サイド 謀反の王たち 4
――その日。ベリグ王はいい夢を見ていた。
「……うぅん……むにゃ………………そうだ。我を讃えよ……我こそが、ルルム王国……ウルト帝国……そして、サーレンド大国を支配した……王の中の王……ベリグ超王、である……Zzz……」
本当にいい夢を見ていたのだ。
憶えてはいなかったのだが、その夢の影響で、ベリグ王は起きてからも機嫌が妙に良かった。
「……ふん♪ ふふ~ん♪」
カーテンを開き、窓から入り込む朝日を全身で――ベリグ王は何も着ないで寝る派――浴びて、思わず鼻歌も出たくらいだ。
今日は誰にでも優しく接することができる、とベリグ王は思った。
実際、朝食のパンが少し焼け焦げていても――本日、食堂の調理場で見つかった男女の女性の方がパン担当の副調理長の娘だったために色々と揉めた――気にしない。
いつもよりもメイドの数が少なくて着替え云々が少しもたつこうが――下着泥棒が見つかり、メイド、兵士問わず、女性陣による制裁が行われているため人手不足――大丈夫。
執事長が本日のベリグ王の予定を把握していなくとも――王城一階の戦闘跡を片付けるのに人手が必要であったため――問題ない。
いつものなら叱責するようなことが起こっても、ベリグ王はにこやかに笑みを浮かべ、優しさを見せて、労いの言葉までかけるくらいの優しさを見せたくらいだ。
ただ、機嫌が良かったのは、そこまで。
執務室で、ムスター宰相から昨夜王城内で何が起こったのか――その報告を受けて、ベリグ王は激怒する。
「ふざけるな! なんだそれは! ナイマン騎士団長を呼べ!」
だんっ! と執務机を強く叩いて、山のように高くなっていた書類の束が落ちると、ベリグ王の機嫌はさらに悪くなった。
―――
ベリグ王の呼び出しを受けて、執務室にナイマン騎士団長が入室する。
もちろん、ズボンは真新しいのを履いて。
「お呼びだと伺いましたが、如何な理由でしょうか? ベリグ陛下」
「昨夜の出来事について、ムスター宰相から報告を受けた」
「はっ! 昨夜のことについて……ムスター宰相が報告したのであれば、私は必要ないのでは?」
「いいや、当事者からも聞いておきたい。ナイマン騎士団長よ。昨夜の出来事について、当事者からの目線で話して欲しい」
「はっ! わかりました!」
敬礼して、ナイマン騎士団長は昨夜の出来事――ジオたちの王城潜入について、自分が見聞きして動いたことをベリグ王に報告する。
――聞き終えたベリグ王は一気に不機嫌となり、怒りを露わにした。
「わかっているのか! ナイマン騎士団長! ジオ・パワードを逃しただけではないのだぞ! フレミアムとコンテントも逃したのだ! それをわかっているのか! ジオはまだいい! 所詮は出来損ないだ! しかし、フレミアムとコンテントは別だ! 特にフレミアム! これから起こる戦いにおいて、こちらが有利にことを運ぶための駒の一つだったのだ! それを!」
「なるほど。そうでしたか。フレミアム元陛下とコンテント元宰相が」
ナイマン騎士団長の内心としては、居たかな? であった。
それも仕方ないと言えば、仕方ない。
ナイマン騎士団長の前にはジオとアイスラしか立っておらず、意識もその二人にしか向けられていなかったのだ。
自分の方が強いと確信しているが、それでも油断していい、気を抜いて別に意識を向けていい相手ではなかった、というのが、ナイマン騎士団長のジオとアイスラに対する評価となっていた。
だから、ハルートたちとロレンの存在には気付かなかった――最終的には誰か居たな? くらいは思った――のだから、フレミアムとコンテントがそこに居た、と認識するに至らなかったのである。
故に――。
「一つ、よろしいですか? ベリグ陛下」
「なんだ?」
「実際にやり合ったからこそ、私は断言できます。ジオ・パワードは決して出来損ないなどと呼ばれるような者ではありませんでした。ジオ・パワードを侮ってはなりません」
「はあ? 侮るな、だと? 何を言って――」
ベリグ王の良いところを一つ挙げるとするのなら、それは完全に独善的という訳ではなく、少しは他者の言葉に耳に傾けることができる器量があるということだろう。
また、ベリグ王にとって、ナイマン騎士団長は信頼できる側近の一人であるため、そのナイマン騎士団長がジオを出来損ないではないと断言するのであれば、本当に出来損ないではないのではないか? と考え始めて……もしかすると、ナイマン騎士団長が下手を打ったのではなく、ジオ・パワードが優秀だったのではないか? と考え始める。
そこまで考えたからこそ、次の思考にも行き着くことができた。
つまり、ジオ・パワードはヘルーデンで発見されたが、そこで何をやっていたのか? と。
そこで、ベリグ王は一つの考えに辿り着く。
最終確認のために、ナイマン騎士団長に尋ねる。
「ナイマン騎士団長」
「はっ!」
「先ほどの報告の中に、蔓に絡まれそうになったというのがあったが、間違いないか?」
「はっ! 私だけではなく後方の兵士たちの中にも見た者が居ますし、実際に蔓が残っていたので間違いありません!」
「そうか。であれば……植物に関する魔法が得意と聞く、エルフが居たな、これは。間違いない」
「「……エルフ?」」
ムスター宰相とナイマン騎士団長が揃って首を傾げる。
ただ、意味合いは違う。
ムスター宰相は、まさか? という感じで、ナイマン騎士団長は、居たかな? という感じである。
「そうだ。エルフ。それなら、ジオ・パワードがウルト帝国には向かわずに、ヘルーデンに居た理由がわかる。ヘルーデンでエルフが居る場所を探していたのだ。そして、見つけた。エルフが共に居たのなら、協力関係ももう築けているだろう。それが意味するのは……兄が生きていてもおかしくはない、か」
ベリグ王の言葉を聞き、ムスター宰相とナイマン騎士団長の脳裏には、ルルム王国では有名な話が過ぎった。
「「……コンフォード・メイン・ルルム」」
口に出し、ごくりと喉を鳴らす。
「年齢的に生きてもいても不思議ではない。そう簡単に死ぬような兄ではないからな。その姿を見るまでは仮説に過ぎないが、これからは相手側に兄が居るものとして行動する。いいな?」
「「はっ!」」
ムスター宰相とナイマン騎士団長が一礼をする。
自分にとっての王とは、ベリグ王である、と示すように。
「戦場ではなく、今この段階で兄が居るかもしれないと知れたのは大きい。これは失態ではなく、功績だ。ナイマン騎士団長」
「ありがとうございます」
「ただ、兄には人望がある。相手側に居ると知れば裏切る者も出てくるだろう。こういう時、お前の勘は頼りになる。警戒しておけ」
「わかりました」
「ムスター宰相。こうなるとこちら側のルルム王国の戦力は落ちるだろう。だから、サーレンド大国に連絡を。一気にウルト帝国を落とすつもりで、人も物も、寄こせるだけ寄こせ、とな」
「かしこまりました」
指示を出したベリグ王は不敵な笑みを浮かべる。
出てくるのなら、出てきた時がお前の最期だ、と。
そして、ルルム王国の戦力は分かれ、一方にはウルト帝国、一方にはサーレンド大国の協力を得て、ルルム王国を舞台とした――のちに「ルルム王国大戦」と呼ばれる大きな戦いがもう間もなく始まりを告げる。
ベリグ「枕の下に姿絵を入れて寝ると、その姿絵の者の夢を見られるか………………ムスター宰相。王都で一番の夜の店の、一番人気の女性の姿絵を頼む」
ムスター「かしこまりました(私は三番目くらいの用意しよう)」
作者「まあ、迷信だから期待し過ぎないように。そもそも、夢を覚えていることが前提だし」