権力の使い方
さすがは皇帝。ウルト帝国で一番の権力者である。
そうか。権力があるって、こういうこともできるのか、と思った。
ただ、望んだ形ではないというか、俺が思っていたのとは違う。
俺としては、食堂に案内されて。そこで食事を取らせてもらうつもりだったのだ。
そこで皇帝の権力を行使してもらって、この時間でも美味しい魚介類でも頂ければ――と思っていた。
いや、美味しい魚介類の食事は出たのだ。それに文句はない。
ただ、想定とは違う点が一つあった。
場所だ。
食堂ではなく、そのまま皇帝の私室で。
あっという間だった。
エルドラド皇帝が一声かけただけで、たくさんの執事とメイドに大きな机と椅子が用意され、コックたちが次々と魚介類をメインとしたたくさんの食事が大きな机の上に置いていき、「好きに食い始めていいぞ」とエルドラド皇帝が俺に向けて言う。
………………。
………………。
まあ、ね。場所は思っていたところと違うが、折角用意された訳だし、食べないのはもったいないというか失礼でしかない。
「――いただきます」
非常に美味しかった。
あと、共に夕食を食べていなかったアイスラ、ロレンさん、フレミアムさまも同席して共に食べる。
こういう権力の使い方も悪くないと思った。
―――
こちらが夕食を頂いている間、お祖父ちゃんたちは分厚い封筒の中身について話し合っている。
話し合っている全員に共通しているのは、真剣な表情を浮かべているということだ。
あちらに流れる空気は、どことなく重く感じられる。
――ん? アイスラ、どうした? この魚の切り身が美味しいからどうぞ? じゃあ……うん。美味しい。さすが、アイスラが美味しいと認めただけはある。
コックが自慢げというか、会心の出来です、と誇って褒めて欲しそうな表情を浮かべていたので褒めておく。
ロレンさんとフレミアムさまも、これはと思う料理に関しては褒めていた。
こちらに流れる空気とはまったく違う。
向こうの様子を窺いつつ、夕食を続ける。
話し合いは、始めに分厚い封筒の中にあった紙束の共有から始まった。
渡しに来たお祖父ちゃんは、お祖母ちゃんたちと共に聞いた方がいいと判断したらしく、聞いていなかったそうだ。
紙束に書かれているのは、このあとに起こる大きな戦いについての情報と考察。
考察は主に母上によるものだった。
「まず言っておきたいのは、この考察を主に考えた者――カルーナ・パワード。すげえな。ここまで考えられる人が居たなんて……この国に来ないかな。相談役になって欲しいくらいなんだけど。もちろん、家族を引き離すような真似はしない。パワード家丸ごと、この国に来ないかな? 今はもう貴族家でないようだし、色々と大丈夫だろ」
エルドラド皇帝がいきなりそんなことを言っていた。
ただ、その表情から察するに……本気だ。本気でパワード家を勧誘しているようだ。
「ぶっ!」
フレミアムさまが口の中に含んでいたものを少し吹いた。
汚いなあ……。それだけ動揺したということだが……フレミアムさまの母親であるウェルナさまが怖い目で、マナーがなっていませんね。躾が必要かしら? とフレミアムさまを見ている。
フレミアムさまはウェルナさまの視線に気付くとビクっとしたあと、ぎこちなく食事に戻った。
……あとでお説教でもされそう雰囲気なので、このあとはフレミアムさまと一緒に居ないようにしよう。
巻き込まれかねない。
それと、エルドラド皇帝の勧誘については、答えは決まっているというか、答えを決められる人は決まっているというか。
「今、パワード家の決定権を持っているのはワシではなくオールだ。オールに言え。オールに」
お祖父ちゃんがそう言い、お祖母ちゃんもその通りだと頷く。
俺も同意。
「まあ、そうなるわな。じゃっ、この話は一旦終わりだ。それで、これに書かれていることについてだが――」
エルドラド皇帝はなんでもないように切り替えて、共有を始める。
大きな戦いの開戦は、多少の誤差はあるが半月後。
お祖父ちゃんたちやエルドラド皇帝も、それくらいだと元々見越していたようだ。
場所は、ルルム王国の中部にある、セントル大平原。
これも、そうだろうな、と考えられていた。
ただ、敵側――新王側に付くルルム王国軍と援軍であるサーレンド大国軍の数については、お祖父ちゃんたちやエルドラド皇帝が考えていたよりも、考察の方は多かったようだ。それも、少しではなく、何かしら考えなければいけないくらいに。
「……まあ、ルルム王国軍に関しては向こうの方が多いのは理解できるというか、わかっていたことだ。ルルム王国はどちらかといえば貴族軍が大半だからな。ベリグに協力している貴族はそのままそっくり敵だろうよ。だが、それはわかりきっていたことだ。問題なのは、サーレンド大国の方で、こちらが想定していたよりも援軍として出てくる数がかなり違う。可能性の話もあるし……それだけ今回は本気だと捉えるべきか?」
エルドラド皇帝がお祖父ちゃんたちを見る。
「カルーナが考えたことなら、間違いはないだろう。あったとしても誤差だ。なら、間違いなくそれだけの数が来る」
「そうだね。カルーナならそう読み間違えないだろうよ。私とイクシーが、その考察は正しいと伝えておく」
「もちろん、私も信じよう。そして、サーレンド大国は本気だろうな。何しろ、勝てばそのままルルム王国だけではなくウルト帝国も手にする絶好の機会だ」
「大王はビギング・アスト・サーレンドのままよね? なら、このような機会をみすみす逃すような者ではないわ。本気ね」
お祖父ちゃんたちの言葉を聞いて、エルドラド皇帝は黙する。
何かを考えているようだ。
少しの間、静かな時間が流れる……もぐもぐもぐ。
こういう静かな時、音を立てずに食べられていて良かったと思――っていたら、「サクッ!」と音が響く。
魚の揚げ物を噛んでいたロレンさんに、当人とエルドラド皇帝以外の視線が注がれる。
タイミングが悪い、としか言えない。
ロレンさんは恥ずかしそうだが、視線が集中したことで嬉しそうでもあった。
エルドラド皇帝はなんでもないように口を開く。
「……やはり、サーレンド大国が数を増やすのなら、こちらも数を増やすしかないか。ランドス陸騎士団長。戦場は陸地だ。今からでも数を増やせるか?」
指名されたランドス陸騎士団長は少し考える。
「そうですね……できなくはありませんが、そうすると時間というよりもウルト帝国内の治安維持にも支障が出ますし、冒険者を増やすのもそれはそれで何かしらの弊害が出ます。それでもと言うのであれば集めますが」
「まあ、そうなるよな」
「いいや、大丈夫だ!」
エルドラド皇帝が難しいなと表情を歪めると、シーオー海騎士団長が問題ないと口にした。
「幸い、海の問題だったクラーケンはコンフォード殿たちが倒してくれた。だから、海騎士団の手は余っている。陸騎士団と冒険者が抜けた穴は海騎士団の方でどうにかしよう。海でなくても、一時的であれば大丈夫だ。陸での戦いはそっちに任せる。これで、数の方もどうにかなるのでは?」
それなら――とランドス騎士団長が頷き、エルドラド皇帝も頷く。
どうやら、見通しが立ったようだ。
そのあとも考察を元にして、大きな戦いについての話し合いは続き……途中で食事を終えた俺たちも加わって続けられ――後日。ウルト帝国軍と共に、ルルム王国に向けて出発した。
作者「………………」
ジオ「ロレンさんとフレミアムさまも食べているし、一緒に食べていいんじゃないかな?」
作者「そうだよね! いただきます!」
出された食事は全員で美味しく頂きました。