総大将
ウルト帝国軍と共にルルム王国へと入る。
行動を共にしているのは、元より大きな戦いに参加するからであるが、それだけではなく、母上からも来るようにとの指示が、エルドラド皇帝の手に渡った分厚い封筒の中身の紙束の中にあったからだ。
セントル大平原付近で合流予定のメーション侯爵と侯爵家の騎士兵団と共に、母上も来るからである。
そこで会おう、と。
もちろん、アイスラに相談した。
「久し振りに母上に会う訳だけれど……おかしなところはないだろうか?」
ちなみに、身だしなみには気を遣うが、自分に服のセンスはない、と思っている。
旅衣装ではあるが、貴族の子としておかしくない服装だと思うのだが……母上に会うとなると、恥ずかしくないだろうか?
一応肩掛け鞄の中に着替えもある訳だし、直前で着替えるのもアリだと思う。
でも、今まで着てきたこれが、戦いにおいては一番しっくりときているから、戦場となる場も近いので、できればこのままがいいのだが……。
「大丈夫ですよ。ジオさま。カルーナさまにはジオさまの無事な姿を見せるのが一番ですので」
「そうか。ありがとう」
なら、このままで。
「アイスラも、漸く母上と会えて嬉しいだろう」
「はい。それはもちろん。……ただ、王都脱出からのことを根掘り葉掘り聞かれることになりますので、眠れない夜を過ごしそうですが」
「ああ、俺がどうしていたか、か?」
「はい。……まあ、それだけではありませんが」
「俺も付き合おうか? 当事者が居た方がいいだろう」
「それは状況によりますね。そもそも、考察ではセントル大平原に着いて、そう時間をおかずに戦闘開始ですから、そのような時間があるかどうか」
まあ、行ってみないとわからない。
そして、俺も加わっているウルト帝国軍は、ルルム王国・中部にあるセントル大平原を目指して進んでいく。
進軍している間の補給についてはウルト帝国から届いているし、ルルム王国の方も母上の実家であるメーション侯爵家が手を回して、ウルト帝国からセントル大平原まで続く間の領地の貴族をこちら側に取り込んでいるため、補給がなくなるということはないと思う。
まあ、こちら側についた貴族の中で裏切り者が出れば可能性はあるが……多分それはない。
ルルム王国に属する貴族であれば、メーション侯爵家を敵に回すということがどういうことかわかっているはずだからだ。
そう簡単には殺されず、心を折られて、わからされる――らしい。
実際は詳しく知らない。
母上が軽くなら教えてくれたが、詳細は教えてくれなかったからだ。
でも、大体そんな感じらしいので、まあ、大丈夫だろう。
ルルム王国に入る際も、特に何も起こらなかった。
寧ろ、歓迎されているくらいである。
先を急ぐので歓待を受けることはないが。
その代わり、ここからはこちら側に付くルルム王国の貴族が抱える騎士兵団が加わっていく。
合わせて、ルルム王国で広まる話も耳にしたが、なんでも相手側は自分たちを「新ルルム王国軍」と名称しているそうだ。
つまり、こちらは「旧ルルム王国軍」だと言いたい訳か。
ルルム王国の者はこれについて、ひとしきり笑ったあとに、揃って「旧だと? ぶっ殺してやる!」と息巻く。
濃密濃厚な殺意が充満して、近くに居た野生動物が逃げていくのが見えた。
生態系が狂わなければいいが。
ともかく、貴族の騎士兵団を加えながら進んでいく。
今のところ、特に問題はない。
いや、あった。
一つ問題があって、ウルト帝国を出る前から続いていて、中々決着が着かないのである。
それは――。
「私だ!」
「いいえ、私です!」
コンフォードさまとフレミアムさまのどちらが、総称で名が付けられたルルム・ウルト同盟軍の総大将になるか、というものだ。
ちなみに、向こうはルルム・サーレンド連合軍という総称となった。
互いの言い分としては――。
「ベリグは私の弟であるし、簒奪などと仕出かした不始末は、私自らが正さなければならない。だから、私が総大将として相対する」
というのがコンフォードさま。
「簒奪された時の王は私なのだから、しっかりと私の手でやり返す必要がある。ただやられるだけの王ではないと示さなければならない」
というのがフレミアムさま。
どちらの言い分も理解できるが……俺の心情的にはフレミアムさまだろうか。
やはり、コンフォードさまは一度きちんと退位した訳だから、簒奪された本人であるフレミアムさまが総大将となって取り返した方が、後々ルルム王国を治めるのにいい気がする。
ただ、ルルム王国には有名な話があるくらいなので、正直なところ、旧ルルム王国軍としてはコンフォードさまが総大将の方が士気は上がる。間違いなく。
相手の新ルルム王国軍の方にも少なからず影響は出るだろう。
それはわかっているのだが、口にはしない。
多分、他の皆も俺と似たような意見だろうが――まだ決めかねている感じである。
だからといって、「「どっちだ?」」と俺に意見を求めてくるのはどうなのだろうか?
お祖父ちゃんたちとかの方が――お祖父ちゃんたちを見ると、何故か顔をそむけられた。
俺に任せるとか言われても……わかった。意見を求められたからには答える。
ただ、予防線は張っておく。
「恨みっこなしで」
きちんと了承――いや、アイスラに頼んで書面にサインをしてもらってから、俺は自分の考えを話す。
最後に、これで決めないように――と付け足したが、駄目だった。
採用されたというか、「ジオの言う通りですよ、あなた。子は親を超えていくものです」とウェルナさまが直ぐさま同意を示して、ニッコリと微笑みを浮かべたことが決定的だった。
コンフォードさまが少し震えていたように見えたが、きっとこれから起こる戦いを考えて、心が勇み立ったからに違いない。
そんな感じで、フレミアムさまがルルム・ウルト同盟軍の総大将となった。
コンフォードさまも笑みを浮かべて、「任せたぞ」とフレミアムさまを激励していたので仲違いとかそういったことはなさそうだ。
……いや、あの笑みはこの成長を喜ぶものではなく、これで自由に動いて戦うことができる、と喜んでいるように見えた。
確かに、総大将ともなれば早々自ら戦うことはないだろうから……あれ? もしかして、これはコンフォードさまの計算通り?
強大な敵を前にして、フレミアムさまを奮い立たせるため、とか?
まさかね。
ちなみに、ランドス陸騎士団長は我関せずを貫き通した。
この場にエルドラド皇帝が居れば別だろうが、エルドラド皇帝はウルト帝国に残っている。
もし、こちらが負けた場合は、次はウルト帝国が狙われるからで、その時のために色々と今から準備しておく必要があるからだ。
……いや、負けないが。
―――
そうして、ルルム王国の貴族の騎士兵団、それと多少なりとも冒険者を加えて旧ルルム王国軍を大きくしていきながら進んでいき――セントル大平原までもう少しというところまで辿り着くと、メーション侯爵家の騎士兵団と冒険者たちと合流した。
それはつまり――。
「ジオ! ああ! ジオ!」
「は、母上!」
漸く、母上と再会した。
作者「漸く会えた……漸くここまできた……」
アイスラ「手を休めないように」
作者「一息くらい吐かせてよ!」