ロレン
「では、昨日はお主が自分を氷漬けから助けてくれたというのに、碌に挨拶もできぬままだったな。すまない。そして、助けてくれてありがとう。自分の名は『ロレン』。そちらはジオと呼んでも? いい? ありがとう。お主は自分にとって正しく恩人だ。気軽にロレンと呼んでくれて構わない。――それは無理? いやいや、なんなら仕えてもいいくらいだぞ。自慢だが、この美貌だ。自分は活動的なエルフでもあるし、それなりに経験も積んでいる。女性相手に誘惑のトラップを仕掛けるくらいは余裕だ。ただ、自分がお主の側に居ると女性の目が自分にばかり向けられることになるが――うおっ! どうした? そこのメイド。いきなり勧誘してきてどうした? ともかく、そんな感じでなんだったら下僕として扱い、そう呼んでくれても――だから無理? さま付け? いやいや、そんな大層な人物ではないさ。既にエルフの中心からはずれたエルフだ。さま付けなど不要。おい、そこの! でも可――余計に無理? さん付けで勘弁してください? ……まあ、仕方ないか、その辺りが今は妥当か。まずは仲を深めるところからだな。わかった。それでいい。しかし、アレだな。イクシーの血縁者という割には謙虚だな。ははは! イクシー! この者は本当にお前の血縁者か? 間違いなくシーリスの方の血が濃く出ているだろう!」
エルフの中心的存在……だった? ――ロレンさんから一気にまくし立てられた。
中々口を挟むこともできなかったくらいに。
お喋りが好きそうだな、ということはわかった。
でもまあ、宴が開かれるくらいに慕われているのだから、本人が中心的存在から外れたと言っているとしても、ただお喋りなだけで慕われている訳ではないだろう。
少なくとも、お祖父ちゃんたちと共にアイスドラゴンと戦うだけの力を有しているのは間違いない。
……だから、アイスラ。
それだけ凄いエルフのようだから、俺の執事になりませんか? とか勧誘しないように。
それとも、勧誘したい何かしらの理由があるのか?
「強いて言うのなら、有能そうだからです」
いや、それだけで勧誘するには、相手の立場が大き過ぎる気がするからやめようか。
「わかりました……ボソッ(ジオさまに擦り寄るメス共に対する盾――肉壁を手に入れる機会でしたが、残念です)」
わかってくれたようで何より。
「ところで、どうやったんだ? あの氷には竜の魔力が含まれていたから、普通はどうこうできないし、どうにかしようとするなら内部にあるものまで破壊してしまうというのに。けれど、自分はこうして無事だ。イクシーやコンフォードの力業はそもそも論外だし、魔力に長けている俺でもシーリスでもウェルナでも無理なことを、何をすればそんなことができる? 自分はそれを知りたい。教えてもらうことはできるか? いや、無理なら構わない。誰だって、秘密の技を持っているものだ。秘密なことが強みにもなるしな」
秘密の技とは……お祖父ちゃんも似たようなことを言っていたな。
ただ、答える前に次の言葉が発せられるので、まずは一度聞き終わってから答えるのがいいかもしれないと考えて聞いていたが……もう口を開いて良さそうだ。
まあ、不特定多数に知られるのならまだしも、お祖父ちゃんたちにロレンさんなら……大丈夫だろう。
知られたところで絶対の威力が落ちる訳でも、不可視の強みがなくなる訳ではない。
俺がギフト「ホット&クール」について、その便利さと強さを口にすると――。
「あの時のはそういうことだったのか……ん? もしかして、下手をすればワシはそれで貫かれていたかもしれないのか? まあ、ワシなら見えなくても避けていただろうが」
「なるほどね。時間はかかるが、それはもう必殺の領域だね。まあ、それ以上に、常に快適で居られるという方が素晴らしいよ」
「ギフトだからこそ、そこまで強力なのだろうな。上限も下限もなさそうなのがまた……しかし、右手に超熱、左手に極冷……悪くないな」
「威力より快適に過ごせる方が私は羨ましいわね。年々、夏の暑さと冬の寒さが辛くなってきて……」
「はははっ! 何より、そこだけに働く力というのが素晴らしい! だから、氷だけを狙うといったことができたのだな! そして、ギフトだからこそ、竜の魔力だろうが関係なく作用するということか! ………………待てよ」
お祖父ちゃんとコンフォードさまは力の方に、お祖母ちゃんとウェルナさまは快適な方が気になるようだった。
特にそれで――というのは感じられなかったのは素直に嬉しい。
そんな中、ロレンさんはお祖父ちゃんとコンフォードさまと同じく力の方が気になるようだが、何やら考え始めた。
一体どうしたのだろうか? と思っていると――。
「……例えばだが、超熱空間? とやらを作り出して、それでアイスドラゴンのブレスを防ぐ、あるいはそのまま燃やし尽くすといったことも可能なのか? つまり、アイスドラゴンを一方的に倒すことができる?」
ロレンさんがそう尋ねてくる。
俺を見る目には確信のようなものがあった。
お祖父ちゃんたちもこちらに意識を向けている。
俺は頷いた。
「できるかどうかで言えば、できる」
多分。実際にアイスドラゴンを見ていないので何とも言えないが、通じるとは思うので、できると答えた。
ただ、準備に時間がかかるけれど。
お祖父ちゃんたちは瞠目して、ロレンさんはやはりと笑みを浮かべる。
アイスラは自慢げに胸を張っていた。
誇らしく思ってくれるのなら何よりだ。
「そうかそうか。なら、これで安心してアイスドラゴンと戦えるな。いざという時に容易にトドメを刺せる者が居てくれるのは心強い!」
ロレンさんの言葉に少し驚きながら返す。
「たたか、え? アイスドラゴンと戦う気で?」
「当たり前だろ。もちろん、エルフィニティと世界樹に少しでも手出しさせるつもりはないからそれ相応の準備はしておくつもりだ。ああ、容易にトドメを刺せるからといって、ジオはいざという時まで手を出さないようにして欲しい」
「つまり、手出し無用と?」
「ああ、そういうことだ」
「……何故?」
「決まっている。自分にだって意地がある。やられっ放しでは終われない。なあ、そうだろ?」
ロレンさんに問いかけられたお祖父ちゃんたちは頷く。
「当然だ! 今のワシたちならアイスドラゴン如き、孫の力に頼るまでもない!」
「当たり前だね。寧ろ、心配なのは私たちではなく、氷漬けだったことで訛っているロレンの方だよ」
「漸くケリを付けられるのだ! ルルム王国に戻る前に杞憂は終わらせておかないとな!」
「まあ、アイスドラゴンがまた来ることはわかっていましたからね。既に対策は講じていますよ。だからこそ、ロレンは氷漬けになった時から変わっていませんし、ここは私たちに任せて頂いて構いませんよ」
「おいおい、言ってくれる。確かに前よりも強くなったようだけれど、アレだよ? 前から自分の方が強かった訳だから、お前たちが自分に追い付いただけでしかないということだ。いや、自分は氷漬けにされても魔力を駆使して今までどうにか生き残った訳だから、魔力操作の精度はより鋭く緻密になっている。今の自分は病み上がりみたいなものだが、それでも前より強くなっていると自負できるね。つまり、依然として自分の方が強いままな訳だから、それで調子に乗られても困るな」
「そうか」
「なら」
「試してやる」
「表に出なさい」
お祖父ちゃんたちとロレンさんが部屋から出て行く。
え? 本当に今から戦うの?
というか、アイスドラゴンと戦うのに、俺に手出しするなとか……自分たちの手で終わらせたい、という気持ちがわからないでもないが
……まあ、いつでも介入できるようにはするけれど、手出し無用とされたのは俺だけなので、アイスラを投入しても問題ないのなら大丈夫か。
「とりあえず、今は無茶をしないように見に行こうか」
「かしこまりました」
「ちなみに、お祖父ちゃんたちの戦いをアイスラなら止められる?」
「………………殺害することになりますが、それでも良ければ?」
「うん。じゃあ、却下で」
アイスラを伴って、お祖父ちゃんたちとロレンさんのあとを追った。
作者「………………山を越えたらまた森か。なんかでっかい木が見えるし……え? まさか、あそこか? あんなわかりやすい目印ある? 罠の可能性も……とりあえず、木の棒を倒して……でっかい木の方に倒れたか………………もう一度……なんで別の方向に倒れたと思ったら転がってでっかい木の方に……何か強制力が働いている? え? 怖っ! ……はあ。向かってみるか。近付けばわかることもあるし」