締まらない終わり
アイスドラゴンを討伐した。
エルフの国・エルフィニティと世界樹は救われたのだ。
国を挙げて歓喜の声が上が――らなかった。
いや、現場では歓喜の声が上がったのだ。
それはもう、お祖父ちゃんたちとロレンさん、エルフたちは大喜びである。
俺とアイスラ、ハルートたちは良かったね、と頷くばかり。
まあ、この辺りは前回の当事者だったかどうかの違いだろう。
ただ、その歓喜の声が国の方まで伝わらなかったのだ。
伝わる前に直ぐ静まった。
いつの間にか、空中に別の竜が居たのだ。
それも二体。
赤い竜と白い竜。
感じる力は――アイスドラゴンよりも圧倒的に上。間違いなく格上。
お祖父ちゃんたちとロレンさん、エルフたちは直ぐに身構えたが、俺は平然としたままだった。
二体の竜から敵意を感じなかったのもあるが、天使さんがハルートたちに「大丈夫ですよ。敵ではありません」と落ち着かせているのを見聞きしたからである。
「――はっ! ジオさま。あの二体の竜から敵意、害意のようなものは感じません。こちらから攻撃しない限りは大丈夫だと思われます。まずは対話から始めてみるのがいいかと」
アイスラがそんなことを言ってきた。
……うん。まあ、俺も敵意は感じなかったし、対話を試みるのはいいかもしれないけれど……もしかして、天使さんに対抗した?
アイスラは俺の視線から逃れるようにして二体の竜を見る。
「いざという時は私が排除しますのでご安心を」
わざわざ排除しなくてもいいような気もするが、アイスラなら本当に排除できそうなので、迂闊な行動に出ないように俺がしっかりと見張っておかないといけない。
そして、対話を試みるまでもなかった。
「いや、待って待って! 大丈夫! キミ等にどうこう、世界樹にどうこうではないから! キミ等と戦うためでもない! 一応、それを仕留めるために来たんだけど、それは因縁ができているキミ等に任せろって言われたから、僕等はそれの最期を見届けに来ただけ! まあ、危なくなったら手助けしろと言われていたけれど」
慌てながら、赤い竜がそう口にしたのである。
えーと、年若い竜は喋らないから、逆に考えて喋る竜は年老いた竜ということになる訳で……でも、赤い竜はなんか年若い竜に見えるのは、口調のせいだろうか?
それとも、あの赤い竜が特別とか、そういうこと?
どうしたものか――こちらはまだ混乱中である。
お祖父ちゃんたちとロレンさんが主動するべきなのだが、激しい戦闘直後の上に歓喜までしていたためか、昂った気を静められないでいるようだ。
勢いで第二回戦じゃー! とか言い出しかねないので……仕方ない。
お祖父ちゃんたちとロレンさんに、俺が対応するからと目配せして、前に出る。
「要領を得ないのだが、敵ではないというのなら、もう少し詳しく説明してくれないか? 説明の間に、こちらの方も戦闘直後から落ち着くと思う」
「わかった! 下りる! 今から下りるから! 下りるだけだからな! だから、攻撃するなよ! 絶対するなよ!」
何故か妙にビクつきながら、白い竜と共に赤い竜が下りてくる。
いや、ビクつく必要はないだろうに。
少なくとも、赤い竜をどうこうできる存在は限られているのだが? と思って赤い竜を見ていると、とある方向を気にしているのがわかる。
何を気にしているのかと思えば――天使さんだった。
天使さんが、何やら怖い目で赤い竜と白い竜を見ているのだ。
そんな目を向けるだけの何かがあるのだろうか?
わからないが、赤い竜と白い竜が地に下り立って、俺が詳しい説明を聞く。
………………。
………………。
なるほど。
つまるところ、このアイスドラゴンは元々敗北者だったのだ。
どういうことかというと、竜たちが住む竜の国があって、このアイスドラゴンはかなりの暴れん坊で、それなりに手を焼いていたそうだ。
そんなアイスドラゴンは、ある日、自分は強い竜だから、国一番の美竜を嫁にすると喧伝したらしい。
……この時、白い竜が頬を少し赤くして恥ずかしそうに尻尾を揺ら揺らさせていたので、この国一番の美竜とは白い竜のことなのだろう。おそらく。
ただ、その美竜には既に将来を誓った竜が居た。婚約竜である。
白い竜がチラチラと赤い竜を見ていたので、婚約竜とは赤い竜のことだろう。確信。
ちなみに、白い竜は竜王の娘で、赤い竜は周囲から次期竜王に望まれるくらい強いから、ではなく、相思相愛の仲だから、だそうだ。正直、そこはどうでもいい。
自分で口にしながら、恥ずかしそうにしないで、さっさと話して欲しいものだ。
そうして、アイスドラゴンは強い竜が王であるべきだと決闘を申し込んで、赤い竜は応じ――赤い竜の勝利。コテンパンにしたそうだ。
本来なら、アイスドラゴンはそこで死んでいたらしい。
そういう決闘だった、と。
ただ、赤い竜は慈悲を与えた。
それが気に食わなかったらしく、アイスドラゴンは強くなって見返してやる、と言い残して竜の国を出ていったそうだ。
……アイスドラゴンの目的については判明していなかったが、強くなるために世界樹の実を食べようとしていた、という説がここで濃厚になった。
ただ、アイスドラゴンは国を出る際に止めようとした竜をかなり痛めつけたりといったことをした上に、ここに来るまでにも色々と方々で迷惑をかけていたそうだ。
それで、赤い竜は次期竜王として、最早かける慈悲はない、と倒すために探していたらしい。
その結果がこれなので、赤い竜からすると迷惑をかけたことに対する申し訳ない気持ちと、倒したことは見事と感謝の気持ちしかないそうだ。
つまり、アイスドラゴンを倒した俺たちをどうこう、というのはない、
アイスドラゴンの死体についても、こうなったのは自業自得的な部分であるし、竜の骨や鱗、牙に爪などは非常に強い力を持っているので、こちらで好きにして構わないそうだ。
まあ、そういうのを考えるのはあと。
今は、戦いにならずにホッと安堵する。
説明の間に冷静になったお祖父ちゃんたちとロレンさん、エルフたちも同じくホッと安堵していた。
ただ、気になる点が一つ。
「『任せろって言われた』とは、誰に?」
その誰かがここのことを赤い竜に教えたような気がする。
「竜神から。竜神は主神から『ここにアイスドラゴンが居るようだ』と聞かされたとか」
「……それは事実でしょうか?」
言葉が割って入ってきた。
ニッコリと、怖い笑みを浮かべた天使さんである。
赤い竜が直立不動となった。
「は、はい!」
「そうですか……なるほど」
多分、赤い竜は本能で察したのだろう。
逆らってはいけない感じと、自分よりも圧倒的に強いであろう存在を。
「一見すると、神が救援を寄こした――ように見えますが、違いますね。女神さまに対する点数稼ぎです。それも、独断専行でしょう。私がこの場に居るのに報告すらないのですから。ふ、ふふ……ふふふ……」
天使さんの笑みがさらに怖くなった気がする。
「ちょっと、女神さまに報告してきます。一度出ますが、直ぐマスターの下に戻りますので」
「え、あ、はい」
ハルートがわかっているのかどうかわからない返事をしたあと、天使さんは「では、行きますよ。そちらの竜神にも話を通さないといけませんので」と赤い竜と白い竜を伴って、どこかに飛んでいった。
………………。
………………。
「とりあえず、これで本当に終わったようだから、もう一度歓声を上げる?」
お祖父ちゃんたちとロレンさんに尋ねるが、もうそういう気分ではなかった。
なんとも締まらない感じで、エルフの国・エルフィニティへと戻る。
作者「ちょっ、ハルートくんがマスターでしょ。どうにかしてよ」
ハルート「いや、どうにかと言われても」
ジオ「他に頼れる者が居ない」
ハルート「ジオさんがそう言うなら」
作者「あれぇ……自分は?」
ハルート「起きてください。行きますよ」
天使さん「……う、うん? マスター? ……仕方ないわね」
作者「……嬉しいけど、なんか納得いかない」
ジオ「まあまあ」