?
戦場がどうなっているのか見たいところではあるが、視界を下げる訳にはいかないので――。
「アイスラ、戦場はどうなっている?」
「……(今、抱き抱え直すという名目で抱き抱え直した際に偶然お尻を触っても許されるのではないでしょうか)はっ! そうですね……今のところは対等に渡り合っています。戦闘が始まったばかりですから体力も残っていますし、頭も働く。そこに勢いも加わっていますから、今のところは大丈夫でしょう。ですが、時間経過と共に疲労を感じるようになれば、一気に瓦解してもおかしくないと思います」
「まあ、そうなるか」
なんか答えるまでに間があったような気がするが……戦場を確認していたのだろう。
ただ、戦場が近付いたことで、俺がお姫さまだっこされているのを見られる確率がより増したのは間違いない。降ろして……いや、駄目か。俺がギフトに集中しつつも移動するのはこれが最善である。我慢。我慢。
それよりも戦場だ。
今は大丈夫ということだが、その大丈夫な内にどうにか決定的な状況まで持っていきたい。
………………。
………………。
どうやって? やはり、超熱空間と極冷空間を落とすか? ルルム・ウルト同盟軍を下がらせれば、こちらの被害は最小で済むし……ただ、言って下がったとしても、ルルム・サーレンド連合軍の方が逃さないというか、前に出てくるだろうから……う~む。どうしたものか。
空からの攻撃の対処をしつつ、どうにかできないだろうかと考えていると――。
「……おや?」
アイスラから、何かに気付いたような声が漏れる。
「どうした? 何かあった?」
今、視界をずらしたい欲求に非常に駆られている。
でも、できない。……いや、見てしまうか? くそっ。こんな時にも攻撃が……やはり、視線をずらす訳にはいかない。それに、意識も空からの攻撃を警戒しているから、向ける訳にはいかない。……ああ! もどかしい!
「……なるほど。これがカルーナさまの策ですか。さすがカルーナさまです。いえ、この場合はさすがパワード家、ですね」
どういうこと? と思っていると――。
『わあああああっ!』
近く――多分、ルルム・ウルト同盟軍の方から大きな歓声が上がる。
何かが起こったのは間違いない。
何が起こったのか教えて欲しい――と思ったところで、意識の端で引っかかる。
「あれ? この気配、兄上?」
「はい。リアンさまが来られました。大勢の方々と共に」
「大勢?」
そう言われると、確かに意識の端で引っかかる気配はたくさん。兄上の周りから感じられる。
「はい。推定で……一万五千ほどでしょうか。掲げている紋章は、南の国・シシャン国のものです。リアンさまが率いているように見えますし、そのままこちらから見てルルム・サーレンド連合軍の左後方に攻め入って指揮を取っています」
「兄上は南の国に逃れていたらしいから、そこから援軍を連れて戻ってきたのか。さすが兄上」
「そうですね。これで、数に関しては大体元々の人数差に戻りました。その上でこちらは今勢いに乗っています。挟み込むような形になりましたし、形勢が逆転――いえ、一気に決着まで持っていけるかもしれません」
「そうだな。兄上が指揮する軍か……俺なら絶対に相手をしたくない」
「私も同じです」
ただ、この場に軍隊持ちの兄上が現れたのなら、俺が空を警戒しなくても済むようになるのは時間の問題だと思う。
そうなったら……兄上に会いに行きたいな。
それまでは空の警戒を頑張ろう。
作者「……さてと、漸く揃ってきたな」
リアン「ジオは! 弟はどこに!」
作者「早い早い! 来るの早い!」