溶かす
お祖父ちゃん側の状況はわかった。
まあ、協力しておいて、まだ解決もしていない内に、自分たちの方の都合が悪くなったので出て行くというのは、見捨てるというか、不義理というか、なんとも後味が悪いものであるのは間違いない。
だったら、それを解決すれば問題はなくなる訳だ。
説明を聞いたあとの感想を正直に言えば、俺なら件のアイスドラゴンを簡単に葬ることができる、である。
突発的であれば難しいが、時間さえ与えてくれるのなら、ギフトによってドラゴンの鱗すら貫くような超熱で頭部を貫通させたり、アイスドラゴンだろうと生物であれば動けなくなるまで凍らせることだってできるのだ。
難しいことではない。
………………。
………………。
ん? 今、何か引っかかったな。
なんだろう………………わかった。氷漬けにされたエルフについて、だ。
氷漬けにされて死亡したと思っていたのだが、どうにも死んで悲しい感じの口調ではなかったのだ。
気になったので詳しく聞いてみる。
コンフォードさまが答えてくれた。
「氷漬けになったエルフについて、か? あいつは、前に私を助けてくれたエルフでな、氷漬けになって今でも生きていることがわかるくらいに生命力が強いヤツだ。生命力を感じられる間に、どうにか氷漬けの状態から助けてやりたいと思っている」
なるほど。
「その方を、見せてもらうことはできますか?」
ギフトでどうにかできるかどうかは、確証を得られるまでは口にしない。
俺が突然そんなことを言ったので、どうかしたのか? とお祖父ちゃんとお祖母ちゃんは不思議そうな表情で俺を見る。
まあ、大したことないギフト、としか言わなかったため、どういうギフトであるかをまだ知らないので、そういう反応でも仕方ない。
「……件のアイスドラゴンの強さの一端でもわかるのならいいか」と、見せてもらえることになった。
見るだけで十分である。
―――
これにもエルフ側の許可というか、同行が必要ならしい。
ただ、俺が見たいと言うとわかっていたのか、コンフォードさまとウェルナさまは既に話を通していて、ララが同行してくれることになっていた。
既に呼んでいたようで、大きな屋敷から出るとララが待っていたのだが、待っていたのはララだけではない。
「あの時の人族! どうしてここに! はっ! まさか、私を追ってここまで!」
助けたエルフの少女がララと共に居た。
アイスラから警戒するような気配が漂い始める。
敵ではないというのもあるが、そもそもアイスラが警戒するだけの力を有しているとは思えないのだが……。
それに――。
「俺たちがここに居る理由は既に知っていると思うが? わかっていてやっているだろ?」
「あはは! バレちゃってたか!」
エルフの少女からは悪戯心のようなものを感じていた。
まあ、そのあとにララから怒られるところまで想定していたかは不明だが。
エルフの少女がララに怒られている間、俺はエルフの少女は敵ではないとアイスラを宥める。
お祖父ちゃんたちはニマニマしているだけだった。
そのあと、改めてエルフの少女が「リリ」だと名乗ってから、目的の場所へと向かう。
向かった先は、エルフの国・エルフィニティから見える「魔の領域」の山側に少し進んだ先にある、開けた場所だった。
ただ、見た感じ、元々開けていた訳ではなかったようだ。
幹が砕けて切り株だけが残っているようなところが多くあり、激しい戦闘が行われた痕のような部分もあった。
また、アイスドラゴンが相手だったことを示すように、地面の一部が凍り付いているところもある。
そして、エルフの国・エルフィニティを守るように立ち、周囲の地面ごと氷漬けになっている人が居た。
氷の透明度が高いので、中がよく見える。
長い金髪に、端整な顔立ちで、細身ながら鍛えられた体の上に軽装を身に着け、背中に弓矢、腰から細剣を提げている、見た目二十代くらいのエルフ男性が氷漬けにされていた。
「彼が?」
「ああ、私を救ってくれた、エルフの友。『ロレン』だ」
コンフォードさまがそう教えてくれる。
その表情にはどこか悲痛なものがあって、当時を思い出しているのかもしれない。
コンフォードさまだけではなく、お祖父ちゃんたちとララも似たような表情を浮かべているので、きっとそうなのだろう。
リリの表情にそういったものはないが、話は聞いているようで大人しくしていた。
そんな中、俺は話を聞いた時から気になっていることを尋ねる。
「本当に氷漬けだけど……地面も凍っているとなると溶けていない?」
「ああ、その通りだ。シーリスが調べたところ、アイスドラゴンの氷は竜の濃密な魔力が加えられた特別なものらしく、自然に溶けることはない。下手なものでは斬ることもできず、魔法の火でも相当な威力でなければ少しも溶かすことはできないのだ」
お祖父ちゃんの言葉に、その通りだとお祖母ちゃんが頷く。
「でも、それなら、お祖父ちゃんたちなら斬ることができるし、お祖母ちゃんたちなら魔法で溶かすこともできるということでは?」
「もちろん、ワシなら斬ることはできる! ただ、その中ごと斬ってしまうがな!」
「私も魔法で溶かすことはできるけれど、中に何かあれば、それをそのまま黒焦げにしてしまうんだよ」
「そんな感じだから、私たちも手を出せず、ロレンは氷漬けのままなの」
ウェルナさまがそう纏めた。
なるほど。氷漬けにされている人をどうにか助け出そうとすると、その人を傷付けてしまうだけの威力でなければどうにもならないため、そのままにするしかない、ということか。
でも、俺のギフト「ホット&クール」なら、氷だけをどうにかできるかもしれない。
といっても、いきなり試して駄目でしたでは恥ずかしいし、先に話して期待させて駄目でしたもどうかと思うので、まずは凍っている地面から試してみよう。
「………………」
凍っている地面をジッと見て、任意のものを指定――氷部分だけ――して温度を上げていく。
一度、アイスラが俺を見て首を傾げたが直ぐに気付いたようで、俺の視線の先にある、凍っている地面を見守り始める。
そんな俺とアイスラの様子に気付いた、お祖父ちゃんたちとララたちの視線がこちらに向けられた感じがしたかと思うと、アイスラと同じく視線の先の凍っている地面を不思議そうに見始めた。
暫く沈黙が続いたあと――思ったよりも時間はかかったが、氷部分が溶けて、濡れた地面だけが残る。
「「「「「「――っ!」」」」」」
「うん。どうにかできそうだな」
「さすが、ジオさまでございます」
アイスラと共にうんうんと頷く。
驚き、どういうことかと詰め寄るお祖父ちゃんたちを、その話はあとだと一旦抑え付けて、先に氷漬けにされている人の氷だけを溶かしていった。
作者「まさか、山登りをするはめになるとは……だが、個の山の越えた先にエルフの国があるはず………………なんだけど、なんか向こうの方、凍っているように見えるんだけど……雪? 氷点下? ……防寒グッズは持ってきたが……時間かかるが迂回するか」