この国での有名な話
今宵の一笑いになれば………………割りと真面目な回だった。
ルルム王国には有名な話がある。
過去ではなく、現在進行中で。
いや、これは正確ではない。
正しくは、話に関わっている人物たちが、生きているのか死んでいるのか、わからないために判断ができず、現在も進行している――とされている話だ。
それは、今となっては元となった王の父で、謀反の王の兄――前々王………………なんか違うな。こう、迫力がないというか、どことなく間抜けな感じになっている。
……うん。今となっては、先々代の王の話。
先々代の王は武闘派である。根っからの。
それもかなり強いらしく、国内の至るところに何かしらの武勇伝が残っているくらいだ。
といっても、ただ暴れていた訳ではなく、武勇伝の大半は被害を受ける弱者を助けて悪事を働く強者をくじくといったモノであるため、非常に人気がある。
武勇伝の大半ではないのは、強大な魔物が相手とかだ。
そんな先々代の王は、若い頃に凶悪な魔物にやられて瀕死のところを、エルフに助けられたことがあった。
つまり、エルフに借りがある。
だから、エルフから助力を願われた先々代の王は、自らエルフの下へと向かうための準備を始めた。
その一つが、息子への王位継承である。
それが準備を始めて直ぐであったため、普通であればそんな急に無茶苦茶な、と誰もが思うところだが、元々王位継承の準備自体は進めていたそうで、その頃には政の大半は息子――元王が切り盛りしていたそうだ。
なので、割とすんなりと王位継承が行われたのだが、元王は子供の成長を見る時間がさらに減る! と憤っていたとかなんとか……。
そうして、先々代の王は直ぐさま準備を終えて、三人の仲間を連れてエルフのところへと向かった。
三人の仲間。
一人は、先々代の王の妻。つまり、先々代の王妃。
一人は、父上の父上。つまり、俺の祖父。
一人は、父上の母上。つまり、俺の祖母。
ルルム王国最強である父上が言うには、祖父と祖母だけではなく、先々代の王と王妃も含めて、自分と同じくらいには強い、と。
まあ、そのあと直ぐ今は自分の方が確実に強い、と口にしていたが。
父上が強さに関して嘘を吐くとは思えないので、先々代の王たちは本当に強いのだろう。
実際、どれくらいの強さなのかわからない。
俺は先々代の王たちの誰にも会ったことがないからだ。
いや、会ったことはある、かもしれない。
というのも、先々代の王たちがエルフの下へと向かったのは、俺が生まれて一年も経たない内だからである。
少なくとも、その間に祖父と祖母には会っているだろう。
先々代の王と王妃は……わからない。
まあ、会ったかどうかの話は別にいいか。
とにかく、先々代の王はこの三人だけを連れてエルフの下へと向かったのだ。
量よりも質が重要だ、と。
それは、誰しもが納得する判断だった。
何しろ、先々代の王たちが向かった先にあるのは、ルルム王国の北部から北西部――さらに隣国にまで広がる、「魔の領域」と呼ばれる広大な森なのだ。
ただ広大なだけで、そんな物騒な呼び名は付かない。
「魔の領域」には、そう呼ばれるだけの多種多様な危険で強大な魔物が生息しているだけではなく、水ではなく猛毒で満たされている沼や視界が閉ざされるほどの濃霧が発生している場所に、方向感覚が狂わされる一帯があったりと、一つ間違えれば命を脅かす厳しい環境が点在しているのだ。
しかし、厳しいばかりではない。
「魔の領域」の中には安全地帯もある……らしい。
らしい、というのは、具体的な場所まではわかっていないからだ。
けれど、そこから来ている、と言うエルフ、ドワーフ、獣人といった種族が居て、さらに先々代の王たちが「魔の領域」の中に入っていったのだから、存在しているのは間違いない。
そして、現在進行中の話に繋がる。
先々代の王たちは、未だ「魔の領域」から帰って来ていない。
―――
「やはり、ジオさまが目的地としていたのは『魔の領域』でしたか」
目的地としていた「魔の領域」である広大な森が見えた時、アイスラがそう口にした。
今は「魔の領域」からもっとも近くにある町「ヘルーデン」に向かっている。
既にその姿――ヘルーデンの外壁は視界に捉えていた。
大きい。それだけではなく頑強で、堅牢であると見て思う。
それもそのはずで、ヘルーデンは「魔の領域」から出てくる魔物に対しての砦という意味もあるのだ。
けれど、それは「魔物大氾濫」などの緊急時の話で、普段は「魔の領域」で手に入る資源や魔物素材を得られる場として、人が多く集まり、非常に栄えている町である。
「ジオさま。お聞きしたいことがあるのですが?」
ヘルーデンに向けて歩を進めながら、アイスラに向けてなんでも聞いてと先を促す。
「では、お聞きします。ジオさまには取れる選択肢が多くありましたが、どうして『魔の領域』へ? ここは命の危機が常に存在しているような場所です。今回の事態に対して行動するとしても、他にもっと……奥さまの下だけではなく、ご当主さまやリアンさまと合流することを目指した方が安全だと思うのですが?」
「確かに、アイスラの言う通り、俺が取れる選択肢の中でもっとも危険なのは『魔の領域』だろう。けれど、これからのことを考えた時、ここで手に入るモノが重要になってくる……かもしれない」
「ここで手に入るモノ、ですか?」
「そう。戦力。念のために、という意味合いが強いけれど」
「どういうことでしょうか? 何故、戦力が必要に?」
「何がどうあれ、最終的には大きな戦いになると思うから」
「大きな、戦いに?」
「寧ろ、ならない方がおかしい。こんな状況になって、ウルド帝国とサーレンド大国――特にサーレンド大国の方が黙っている訳がない。だから、ルルム王国を舞台に大きな戦いが起こる――かもしれない。今は予測でしかないけど」
「確かに両国が動くと思いますが……そこまで大きな戦いに……ですが、そのための戦力が『魔の領域』に?」
「そう。エルフやドワーフ、獣人といった強い人たちに手伝いをお願いする」
「なるほど……ですが、そう上手くいきますか?」
「さすがにやってみないとわからない。ただ、先々代の王たちの方が詳しいから、まずは先々代の王たちを探してからの方が、話は早いかもしれない」
「……ジオさまは、先々代の王たちがまだ生きておられると?」
「うん。アイスラは会ったことある?」
「いいえ、ございません」
「そうか。俺も会った記憶はないけれど、会えばわかるだろ、きっと。それと、生きているかどうかだけど、確率は高いと思う。何しろ、父上が自分と同じくらい強いって言っていた。それだけ強いなら、生きている方を信じる」
ハッキリとそう口にすると、アイスラは少しだけ考える。
「……まあ、ご当主さまからして、殺しても死なないような方ですから……切り札的存在になるというのも……それに、この状況……ジオさまとの距離を一気に近付ける絶好の機会……奥さま、ご当主さま、リアンさまが居ない今、ジオさまを如何様にも染めることが……ふ、ふふふ………………わかりました。ジオさまのため、その目的が遂げられますように協力させていただきます」
「ありがとう。アイスラ。頼りにしている」
お任せください、と一礼するアイスラ。
でも、なんだろうか。一瞬だけど、アイスラから不穏な何かを感じ取ったような……いや、気のせいだろう。
俺の勘違いだ。
うんうん、と頷いていると、アイスラが確認するように尋ねてくる。
「となると、まずは先々代の王たちが向かった――エルフが居るところを目指す、ということですか?」
「そう。ただ、先々代の王たち以外誰も知らないだろうし、手探りから始めないといけない。けれど、予測している大きな戦いがいつ起こるかまではわからないから、できるだけ急いだ方がいいのは間違いない。だから、まずはヘルーデンで情報収集から始める」
それで何か、きっかけでもいいから掴めるといいけれど――と淡い希望を胸に、アイスラと共にヘルーデンへと向かう。
アイスラ「ふふふ……このままジオさまと行動を共にすれば……漸く巡った絶好の機会……逃しませんよ……ふふふ」
作者「悪い顔やで」