皇帝
「――揃いも揃って忘れるなんて……呆れるとしか言えないね。まあ、それだけ切羽詰まっていた……いや、急いでいたということか。だからこそ、色々と間に合って、こうしてここで会えた訳だしね」
本当に会えて良かったよ、と息を吐くお祖母ちゃん。
というのも、要所でお祖父ちゃんとお祖母ちゃんから言われたのは、ウルト帝国はもう動き出す寸前――それこそ、明日か明後日にはルルム王国に向けて軍を派遣するところだったのだ。
何かが一つでも遅れてタイミングがずれていたら、すれ違っていたかもしれない。
「しかし、ナイマンか。憶えはないな。ワシらがエルフの国へ向かったあとに台頭してきた者だろうが……ジオとアイスラでも容易に勝てず、オールが自分を除けばルルム王国最強とハッキリ言うということは、相当なのだろうな」
そう言うお祖父ちゃんの表情は非常に好戦的な笑みを浮かべていた。
歯応えが出てきた、とか思っていそうだ。
ただ、一つ訂正がある。
「お祖父ちゃん。倒そうと思えば倒せるから」
ギフト「ホット&クール」であれば。
まあ、限定的だけど。
「それは私もです。本気でやれば、殺れます」
アイスラもそう口にする。
まあ、父上と互角に戦えるアイスラなら、と俺も思う。
「いやいや、自分もアレだから! フレミアムに肩を貸していなければ戦いに参加して倒していたから!」
ロレンさんが誇らしげに胸を張る。
……いや、ロレンさんは直接的という訳ではなく間接的な強さな気がするから、多分無理な気が……。
「はっはっはっ! そうかそうか! それでこそ、パワード家の者でメイドだ! そうでなくてはな! はっはっはっ! だが、ロレンは無理ではないか? 直接その者を見た訳ではないから正確ではないが、聞いた感じだと間接的なことが通じない――いや、気にせず攻めてくるタイプだろうから、ロレンとは相性が悪いと思うが?」
「むぅ……」
ロレンさんも自覚はあるのか、唸る。
お祖父ちゃんはそれを見てもう一度笑い、「それでは、向こうはもう少しかかるようだし、先にこちらの用件を済ませておくか」と、俺たちがここまで来た目的の一つである、分厚い封筒を持って部屋から出て行く。
皇帝に渡しに行ってくれたようだ。
確かに、コンフォードさま、ウェルナさま、フレミアムさまの親子の語らいはまだ続いている。
「それじゃあ、封筒の配達はイクシーに任せて、呼び出されるまで普段のパワード家について教えてもらおうかね」
「……呼び出される?」
「皇帝からね。封筒の中身に対して――というのもあるけれど、それだけじゃないよ。現皇帝とフレミアムは国王同士でもあるけれど、友人関係でもあるのさ。だから、ジオが封筒の中身について聞かれることもあるけれど、友人の無事も確認したいはずだよ」
なるほど。
「では、フレミアム救出の際に自分が如何に活躍したのかを、もう一度――いや、もっと細かく、その時の心情も交えて」
「あんたの話はいいんだよ!」
お祖母ちゃんがロレンさんにそう言ったあと、そのまま雑談を交わしていると、本当に呼び出された。
ここまで強行して、牢に入れられてと肉体的にも精神的にも疲れているし、夕食もまだで、もうそろそろ夜も更けて眠い……いや、行きます。
―――
皇帝から呼び出しを受ける。
会いに行く前に、フレミアムさまから「連れて来てくれてありがとう」と感謝の言葉をもらった。
そうして、呼び出しを告げに来た執事に案内された先は、謁見の間――ではなく、先ほどまで居た客室よりも広く、豪華な部屋。……多分、皇帝の私室。
お祖父ちゃんは室内にあるソファに座っていて、その前にあるテーブルには分厚い封筒の中身と思われる紙束が置かれ、テーブルを挟んだ向かい側には三人の男性が居た。
「来たな! フレミアム! それと、そっちがパワード家の神童だな?」
そう言ってきたのは――三人の男性の内の一人で、赤髪に、精悍な顔付きに不敵な笑みを浮かべて、引き締まった体付きの上に非常に品質の高そうな衣服を着た、四十代くらいの男性。
この男性はソファに座り、残る男性二人は赤髪の男性の側で控えるように立っている。
一人は、茶髪に、整った顔立ちで、鎧を身に纏った細身の三十代くらいの男性。
一人は、青髪に、野性的な顔立ちで、初めて見るが船の船長服を着ていて、がっしりとした体型の三十代くらいの男性。
というか、神童とは?
明らかに俺を見て言っているが……えっと……雰囲気的に皇帝だろうから、許しも得ずに直答は駄目だ。
とりあえず、一礼。
「……ん? イクシー殿。パワード家の神童は無口なのか?」
「いや、皇帝から声をかけられても直答を許していない――ましてや初対面なのだから、普通はまず受け答えはしないものだと思うが?」
フレミアムさまが俺の代わりに答えてくれる。
正にその通り。
それと、お祖母ちゃんがフレミアムさまと皇帝は友人関係でもあると言っていたが、確かに互いに対して気安い感じがある。
「普通なんて俺は求めていない!」
そういう問題ではない。
「そういう問題ではない」
フレミアムさまと意見が同じだった。
皇帝は面倒臭そうに手を振る。
「はいはい。わかったよ。直答を許す。好きなように受け答えしてくれて構わない。これでいいんだろ。あっ、まずは俺が誰かを言っておかないといけないのか。まあ、呼び出しに応じた訳だし、そういう態度だからわかっていると思うが、俺はウルト帝国の皇帝。『エルドラド・ラ・ウルト』だ」
皇帝――エルドラド皇帝は不敵な笑みを浮かべてそう言い、側で控えている二人についても紹介してきた。
「それで、こっちの茶髪の方が陸地で主に活動する陸騎士団の団長の『ランドス』。青髪の方が海洋で主に活動する海騎士団の団長の『シーオー』だ」
茶髪の方は俺に向かって一礼し、青髪の方は「よっ!」と軽く手を上げてきた。
「ジオ・パワードです」
一礼を返しておく。
………………。
………………。
「いや、それだけ! 他にも何かあるだろ!」
エルドラド皇帝がソファから立ち上がって驚きを露わにする。
ほ、他に? と言われても……。
「あー……夕食がまだで、折角だから魚介類が食べたいと思っています。ここで出ますか?」
「あっはっはっはっ! 皇帝を前にして夕食の要求とはな! 面白い! 気に入った! いいぜ! 上手い魚介類の飯を用意してやるよ!」
良し。と心の中でガッツポーズ。
あと、なんか気に入られたようだ。
ちなみに、俺を神童と呼んだのは、エルドラド皇帝からすると、フレミアムさまを助けたのはそれだけのことだから、だそうだ。
もちろん、小恥ずかしいので普通に名で呼んでくださいと言っておいた。
作者「……魚介類。あの、最近食べてないので自分も一緒に」
皇帝「では、何か面白いことをしろ」
作者「………………ふとんが」
皇帝「吹っ飛んだ、とか言ったら牢行きだ」
作者「なんでもないです、はい」