どちらも
「ジオ! ああ! ジオ!」
「は、母上っ! 漸く会――ふぐっ!」
セントル大平原の近くでメーション侯爵家の騎士兵団とこちら側に付いてくれる冒険者たちと合流した時、その中に母上の姿を確認する。
母上もこちらに気付き、近付いて声をかけたところで母上に抱き締められた。
むぎゅっと。
思ったよりも力が強く、振り解けない。
それだけ会いたかったということだと思うが……これでは息はまだしも、周囲の音がまったく聞こえない。
それに、周囲には多くの人が居るので、少々気恥ずかしい。
「ふふふ。久々の愛息子。無事で何より。色々と話を聞きたいところですが、その前に――アイスラ」
「はっ。ここに居ます」
う、む……どうにか……抜け出せ……。
「アイスラもご苦労様でした。王都からここまで、ジオを守ってくれて、ありがとう」
「いえ、当然のことを行っただけですので。それに、カルーナさまの専属でありながら、このようなことができたのは、事前にカルーナさまが私のしたいようにしたい時は構わずしなさいと仰っていればこそ。カルーナさまの采配でございます」
「そういうつもりで言った訳ではないのだけれど……それよりも」
ん、む……もう少しで抜け出――母上! どうしてそこでさらに強く! これでは抜け出せな――あれ? この体勢だと、い、息が……。
「アイスラ。確認だけど、ジオに手を出した?」
「いいえ、残念ですが――非常に残念ですが、手を出していませんし、出されてもいません」
「そう。それはまだ子供だと喜んでいいのか、まだ子供だと悲しんでいいのか」
「まだ大人にはなっていない。まだカルーナさまの子のままだと喜んでいいのでは?」
「嬉しいけれど複雑なのよね」
う……ぐぅ……。
「ところで、カルーナさま」
「何かしら?」
「そろそろジオさまを解放した方がよろしいかと」
「え? あっ!」
母上の締め付け――抱き着きから解放されて大きく呼吸する。
……危なかった。
母上から謝られて、大丈夫だと返す。
「ところで、アイスラと何か話していたような?」
「「いいえ、特にこれといって――挨拶くらいかしら?」」
二人揃って同じことを言う。
怪しい……怪しいが、直感だと触れてはいけない事柄な気がする。
いや、触れてもいいが、その時は覚悟が必要だ、と思えた。
だから、触れない。
代わりに、「ブロンディア辺境伯のところとはここで合流予定で、そろそろ来るとは思うけれど、まだ来ていないからそれまではここで一旦休憩なの。だから、その間はジオが王都を出てからの話が聞きたいわ」と母上が言うので、そうすることにした。
母上が使っている天幕まで移動して、そこでアイスラと共に母上にこれまでの道程を聞かせていく。
さすがに詳しく話す時間はないので要所で話を進めることになったが、それでも母上からしてもハルートと出会えたのは本当に助かった、と思うようだ。
母上も、ちーちゃんを始め、色々と助かったからお礼を言いたいらしい。
手紙で伝えているが天使さんを見てみたいそうだ。
ブロンディア辺境伯の騎士兵団がまだ合流していないので確かなことは言えないが、多分ハルートたちも来ているだろうから、その時に会わせることはできると思うので紹介を――。
「ところで、ジオ。そのハルートくんは、パワード家で囲った方がいいかしら?」
母上は真剣である。
一応、本人の意思を尊重してあげて欲しい、と言っておいたが……そういう風に誘導するのも得意だからな、母上は。
多分、大丈夫だと思うが……もしもの時は、無力な俺を許して欲しい。ハルート。
友達なのは変わらないから、それは信じて欲しい。
この場に居ないハルートに伝えておいた。
―――
「……う、おおお」
「どうした? ハルート」
「シークさん。いや、なんか急に寒気がきて体が震えて」
「これから大きな戦いだ。緊張か? 体調が悪いのなら、今は休んだ方がいい」
「いや、緊張とか、体調が悪いとかではないような……」
「大きな戦いを前に心が奮い立っているとか?」
「サーシャさん。そんなに勇ましくないですよ、俺は」
―――
そうして、これまで道程を話していると、外が騒がしくなる。
慌てるようなものではなく、活気付くような、そんな感じで。
何事かと思っていたら、この天幕に用があるようで複数人が入ってくる。
誰かと思えば、お祖父ちゃんとお祖母ちゃん、それとメーション侯爵だった。
「お久し振りでございます。イクシーさま。シーリスさま。ご存命で何よりでございます。こうしてお会いできて嬉しく思います。ですが、オールがここに居れば、お二人に会えたことを誰よりも喜んでいたことでしょう」
母上が直ぐに挨拶をする。
「いやいや、ワシらはカルーナに会いに来たのだ。こちらこそ、また会えて嬉しいぞ。それと、オールに関しては心配しておらん。捕まったそうだが、まあ、あいつならなんとかするだろ。捕まったくらいでどうこうなるような育て方はしていない」
「自分が育てたように言いますが、主に私だったと思いますが? でも、夫の言うようにオールは大丈夫よ。まあ、私たちが言わなくても、あなたならわかっているでしょうけれど。だから、今はあなたと会えたことを喜ばせてね」
お祖父ちゃんとお祖母ちゃんが母上に声をかけて、そのまま話し始める。
お互いに久し振りに会えて嬉しそうだ。
その様子を見ていると、声をかけられる。
「久し振りだね、ジオ」
視線を向ければ、メーション侯爵が居た。
白髪交じりの黒髪で、切れ長の目が印象的な顔立ちに、スラリとした細身で、普段は品質の良い貴族服をきっちりと着こなしている六十代くらいの男性なのだが、今は戦場に向かうということで軽装を身に付けていた。
元の印象が印象だけに、着慣れていない感じが出ている。
まあ、そもそも諜報を得意としている人なので、こういう直接戦闘は不向きだろうから、そういう風に見えても仕方ない。
「お久し振りです。メーション侯爵」
「まずはお礼を言わせて欲しい」
「お礼、ですか?」
「ああ。私もフレミアム陛下を救出するために色々と手を考えたが、やはり武力が足りなくてね。そこにカルーナからジオがどうにかするという話を聞いて驚いたよ。だから、フレミアム陛下を救出してくれて、ありがとう。あと、コンテント宰相もね。それだけ強くなっていたとは、誇らしいよ」
「いえ、そんな……」
「ああ、それと、ここは公式の場ではない。いつも通りで構わないよ」
ニコニコと、優しい笑みを浮かべてそう言うメーション侯爵。いや――
「わかったよ。じいちゃん」
じいちゃんに向けてそう言うと、お祖父ちゃんが直ぐ反応した。
「いやいや、待て待て! いや、理屈はわかる。ワシはオールの父で、そいつはカルーナの父だ。つまり、ジオから見ればどちらも祖父。なのに、何やらワシを呼ぶ時とそやつを呼ぶ時に違いがないか? 具体的に言えば、そやつを呼ぶ時の方がより親密に聞こえる!」
「それは当然ですよ。あなたとは違って、私はジオのじいちゃんとして近くに居ましたから。あなたとは、ジオと共に居た時間が違うのです。時間が」
俺が何かを言う前に、じいちゃんがお祖父ちゃんに向けてそう言う。
どことなく勝ち誇るような笑み付きで。
「ぐぬぬぬ……だが、ワシとジオの間には共にアイスドラゴンと戦ったという深い絆が」
「思い出話、色々と聞かせましょうか?」
お祖父ちゃんとじいちゃんが、「どちらが真の祖父ちゃんか」で言い争いを始めた。
いや、どちらも何も、どちらも祖父ちゃんなのだが。
口を挟むと余計にこじれそうというか巻き込まれそうなので、大人しく様子を窺っていると ――ブロンディア辺境伯の騎士兵団と冒険者たちが来た、という報告が届いた。
イクシー「ワシじゃろ! お主もそう思うよな?」
メーション侯爵「いいえ、私です。そう思いますよね?」
作者「ええ……」
ジオ「他の人に迷惑をかけないように!」