王城潜入 1
聖堂でハルートたち、ロレンさんと話し合い、ある程度方針が固まれば一休みする。
夜を待つのだ。
別に後ろ暗いことをする訳ではないのだが、人目を忍ぶので夜の方が何かと都合がいいのである。
聖堂内で思い思いに休むが――「ちょっと、こっちが終わっていないわよ」と今代聖女に捕まり、教皇との話し合いに無理矢理加えられてしまう。
「いや、休みた『あ゛あ゛ん?(今代聖女が射殺さんばかりに睨んでくる)』――はあ。わかった。説明するだけだからな。あとのことは勝手にというか、本当に教会内の話だから、そちらでケリをつけるように」
今代聖女に天使さんのことを教える。
もちろん、当初の反応は懐疑的で、俺の頭が大丈夫かと心配されて、アイスラが今代聖女に襲いかかる三秒前に止めると、天使さんが仕方ないと三対六枚の翼を見せ――「幻覚魔法?」とまだ懐疑的だったので、天使さんが何かよくわからない圧を発したところで今代聖女は信じた。
そして、天使さんが主神への嫌がらせで教皇に新たな女神を仲介したというところで、一連の流れを把握したようだ。
……じゃあ、もう休んでいいかな?
「……それ、たとえばだけど、盗み――猫の神さまとか居るのかしら?」
今代聖女が天使さんに問う。
天使さんは少し考えたあとに悪m――天使の微笑みを浮かべて答える。
「もちろん、居ますよ。ご紹介したい神の聖女枠には丁度今誰も納まっておりませんし、権能の一つにあなたにとって非常に有効なのがありますので、あなたのような素晴らしい聖女が納まるのであれば、きっと授けてくださるでしょう」
ごくり、と今代聖女の喉が鳴る。
うんうん。その気持ち、私もわかるよ、と教皇が頷いていた。
天使さんはとても悪そう――大天使の微笑みを浮かべたままである。
とりあえず、もう俺の手から離れた話と判断して、勝手に休むことにした。
―――
――夜。
休んだことで体調は完璧。
アイスラとハルートたち、ロレンさんも体調は万全のようだ。
教皇と今代聖女の姿は、聖堂内になかった。
まあ、いつまでもここに居る訳にはいかない人たちである。
色々と忙しいのだろう……新たな教皇の選定とか……話が纏まっているのなら聖女も次が……。
ともかく、聖堂を出て王城へと向かう。
もう深夜に近いからか、人の姿はほぼほぼない。
まったくないのは、酔いつぶれている人が居たり、一応巡回の兵士が居るからである。
そういった人たちに見られないように、時に少しだけ回り道をしたり、時に建物に登って屋根伝いに移動したり、と進んでいく。
そうして、ほどなくして王城の城壁まで辿り着いた。
門は当然のように門番が居るので侵入には適さない。
いや、入ることはできる。
門番を倒せばいいだけだ。
しかし、それだと目立つ。騒ぎになる。囲まれる。それも倒す。新たに出てくる。倒す。また出てくる。面倒だとアイスラと天使さんによって王城崩壊。崩落が起こる。地下が埋め尽くされる。前王は――なんてことになりかねない。
なので、門から堂々と入るのは却下。
城壁を登る。
……登る……登、る?
「思ったよりも高いな」
「そうですね。高いですね」
アイスラと共に、城壁を見上げる。
駆け上がる――ことはできると思うが、問題は城壁の上も兵士の巡回ルートなのだ。
タイミングを間違えれば鉢合わせになってしまう。
ここは一つ天使さんに運んでもらうのも一つの手だが……深夜近くとはいえ、今日は雲がなく月からの明かりが強い。
空を浮かべば目に付いてしまうだろう。
なので、まずはシークとサーシャさんに確認を取る。
「いけるか?」
「……さすが王城の城壁だな。取っ掛かりは少ないが……まあ、どうにかいけるだろう」
「そうね。途中でどちらかを足場として、一人を上に押し上げれば……」
シークとサーシャさんは難しいがいけると判断した。
二人がそう言うのなら大丈夫だろう。
しかし、どちらかを足場にとか不穏なことを言っているので、もしそうなったら下で受け止めないと危険だ。
落ちてくる、と動揺しないようにしっかりと心構えを――。
「なるほど。そういうことなら自分の出番だな。シークとサーシャは少し待ってくれ。ここは一つ、エルフらしさというものを自分が見せようではないか。なあに、お礼は要らない。二人の安全のためだ。実際、これくらいをすることは訳ないからな。さて、変化は一瞬だ。瞬きせずに――」
ロレンさんが喋りながら城壁に手を触れる。
一応、深夜という状況を考えてくれているようで、声量はかなり低い。
思わず、え? と聞き返しそうになった。
聞き返すと声量が上がってもう一度の可能性もあったので、聞き返さなくて良かったと思う。
城壁に手を触れた状態で、ロレンさんから魔力が溢れた――ような気がした。
変化は直ぐに訪れる。
城壁の各所に蔦が生えた。
「掴まるところがあれば問題ないだろう?」
ロレンさんの問いにシークとサーシャさんは笑みを返すと、城壁に手を触れて……動かなくなる。
「………………」
「おそらくですが、城壁から伝わる振動で見張りの兵の動きを把握しているのでしょう」
アイスラが、こそっと教えてくれる。
いや、俺もそうだろうな、とは思っていたから。うん。
シークとサーシャさんが動き出す。
二人揃って城壁を一気に駆け上がっていく。
ロレンさんが生やした蔦がいい感じで掴み場、足場となっているようだ。
あっという間に城壁の上まで辿り着いて、姿が見えなくなった。
少し待つ。
「おそらく、見回りの兵士をどうにかしているのでしょう」
アイスラがこそっと教えてくれた。
いや、うん。俺もそれはわかっている。
だから、大人しく待っていると、城壁の上からシークが顔を出して、上がっても大丈夫だと招くように手を振ってきた。
城壁の蔦を使って、俺、アイスラ、ロレンさんも駆け上がる。
ハルートも問題なく駆け上がってきて――こういうこともできるようになったのか、とアイスラと共にハルートの成長を喜ぶ。
天使さんも駆け上がってきた。
「夜とはいえ、月明かりが強く、これでは飛ぶと目立ちますからね。あなたたちに合わせるのが最善手でしょう」
合わせてくれるようだ。
全員が城壁の上に着いたところで周囲を確認すると、見回りの兵の姿はどこにもなかった。
近くに気絶していて縛られている兵士が居るくらいである。
シークとサーシャさんによって対処済みのようだ。
助かる。
直ぐに移動を始めて、近くに城壁の内側へと下りる階段があったので、そこを一気に駆け抜けて王城の敷地内にある庭へと足を踏み入れた。
今代聖女「……教皇の後釜は、あの枢機卿にして、私の後釜は……やはり、あのシスターがいいのでは?」
教皇「悪くはないと思います。立派に務めてくれると思いますが……この司教では駄目なのですか?」
今代聖女「それでもいいとは思うけれど、司教よりもシスターから聖女が選ばれた方が話題性がない?」
教皇「なるほど。教皇は枢機卿からと定められていますが、聖女は違うので……悪くありません。でしたらーー」
今代聖女「だったらーー」
作者「………………多分だけど、今までで一番真剣に話し合っているんだろうな」