王都に入る
話しを聞くと、俺とアイスラが兵士の一人を追って直ぐに、天使さんはハルートのところへ戻ってきたそうだ。
そこでハルートから軽く事情を聞いて、そのままハルートに俺とアイスラの方に行って協力して欲しいと願われたらしい。
助かった、と素直にお礼を言う。
天使さんが倒した兵士の一人を引き摺りながら、元の位置まで戻る。
倒した兵士たちは、まだ気絶したままだった。
そこに兵士の一人を加えておく。
ハルートたちとロレンさんが見張っていて、逃げ出した者どころか気が付いた者はまだ一人も居ないそうだ。
新王側の兵士であるようだし、ここで情けをかければ余計なことになりかねない。
始末するのが一番なのだが……正直に言って状況がよろしくない。
巡回中とはいえ、兵士が居なくなるのだ。
騒ぎにならないはずがない。
情報が届く前に事を成し遂げてしまえばいい気もするが、救出までどれくらいの時間がかかるかわからない以上、賭けには出たくなかった。
だからといって、何もせずに解放する訳にもいかないだろう。
俺たち――というか俺のことが報告されると、下手をすれば救出不可能なくらいまでの警戒を与えてしまうことにもなりかねない。
どうしたものか。
「お困りのようですね、どうにかしましょうか?」
どうにかなった。
天使さんの力で、兵士たちのここ数時間の記憶がなくなった――そうで、当然俺を発見した記憶は一切ない。
「このまま人としての記憶をすべて消して、豚として生きてきた記憶を与えることもできますが、如何致しますか? マスター」
天使さんの問いに、ハルートはそこまではしなくていいと力一杯に首を横に振る。
本当に記憶がなくなったかどうかは、兵士たちが起きる前に移動開始したのでわからないが……まあ、天使さんに抜かりはないだろう。
これで俺たちが王都に向かっている、ということは相手に伝わらない。
ただ、天使さんは記憶を消すことができるのか。
敵に回さないように気を付けようと思った。
―――
気を付けようと思ったが、さすがに無視はできない。
どうしても、天使さんに言っておかないといけないことがあった。
街道から外れて、少しだけ移動先で声をかける。
「天使さん」
「はい。なんでしょうか?」
「そちらの用件は終わって、これからハルートと共に居る、ということでいいんだよな?」
「ええ、マスターの側でしっかりと休ませて頂きます。もちろん、マスターからお願いされれば動きますが」
「まあ、その辺りはハルートに任せるとして、今はできるだけ目立ちたくない。その辺りの事情は聞いているか?」
「先ほどマスターから聞きましたが……ああ、なるほど。私の翼が目立つのですね。それなら問題ありません。えいっ」
天使さんが軽く手を振ると、天使さんの背にあった三対六枚の翼が消えた。
翼があった部分に手を出すが触れるものはない。
ただ見えなくなっただけ、という訳ではなく、本当になくなった。
「えっと、大丈夫? なのか?」
「問題ありません。天使長として仕事をしていた間に、いつ地上にバカンス……出向になっても目立たずにサボ……一息吐けるように、私が天使であると地上の人にわからないような手法はいくつも考えていましたので」
動機が不純だったような気もしたが、それで目立たないのなら問題ない。
憂いはなくなった。
―――
そこからは順調に進んでいくことができて、数日後。
王都・ルルインドアが見える位置まで、下手に見つからずに来ることができた。
――王都・ルルインドア。
周囲を高く頑丈な壁に囲まれ、ヘルーデンよりも大きな都市。
出入りの列が長いため、外から見ても賑わっているのがよくわかる。
王都・ルルインドアの中心には王城があって、王城は周囲の壁よりも高いため、突き出している部分は少し離れた位置からでも見えた。
そんな王都・ルルインドアで元々過ごしていたのだが、帰ってきた。戻ってきた。という気は何故かしない。
多分、そこに家族が誰も居ないからだろう。
今の王都・ルルインドアは帰る、戻る場所ではない。
新王が治めている、攻め込む場所だ。
今から――そこに潜入する。
「――それで、どうやって入りたい?」
王都・ルルインドアが見えていても街道からは外れている場所。
近くには川が流れている。
そこで一つに固まって、相談する。
「どうやって、とは?」
ハルートの問いに、これから取れる方法が三つあることを説明する。
元々は二つだったのだが、天使さんが来たことで三つになった。
当初、俺が考えた王都潜入の二つの手段の内の一つは、王都・ルルインドアから脱出した時に使用した下水道から中に入るというものだった。
正規の手段で入るのが難しいので、前と同じ手段なら、と思ったのだ。
ただ、問題がない訳ではない。
臭いは……まあ、進んでいる間は問題だが、出ればアイスラの魔法で消臭することができるので問題ではなく、道順の方だ。
確か、これは元々裏の組織が使う通路の一つで、迷路になっていて、辿り着く場所はその都度変化する。
キャットレディはそんなことを言っていた。
だから、下手をすると、下水道内で迷って時間を浪費してしまうことも考えられるし、どこに辿り着くかもわからないのだ。
下水道出入口の鍵は……まあ、壊せばいいので問題ない。
もう一つは、闇夜に紛れて高い壁を登って潜入である。
ここに居る者たちなら、十分にできると判断した。
ハルートは少し不安だが……周囲で支えればどうにかできると思う。
それに、闇夜ならぐるちゃんに運んでもらう、ということもできるかもしれない。
ただ、当然夜は相手も警戒しているだろうし、見つかる可能性も大いにある。
そういう訳で、当初は下水道か闇夜に紛れてのどちらかだと考えていたのだが、ここで天使さんにお願いする、という第三の案が浮かんだ。
俺のことを発見した兵士たちの一部の記憶を消したように、王都・ルルインドアの門番の記憶をどうこうして、すんなりと中に入れるのではないか? と思ったのである。
そんな俺の考えを聞いた全員の視線が、天使さんに向けられると――。
「もちろん、できますけれど、何か?」
それくらいなら余裕でできる、という雰囲気で答えが返ってくる。
では、お願いします、と俺たちは一斉に頭を下げた。
天使さんのおかげで、俺たちは揃って王都・ルルインドアに入ることができた。
天使さん「お困りですか? どうにかしましょうか?」
作者「いや、別に困っていないです」
天使さん「またまた。大丈夫ですよ。一瞬です。チクッとする痛みもありません」
作者「記憶を消すことを注射器みたいに言わないでください」