認めたくないので何も言わないでおく
ハルートが天使をテイムした。
……言葉として悪いような気がする。
………………ハルートが天使を仲間にした。これでいこう。
ぐるちゃんを呼び、ハルートと共に背に乗って世界樹の枝から下りる。
地面に下りると、アイスラ、シークとサーシャさん、お祖父ちゃんたちとロレンさんに取り囲まれた。
天使の言葉が聞こえていたかどうかはわからないが、少なくとも暗雲の言葉は見えていたはずなので、天使とやり取りする何かしら大きな存在となれば相手は神だと察していると思う。
だから、本物の天使であると、天使に注目が集まっている。
「人の皆さま、初めまして。天使長――は誰か別の天使が担うでしょうから、マスターにテイムされた、ただの天使。名は『ルシフェナ』と申します。マスター共々よろしくお願い致します。もちろん、人の皆さまだけではなく、私と同じくマスターにテイムされている子らも」
そう言って、天使はぴゅいちゃんとぐるちゃんを優しく撫でる。
その姿は正しく天使だ。
ぴゅいちゃんとぐるちゃんに怯えた様子はないので、仲良くやれそうな気がした。
既に服従している訳ではないことを願う。
シークとサーシャさんはハルートの身を気遣うように言葉をかけていて、お祖父ちゃんたちとロレンさんは天使――どれだけ強いのか――に興味津々のようだ。
そんな様子を見ていると、アイスラが話しかけてくる。
「天使ですか。彼はまた凄いものを呼び出しましたね」
「そうだな。まさか、という感じだ」
「やはり、世界樹の枝だから、でしょうか?」
「世界樹の枝だから、だろうな」
普通の木の枝で天使降臨――にはならないと思う。
「とりあえず、ハルートと敵対しなくて良かった、というところか」
「たとえ天使であろうとも、ジオさまと敵対するのであれば、私が斬ります」
アイスラが不穏なことを口にする。
天使には聞こえていなかった――と思うのだが、アイスラならできそうな気がした。
まあ、俺のギフトが通じるのなら、俺もどうにかできそうな枠だが。
シークとサーシャさんは無理だろうけれど、お祖父ちゃんたちとロレンさんなら、天使が相手でもどうにか……は本気を見た訳ではないので、さすがにわからない。
そもそも敵対している訳ではないので、考えても仕方ない。その時はその時だ。
今は、味方である。
場が少し落ち着くのを待ってから、口を開く。
「それで、ハルート。その天使……さんは、アイスドラゴンとの戦いに協力してくれそうか? まあ、どんな協力ができるかわからないが」
とりあえず、天使さんと呼ぶことにする。
名を口にしていたが、許しもなく名を呼ぶのは危険な気がしたのだ。
ハルートはどうだろうか? と首を傾げ、そのまま天使さんに「何かできることがある?」と尋ねる。
「何ができるか? と問われれば、何でもできる、でしょうか。これでも天使長でしたので」
ハルートが困ったような視線を俺に向けてきたので、天使さんに説明しようと前に出る。
天使をさんは俺を見て、非常に有効的な微笑みを浮かべた。
「ああ、あなたは私がマスターにテイムされる際に協力してくれた者。マスターが最優先ですが、あなたには恩がありますので、何か手伝えることがあるのなら手伝いましょう」
なんだろう。共犯ですよ? だから逃がしませんよ? と言われている気がした。
しかし、それを口に出せば認めて周囲に広まることになるので、そこには触れないようにして、アイスドラゴンとの戦いについての経緯を簡潔に伝える。
………………かくかく。
………………しかじか。
「なるほど。これからアイスドラゴンとの戦う予定があるのですか。ただ、その戦いにおいて、あくまで主役は因縁のようなものがあるあちらの方々で、私たちは脇役に回り、危険な場面以外では補助的なところまでに留めておく、ということですね?」
天使さんの言葉に頷く。
すると、天使さんはお祖父ちゃんたちとロレンさんを観察するようにジッと見て、次に山の方をジッと見て……一つ頷く。
「必要ないのでは? こちらの方々は山に居るアイスドラゴンを討伐できるだけの強さを有していますが? 他に何か懸念が?」
何やら天使さんのお墨付きをもたった。
強さを認められた、とお祖父ちゃんたちとロレンさんは嬉しそうだ。
ただ、単純に戦力だけで戦いの勝敗は決まらない。
アイスドラゴンの周囲は気温を下げて環境が大きく変化することと、向こうは空を飛べるがこちらは飛べない、といった今ある懸念を伝える。
「ああ! そういえば、大抵の人は空を飛べないのでしたね。失念していました」
ばさり、と天使さんが六枚の翼を動かした。
そうだな。俺たちにそれはない。
「そうですね……翼を与えたとしても……それならば、いっそのこと……」
天使さんが呟きながら考え始め……少しすると俺に尋ねてくる。
「空を移動したいというのはどなたですか?」
「え? ああ、えっと」
お祖父ちゃんとコンフォードさまを指し示すと、天使さんが二人の足に向けて手を振る。
天使さんが振った手からキラキラとした輝きがいくつも放たれ、その輝きが二人の足下へ吸い込まれていった。
「効果はそう長い時間ではありませんが、足下に魔力を込めれば魔法陣が展開するようになっています。その魔法陣は展開した場に固定されますので、上手く使えば足場となります。慣れは必要でしょうが、飛ぶよりは駆け抜けられる方がいいと判断しました。如何でしょうか?」
天使さんの問いを受けて、お祖父ちゃんとコンフォードさまは早速試した。
最初の数回は試しというか失敗で戸惑っていたが、そのあとは直ぐに慣れて、足下に魔法陣を展開しながら空を駆け回る。
「ぬはははははっ!」
「はははははっ!」
子供のように無邪気な笑い声を上げながら。
お祖母ちゃんとウェルナさまは微笑ましそうに見ていて、ロランさんは羨ましそうだ。
「大丈夫そうですね。それで、環境変化の方は、これで――」
天使さんが腕だけを大きく振ると――。
「あれ? 暖かい?」
「そうだな。正確には暖かくなった、だろうか」
「少し外れると冷たいというか、元々の状態のままね」
ハルートたちが気温の変化に反応して、天使さんは自慢げに胸を張る。
「『天使の抱擁』といったところでしょうか。指定範囲内の環境を快適に保つことができます。アイスドラゴンに破れるようなものではありませんし、範囲も任意ですので、これで大丈夫ですね」
天使の説明を受けて、ハルートたちの視線が俺に向けられる。
……いや、うん。まあ、わかるよ。言いたいことは。
俺のギフトについて、だろ?
自動は自分しか快適にできないのに対して、天使さんは範囲内ときた。
いや、俺だけって主動でそういうことできるから! ただ、ちょっと快適を保つのが面倒で、視線を外せばそこは快適ではなくなる、というだけだ。
「共はn――協力者の彼がどうかしたのですか?」
天使さんがハルートに尋ねる。
というか、今、俺のことを共犯者と言おうとしていなかったか?
ただ、自分のギフトのことなので、俺が天使さんに教える。
「――という訳で、俺のは下位互換のように見えるギフトだということだ」
「下位互換、ですか?」
天使さんが少しの間俺を見ると、少し険しい表情になった。
「えっと、私が見たところ、下位互換どころか、そのギフトには上限も下限も存在していませんので……」
「その通りだが、他人のギフトがわかるのか?」
「天使長ですので。もちろん、プライベートは守りますので、誰かれ構わずという訳ではありません。いえ、そうではなく。あなたのギフトは特定条件下において、私の力よりも強力というか凶悪というか、ともかくそれだけのギフトであると理解していますか?」
おそらく、俺の攻撃方法についてのことを言っているのだろう。
理解していると頷く。
わかっているのならいいです、と頷きが返ってくる。
天使さんに対抗したかったのか、何故かアイスラが自慢げに胸を張った。
ともかく、アイスドラゴンと戦うにあたっての懸念は、天使さんのおかげで解決しそうだ。
天使さんだけではなく、協力してくれたハルートにも感謝を伝えておいた。
―――
このあとはアイスドラゴンとの戦いに向けて準備を始め――数日後。
「あっ、アイスドラゴンが飛んできますね」
まるでその光景を見ているかのように言う――多分、見えている――天使さんの言葉で、全員が戦いに向けて動き出す。
作者「……天使、来たね」
ジオ「……天使、来たな」
ハルート「……ど、どうすれば」
作者&ジオ「「………………頑張れ! 応援している!」」
ハルート「応援ではなく、手を貸して!」