敬虔なる使徒
王都・ルルインドアにある大教会。
ここは中心にある王城に次いで大きな建物である。
というのも、主神を崇めており、この世界における最大宗教――というか、いくつかある宗教の中で圧倒的な一強と言ってもいいほどの力と権威を持つ宗教の教会なのだ。
それだけではない。
ここは、最大宗教において重要な大教会である。
最大宗教の教皇がここに居るのだ。
そんな大教会の敷地内に入っても特に問題なかったが、聖堂に入ると老齢の男性が待ち構えていた。
綺麗に整えられた白髪に、司教冠を着用していて、優しい顔立ちで、もの凄く立派な祭服を身に纏った、見た目七十代くらいの男性。
その老齢の男性の視線がこちらに向けられているので、目的が俺たちなのは間違いなかった。
「来たな! 神敵よ!」
その第一声がこれである。
しかも、俺たちの中に居る天使さんに向けて、だ。
というか、こんな場所でそんなことを口にするのはどうなのだろう?
教会関係者に囲まれて――いなかった。
というか、老齢の男性以外は誰も居ない。
まるで、俺たちが来るとわかっていて、誰も居ない状況を用意して待ち構えていたかのような……そんな感じがした。
もしそうなら、対応するしかない。
俺が何かを言う前に、天使さんが誰よりも早く前に出た。
天使さんの背中しか見えないが……わかる。
表には出ていないが、怒りを内包していると。
「どうやら、私に言ったようですが、神敵とは穏やかではありませんね。見たところ、教皇のようですが、私ほど神に仕えていた存在は居ないというのにも関わらず……あなたは私がそのような存在であると?」
まあ、そうだろうな、と思ったが、やはり老齢の男性は教皇だったようだ。
天使さんが言うのなら間違いない。
教皇は天使さんを前にしてもたじろぐことなく口を開く。
「ええ、私はあなたがそのような存在であると思っております。でなければ、わざわざ主神が神託をするなどあり得ません」
「ほほぅ。神託ですか……なるほど。それはもちろんクソk……主神からでしょうか?」
「今主神をどのように言おうとしていましたか? やはり、神託の通りのようですね。主神は告げました。本日の日付を告げて、『この教会に現れる白銀に輝く長い髪の女性には気を付けろ』と」
教皇だからこそ、神からのお告げ――神託が届くということか。
ただ、その内容はどうなのだろうか?
多分だけど、怖い存在だから細心の注意を払って接するようにとか、接待しろとまでは言わないがかなり気を配るように、それこそ神を扱うかの如く――といった意味合いだと思う。
「……なるほど。随分な言いようですね」
天使さんが一度頭を上に向けた。
多分、件の神を睨んだと思われる。
「では、あなたの勘違いを正しましょう」
そう言うと、天使さんから何かしらの圧力が発せられたのを感じた。
ただ、こちらの方で強く感じた訳ではないので、教皇だけに向けて発せられたと思われる。
教皇は一瞬険しい表情を浮かべるが、それだけ。
「……ふ、ふふ……ふはははははっ! なるほど。確かに、今、何かしらの人ならざる力の波動――神気と評してもいい力を感じましたが、それで一体どのような勘違いを正そうとしたのですかな? 主神の関係者であると証明したかったのでしょうか? それとも、力を発すれば私が臆するとでも?」
教皇が圧力を発する。
聖堂内の空気が少し重くなったような気がした。
そして、教皇が何やら武闘家のように拳を突き出した構えを取る。
そういえば、聖女が、教皇は新王に対して神の裁きを祈っているとか言っていたし、もしかすると結構な武闘派なのかもしれない。
「たとえ、あなたが主神の関係者と証明されたとしても、私には関係ありません。私は教皇。敬虔なる主神の使徒であり、主神の神託は絶対なのです」
あと、話を聞かないタイプ……いや、今は神託によって視野が狭まっているだけかもしれないが……どうしたものか。
「ちょっと待ってくれ」
教皇に待ったを入れて……待ってくれそうなので天使さんを引き戻して、全員で円陣を組む。
「天使さんの翼を見せれば一発だと思うのだが?」
「そうなのですが、なんかこう……それで主神関係者と思われるのも嫌といいますか、神託なんて面倒なことをしてくれましたので、やり返したいといいますか……」
「穏便に済ませるのは?」
「嫌です」
そう言う天使さんの表情は、間違いなく天使の微笑みだった。
しかし、これはどうしたものか……教皇を待たせ過ぎるのも問題だし……と悩む。
ハルートたち、ロレンさんも妙案は浮かばないようだ。
すると、アイスラが挙手する。
「解決に導くための考えが私にあります」
任せることにした。
アイスラは天使さんと共に円陣から離れて、何やら伝え始める。
内容は聞こえてこない。
もう少々お待ちください、と教皇に伝えておく。
少しすると伝え終わったようなのだが、最後にアイスラと天使さんが固い握手を交わしていた。
何故か、交ぜたら危険、と思う。
天使さんが再び教皇と対峙する。
先に口を開いたのは教皇。
「話は纏まったかな?」
「ええ。彼女は素晴らしい案を教授してくださいました。あなたを味方として、ついでに主神にも嫌がらせができる案を」
「世迷言を。先ほども申したが私は敬虔なる主神の使徒。教皇である。何をされようとも、それが変わることは」
「あなたのように強い意思を持ち、人々を導けるような敬虔なる使徒を欲している女神は数多く居ます。良ければ私が仲立ちしてご紹介しましょうか? あなたのような者が使徒となった女神は大喜びし、神託はもちろん、あなたのおかげで力を増せば、顕現して頭を撫で撫でや感謝の抱擁もあるかもしれませんね」
「……ふ、ふふ、ふははっ! な、ななな、何を言うかとおお思えば、そ、そ、そ、そのようなこことで、私がががどうこう、されるるるとでも?」
教皇はかなり動揺しているようだ。
なるほど。狙いがわかった。
教皇ともなれば、神からしても相当な使徒なのは間違いない。
それを主神から奪って弱体化させつつ、奪った使徒は別の神の下へ行かせて力を増させる――ということか。
「そう焦らずとも、答えを直ぐに出せということではありません。あなたは教皇なのですから。ただ、いつまでも教皇という訳でもありません。新たな教皇が選ばれた時に、あなたはご紹介された女神の下へいくだけ……それだけのことなのです」
「……わわ、私は、最期まで敬虔なる主神の使」
「ちなみに、ご紹介できる女神の中には、美と芸を司る弩エロい見た目の女神も居ます」
「………………」
教皇は何も言わない。
ただ、手足が震えて激しく動揺しているのが見てわかるし、何故か鼻血も出ていた。
「しかも、その弩エロい見た目の女神は、敬虔なる使徒に対して」
それ以上は聞こえなかった。
アイスラが両手を使って俺の耳を塞いだからである。
念入りに魔法で完全遮音までしているようだ。
だから、何も聞こえないのだが、状況くらいは見てわかる。
アイスラは普通だが、ハルートは顔を真っ赤にして、シークはサーシャさんに睨まれて青ざめ、ロレンさんはニヤニヤと笑みを浮かべて成り行きを見守り、教皇は鼻血の量が増えたことで構えを解いて鼻を押さえることで、どうにか止めようとしていた。
年齢を考えると、それだけ出血して大丈夫か? と心配になる。
少し経つと、アイスラが手を放した。
もう聞いても大丈夫なようだ。
「……ぐ、ぐぐ……そ、そのような誘惑に負ける私では……それに、見たこともない……爆乳かどうかもわからない女神に……」
教皇はまだ抗っているように見える。
解決していないようだが……。
「おっと、落としてしまいました。拾って頂けますか?」
天使さんが指をパチンと鳴らすと、教皇の頭上から長方形の小さな紙がひらひらと落ちた。
訝しげにしつつも、教皇がそれを拾って――固まる。
紙に何か――詳しくは見えなかったが、女性が描かれていたようで、それを見て固まったようだ。
「失礼しました。それは件の弩エロい見た目の女神の姿絵でして、返して頂けますか? まあ、その女神の敬虔なる使徒であれば、女神の姿を表す何かを持っていても不思議ではありませんので返す必要はありませんが」
「ご紹介を! 何卒ご紹介をお願いします!」
教皇が膝をついて、頭を下げた。
姿絵は祭服の中に仕舞ったようだ。
どうやら、主神は敬虔なる使徒を失ったようである。
件の弩エロい見た目の女神「ーーしっ! 強力な使徒をGET!」