ウルト帝国へ
昨日案内された応接室で、ロレンさん、フレミアムさま、コンテント宰相、ウェインさまと会った時、ウェインさまから、フレミアムさまがコンフォードさまと会うためにウルト帝国へ向かうので共に行って欲しい、と言われた。
だからだろうか。
フレミアムさまの服装が、俺のお古ではなく品が良さそうな旅衣装に変わっていた。
……いや、行く分には構わない。
そもそも、これから大きな戦いが起こるまでの間はどうしようかな? と一息吐いて考えてようとしていたくらいなので、何かしらの目的を与えられるのは気にしないのだが……。
「今から?」
「今からだ。まあ、何もないだろうが、念のための護衛だな」
「……それ、コンフォードさまがウルト帝国の援軍と共に来るまで待った方がいいのでは?」
「普通ならそうなのだが、今からでもウルト帝国が援軍を出す前に辿り着く手段があるそうだ」
ウェインさまがロレンさんを見る。
ああ、なるほど。「転移樹」か。
……それでもギリギリでは? お祖父ちゃんたちがあのあと直ぐ向かったとして、ウルト帝国がその時から既に援軍の準備を終えていたらもう出発していると思うのだが……まあ、その辺りは織り込み済みか。
多分、色々と情報を手にしていて、間に合うとウェインさまは判断したのだろう。
……というか、俺とアイスラ、ハルートたちが辺境伯の城から出たあとに話し合ったな、これは。
つまり、もうそうすると決まっていて……事後報告という訳か。
「……わかった。護衛として同行する」
「ありがとう。それと、これをコンフォードさま、あるいはウルト帝国の皇帝に渡してくれ」
ウェインさまから差し出されたのは、分厚い封筒。
ブロンディア辺境伯の封蝋が施されている。
「これは?」
「当家が今得ている敵の情報だ。合わせて、サーレンド大国がどう動いてくるかの予測も書かれている。もちろん、その精度は高いぞ。何しろ、その草案を考えたのはカルーナ・パワードだからな」
母上が……なら、確かに精度は高いと俺も思う。
アイスラも、間違いありません、と頷いている。
分厚い封筒も届けることになった。
何にしても、ウルト帝国に向かうなら早い方がいいので早速向かう――前に、ウェインさまに言っておく。
「フレミアムさまとコンテント宰相を救い出した褒賞が出るのなら、俺の分はハルートの方に合わせて与えて欲しい」
「もちろん、大きな功績だから褒賞は出るが、ジオはそれでいいのか?」
「ああ、問題ない。今回の件はハルートに大きく助けられたからな」
「わかった。なら、ジオの分も含めておくよ」
「私の分も結構ですので、ハルートの方に」とアイスラが付け加えた。
アイスラもいいらしい。
それと、今回ハルートたちは連れて行かない。
ウルト帝国に行くだけなので危険もないだろうから、今回がそれなりには激しかった分、しっかりと休んで欲しいと思うからだ。
……まあ、ハルートたちが大きな戦いに参加するのなら、その時に会えるだろう。
いや、ヘルーデンを出る前に一声をかける時間くらいはあるだろうから、宿屋「綺羅星亭」に寄ってもらうか。
それで居なかったら仕方ない。
ウェインさまが褒賞を与える時にでも、話は通るだろう。
ちなみに、コンテント宰相も俺のお古ではなく質の良さそうな貴族服に変わっていて、旅衣装ではないのは辺境伯の城に残り、これから起こる大きな戦いに向けて準備を始めるそうだ。
「……宰相がどうやって国を支えるのか、ムスターに見本を見せてやろう」とコンテント宰相本人は非常にやる気である。
殺る気、かもしれない。
それは別にいいのだが、俺のお古は……ウェインさまがポイッと投げてくる。
ああ、ちゃんと返してくれるのか。
ん? あれ? 洗濯までしてくれている? ありがとう。
……ところで、アイスラのその、何かくださいみたいな手は何? この洗濯された衣服を渡せば……違う? 肩掛け鞄の中に入っている他の俺のお古の衣服? を洗濯ます、と? いや、いいよ。自分です――すべて真っ白にしますから! と言われても、柄物、色物もあるから、それまで真っ白になるのは……そういうことではない、と。
……多分、この貸したお古の衣服がしっかりと新品のように洗濯されていたから、それに対抗意識を燃やしたのだろう。
肩掛け鞄の中にはある他の衣服を適当に渡したら、アイスラは大人しくなった。
少しだけそんなやり取りをしたが、ロレンさんとフレミアムさまの準備は既にできているようなので、ウルト帝国には早く行った方がいいだろうと早速動き出す。
―――
ヘルーデンを出る前に二か所立ち寄る。
まずはジネス商会。
かなり減った食料の補充だ。
事前にお願いしていた訳ではないし、ヘルーデンで生活している人の分もあるので買占めはしなかったが、それでもさすがと言うべきか少しだけ潤った。
ロレンさんが言うには直ぐ着くそうなので、これで十分だろう。
キンドさんはまだ居なかった。
そういえば、以前に王都で会えるかもと思ったが会えなかったな。
……まあ、会う会わない以前に、こちらの行動が迅速だったので、その時間がなかっただけだが。
ブラク商会に対して妨害工作をしているのなら、それが上手くいっていることを願う。
そのあとに宿屋「綺羅星亭」へ向かい――ハルートたちに会えた。
「ウルト帝国まで行くことになった」
「………………え? それはもしかして俺たちも?」
違う、と答えると、ハルートはホッと安堵する。
そんな露骨に態度に出すなと言いたい。
シークとサーシャさんを見ろ。なんでもないように……疲労の色が出ているな。ハルート共々しっかりと休んで欲しい。
それと、褒賞についても伝えておいた。
「いや、俺にと言われても」
「いや、もうそれで纏まった話だから」
がっつりと押し通した。
最後に、これから起こるであろう戦いに参加するのなら、またその時に会おうとだけ伝えて、宿屋「綺羅星亭」をあとにする。
急げば、日が落ちる前に「転移樹」のところまで辿り着けるからだ。
ただ、フレミアムさまはまだ万全ではないだろうし、地下牢生活で体も鈍っているので……いざという時には、不敬かもしれないがフレミアムさまを背負うつもりである。
そうして、ヘルーデンを出て、森の中へと入り――やはりというか、途中でフレミアムさまの体力の限界が見えたので、俺とロレンさんで交代交代で背負って一気に進んでいく。
情けない、とフレミアムさまは口にしていたが、こればかりは仕方ないと思う。
日が落ちる前になんとか「転移樹」に辿り着き、エルフの国・エルフィニティに飛んで……そのまま一泊。
フレミアムさまは「折角エルフの国に来たのに……」と疲れて堪能できないことを嘆いていた。
いや、休んで。
あと、ララ。ぐるちゃんは一緒じゃないから。
期待されても困る。
――そして、翌日。
別の「転移樹」を使い、ウルト帝国内にあるという森へと飛んだ。
ジオ「褒賞はハルートへ」
アイスラ「(こくり)」
作者「あれ? 俺のも?(見守っていただけ)」