王城潜入 3
――王城一階。部屋。
廊下を進んでいると、運悪く見回りの兵士に挟まれそうになったため、緊急措置として近くにあった部屋の中へと入った。
ここでやり過ごせると思う。
カーテンの間から差し込む月の光でなんとなく室内の様子が見える。
だから、シークとサーシャさんが扉に耳に当てて、廊下の様子を窺っているのが見えた。
その間に、この部屋はなんだろうと周囲を見ると……たくさんの扉付き戸棚が一定間隔で綺麗に並べ立てられているようで……戸棚は一つ一つが大きく、鎧が置かれていたりしていて……見た感じでいうなら、更衣室、だろうか。
……更衣室? そういえば、王城内には安全面を考慮して、女性兵士、女性騎士向けの更衣室があると聞いたような……。
どうにも嫌な予感がすると、扉の向こう側――廊下から声が聞こえてきた。
「見回り確認、終了しました。引継ぎも済ませております」
「ご苦労。では、私たちの本日の見回りは現時刻をもって終わりとする」
先ほどの、俺たちを挟み込んでいた兵士だろう。
声の感じで、どちらも女性だとわかる。
「「はあ~……今日も疲れた」」
「夜の見回りまであーしらにさせるとか、あのクソ兵士長」
「ほんとね。夜に働かせるとか……肌が荒れたら訓練にかこつけて頭部ばっかり打ち込んで禿げさせてやろうかしら」
「それ、いーっすね! あーしも手伝いますよ!」
「ええ、その時はよろしく。さっ。早く着替えて帰りましょ。下手に残っていると仕事を押し付けられるかもしれないし」
「そーっすね!」
そんな会話が聞こえてきたと同時に、さらに嫌な予感が強くなった。
それが正しいと証明するように、全員の視線が扉のドアノブに注がれると――動き始める。
その動きが酷くゆっくりに見えたのは、それだけ強く意識していたからだろう。
声を上げる訳にはいかない。
ただ、声に出さずとも、全員同じ行動を取った。
思い思いに素早い動きで隠れる。
アイスラ、ハルートを連れた天使さんは天井に張り付き、天使さんが魔法を使ったようで姿が見えなくなった。
シークとサーシャさんは――気配がまったくわからなくなってわからない。多分、暗殺者特有のスキルとか、そういうのだろう。
俺とロレンさんは瞬時に音を立てずに駆け出し、扉からは見えない戸棚の列に入り――奥にも通路があったので、戸棚を背にして直立することで向こうから見えないように身を隠す。
そこで扉が開け放たれて、女性兵士の二人が中に入ってきたと思うと、室内が急に明るくなる。
天井に明かりの魔法具が付けられていて、それが発光しているようだ。
女性兵士二人がこちらに気付いた様子はなく――なんでもないように着替えを始める。
………………。
………………。
着替える音が聞こえてくるのだが、どうにも落ち着かないというか、いたたまれないというか……なんかもどかしい。
俺の位置からだとロレンさんの姿しか見えないが、ロレンさんは何とも言えない苦笑が浮かんでいた。
「そーいや、先輩。なんか戦争の準備してるみたいっすけど、行くんすか?」
「行かないわよ。私は前の方が良かったし、今の王、好きじゃないもの」
「個人的感情で決めるんすね。でも、同意っす」
「同意するなら、行かない方がいいわよ。私の勘だけど」
「あーしも元々行くつもりないっすよ。まあ、お呼びがかかるかも怪しいっすけど」
そんな会話が聞こえてきたところで着替える音がなくなり、扉に向かっていく二人の気配を察する。
見つからなかったようで、ホッと安堵した。
「そういえば、先輩。知ってますか?」
「何が?」
「なんか最近下着泥棒が出るって。それも、汗を掻いた女性用の下着だけを狙って」
「うわ。何それ。変態って――」
そこで室内がカーテンから差し込む月の明かりだけになって、扉が閉まる音が響いた。
直ぐには動かない。
そこに居るかもしれないので、音を立てるのはマズいからだ。
少し待つと、シークとサーシャさんが扉に耳を当てるのが見えて――もう大丈夫だと手招きされる。
全員が扉の前に戻り――。
「「「「「「「「……ほっ」」」」」」」」
と安堵した……ん? 何か違和感。
月の明かりを頼りにして、人数を数える。
一から始めて……ニ、三、四、五、六、七、八………………八?
視線を向けると、三十代くらいの男性が居た。
全員の視線が向けられる。
「誰だ? お前は」
「いや、その……つい出てしまったというか」
言い淀む発言に加えて、何かをポケットに捻じ込――もうとして失敗して落とす。
視線を向ければ、それは女性の下着。
思い起こされるのは、先ほどの女性兵士二人の会話。
「下着泥棒……お前か」
「へへっ。そういうあんたらも、ここに来たってことは同好の士」
そこまでだった。
アイスラ、サーシャさん、天使さんの拳によって、三十代くらいの男性は瞬時に叩き潰される。
反応することすら許さない速度だったように見えた。
アイスラが収納魔法の中から縄を出してガッチガチに縛り、天使さんがいつの間にか首にかけられる小さな看板を手に持っていて、それを三十代くらいの男性の首にかける。
小さな看板には「私が下着泥棒です」と書かれていた。
……悪は成敗された。
明日の朝、きっと大騒ぎになるだろうな。と思いながら、部屋の外へと出る。
アイスラ、サーシャさん、天使さん。出る前に一蹴りしていくのはいいけれど、痛みで起きてしまう――その時はまた叩き潰すだけ? ……なら、いいか。
―――
――王城一階。とある部屋の前。
慎重に進み……見回りの兵士に見つかることなく、漸く目的としている部屋の前に辿り着いた。
目の前にあるのは両開きの大きく重厚な扉。
この扉を開けた先にある部屋に、地下へと続く階段があるのだ。
ただ、今代聖女から得た情報によると、室内には見張りの兵士が二人は居るらしい。
よく知っているな、と思うが、今代聖女ともなれば、教会の教えを説き聞かせに来るとか、そういったことで来て把握した、といったところだろうか。
シークが両開きの扉の鍵穴を覗く。
え? それで見えている? 室内が把握できるのだろうか? と思っていると、シークはサーシャさんと直ぐに代わり、サーシャさんが鍵穴を軽く覗くと一つ頷いて、鍵穴に手のひらを当てる。
「……『穏やかな眠りを』」
サーシャさんが魔法を使う。
これは事前に聞いていて、睡眠効果のある空気が発生するそうだが、効果が及ぶまでに少し時間が必要で、室内などの限られた空間でないと充満しないために使いどころを選ぶ、暗殺者特有――その中でも限られた者だけが使える魔法らしい。
まあ、「暗殺夫婦」なんて呼び名が付くくらいだし、使えても不思議ではない。
そうして、少し待っていると――室内から何かが倒れる音が連続して起こる。
サーシャさんが魔法の使用を止めるが、直ぐには入らない。
両開きの扉が施錠されているのもそうだが、今入ると室内に充満した睡眠効果のある空気に触れて眠ってしまうからである。
さらに少し待ち、シークが両開きの扉の鍵を開け、サーシャさんがもう大丈夫だと許可を出してから室内へと入ると、見張りの兵士二人は床に倒れるように眠っていて、室内の奥には地下へと向かう階段があった。
兵士B「先輩。実はあーし、この時間でもやっている飲み屋見つけたんすけど、これから行きません?」
兵士A「……で、私に奢れ、と?」
兵士B「給料日前で厳しくって。可愛い後輩からの愛を買うと思って」
兵士A「はあ……はいはい。いいわよ。あんたの愛を買ってあげるから、さっさと案内しなさい」
兵士B「あざーっす! あっちっす! それにしても、下着泥棒どうにかなんないっすかね」
兵士A「まっ、その内どうにかなるんじゃない」
翌日。どうにかなっていた。