「ルルム王国大戦」 5
陽が落ちて夜になり、自陣には松明や魔法の光源といった明かりが用意されて、周囲は暗闇に包まれる。
いや、セントル大平原の向こう側――敵陣も明るくなっていた。
だからといって動きが見えるといったことはなく、自陣と敵陣の間は完全に暗闇なので、闇夜に紛れて――の可能性は十分にある。
警戒は怠らないようにしないといけない。
これで相手が清廉潔白で名が通っているとかであれば、もう少し気も抜けるのだが、何しろ簒奪王なので……やはり、しっかりと警戒しておいた方が無難だろう。
まあ、俺が進言するまでもなく、ルルム・ウルト同盟軍の自陣に戻ると、警戒は怠っていなかった。
これで問題ない。
たくさんの天幕が張られ、中にはそのまま地面の上で雑魚寝するといった、それぞれ思い思いに今日の夜を乗り越えようとしている中を進んでいく。
話しかけてくるような人は居なかったが、それでもぐるちゃんたちに対する恐れのようなものはなくなったように感じられる。
おそらく、ワイバーンライダーに手を出させず、早々に四騎落としたことが影響しているのだろう。
ただ、一度怖がってしまった分、そこからどう声をかけたらいいものか――という雰囲気だ。
まあ、この大きな戦いが終わる頃には改善していると思われる。
そうして、母上が使っている天幕に戻ったが、母上は居なかった。
おそらく、フレミアムさまが居る大きな天幕だと思うので、そちらに――。
「なんかいつも以上に疲れたから、ここで休みながら待っていてもいいか?」
向かおうとしたところで、ハルートからそう声をかけられる。
確かに、ハルートは少し疲れた表情をしていた。
多分、ここまで大きな戦い……ヘルーデンで「魔物大発生」があったな。となると、規模は違えど大きな戦いの経験はある訳だから……ここまで多くの人を相手にしているから? もしくはワイバーンの相手をしたことによる緊張でいつも以上に疲労した、というのも考えられるか。
まあ、何にしても、もう休んでいて問題ない。
「わかった。今日はお疲れ。よく戦ったと思うぞ」
ハルートを休ませることにして、シークとサーシャさん、それと天使さんに念のためのケアを頼む。
任せろ、と心強い返事が返ってくる。
……待てよ。動物と触れ合っていると癒されると聞いたこともあるし、ぐるちゃんたちにもお願いしておいた。
「ロレンさんは」
「イクシーたちもそこに居るのだろう? 自分も行く」
という訳で、俺、アイスラ、ロレンさんで、フレミアムさまが居る大天幕へと向かう。
少なからずある疲労と、ぐるちゃんたちが居ないので目を引くこともなかったため、誰かと止められるとか見られるといったことはなく、大天幕へと辿り着いた。
見張りの人にお願いして、フレミアムさまに入っていいか確認しに行ってもらい、了承をもらえたので中に入る。
大天幕の中にはフレミアムさまの他に、母上とお祖父ちゃんたちに、ランドス陸騎士団長が居た。
「来た――」
「おお! ジオ! さすがはワシの孫だ! ワイバーンライダーを相手に上手く戦っていたな!」
「何がワシの孫よ。私の孫でもあるのよ。それに、ジオの雰囲気から判断すれば、あなたよりも私の方に似ていると思うわ」
「お義母さま。この場合はお義母さまではなく、私に似ているのだと思いますが?」
フレミアムさまが声をかけようとしてきたが、お祖父ちゃんが割り込んで、お祖母ちゃん、母上と続いていった。
そのまま母上たちは、俺が自分のどこどこに似ていると言い合いを始める。
……えっと、フレミアムさまはなんとも言えない表情を浮かべているが、放置していいのだろうか?
ロレンさんに助けを求めようとしたが、既にコンフォードさまのところへと行っていた。
俺がどうにかするしかないようだ。
「……えっと、とりあえず、俺は母上と父上の子だから、母上とお祖父ちゃん、お祖母ちゃんだけではなく、父上とも似ている部分がある、と、思う……」
「「「………………う~む」」」
俺の問いかけに、母上たちが悩み出した。
似たところがないとか、似たところはあるけれど認めたくない、のどちらかだと思うが……父上が見たら泣くかもしれない光景なので、できれば直ぐに答えられるようになって欲しいものだ。
まあ、一旦治まったとも言えるので、様子を窺っていたフレミアムさまが声をかけてくる。
「ジオ。早々にワイバーンライダーを落としたのは助かった。あれでこちらの被害が抑えられのもそうだが、士気がさらに高まったのは間違いない。よくやってくれた」
「いえ、フレミアムさまが独立遊撃部隊を任せてくれたからこそ――その結果です」
「確かに、フレミアム・メイン・ルルム陛下の采配があればこそだが、それでも貴殿にその力があればこそ、だ。ワイバーンライダーを早々に一騎、続いて三騎を落として、残り二騎まで減らしたのは立派な功績だ。あれで、向こうはワイバーンライダーを前戦に出しにくくなったのは間違いない」
ランドス陸騎士団長がそう言ってくれる。
それだけ大きなことだった、ということだろう。
そう言っていただけて嬉しいです、とランドス陸騎士団長に向けて一礼する。
「え? 一騎ではなくて、そのあと三騎落とした、とは?」
不意にそんな声が聞こえた。
声の主はフレミアムさま。
「え?」
「「「「「「「「え?」」」」」」」」
俺に続いて大天幕に居るフレミアムさま以外の全員が同じ反応をする。
もしかして、最初は見ていたけれど、大丈夫だと判断して、そのあとは地上の状況を確認していたのかな? だから、そのあとに三騎落としたのを見ていなかった――ということだと思う。
まあ、何にしても見ていなかったのなら報告を追加するだけなので、俺としては特に気にしていないのだが……。
『………………』
静かな時間が流れる。
誰も声を発さない。ただ、視線だけはフレミアムさまに向けられている。
視線を受けて――フレミアムさまは狼狽え……気付く。
「あれ? もしかして、今のは失言? これは王さま、うっかり!」
きっと、場を和ませるためだろう。
静かな雰囲気に耐えられなかったのかな? それとも、視線が集まったから? そのあとに謝罪だったのかな?
でも、対応を間違えたのは間違いない。
フレミアムさまはアイスラから凍えるような冷たい目を向けられながら、母上、お祖母ちゃん、ウェルナさまという女性陣から説教を食らい、追加でワイバーンライダー三騎を落とした報告を始めるのに、少し時間がかかった。
「………………えっと、報告、あとにします?」
「……いや、今で頼む」
少しやつれたように見えたのは、きっと見間違いではない。
フレミアム「だって、総大将だから全体を見ないといけなくて、ジオだけを見る訳には」
カルーナ、アイスラ「「あ゛?」」
フレミアム「全面的に私が悪いので、平にご容赦を」