お祖父ちゃんとの戯れ
お祖父ちゃんが現れた。
なんというか、先ほどまであった存在感が弱まっている……違うな。これは、先ほどまでは血縁者かどうかわからずに警戒していたが、血縁者だとわかって警戒を解いたことで、恐ろしいまでの存在感の向き先から除外された、といったところかもしれない。
ただ、血縁者――お祖父ちゃんだとしても、俺は赤ん坊の頃に会っているだけのようなので……正直に言えば、記憶がないので知らない人である。初見だ。
お祖父ちゃん、と呼んだ方がいいのだろうか?
でも、自分にとって初めて会った人が祖父だからといって、いきなりお祖父ちゃん呼びはどうなのだろうか?
いきなり距離を詰め過ぎではないだろうか? と思わなくもない。
いや、違う。こういうのは一方だけで判断してはいけない。相手の判断も必要だと思う。
視線を向ければ、ニッと笑みを浮かべられる。
これは、お祖父ちゃん呼びでいいと――。
「良し! では、まずは交流だな! 手合わせだ! 行くぞ!」
え? と問う暇もなく、大きな拳が眼前に迫っていた。
咄嗟に上半身を捻ってかわす――のに合わせて下半身の力だけで後方に少しだけ飛ぶ。
俺が居た場所に、追撃の肘打ちが放たれていた。
逃れていなければ食らっていたな、あれは。
というか――。
「いきなり何を!」
「ぬはははははっ! そこそこの速度で放ったが、今のを避けるか! さすがはパワード家の者よ! 何、これは言ってみれば孫との戯れのようなものよ! 孫がどこまで強くなっているのか、お祖父ちゃんが確かめてやろう!」
再び襲いかかってきたので、かわし、受け流していく。
防戦一方だが、どうにかやり合える。
多分だけど、先ほどの俺の動きで一つの線引きがされて、これくらいなら大丈夫だろう、と俺の力に合わされている気がした。
「ぬはははっ! 本当にやる! 手紙に書いてあった通りだな!」
「手紙に? 母上からの?」
「そうだ! 強い子に育ったから、確かめてみればいい、とな!」
母上……それは、肉体的にですか? 精神的にですか? それとも両方ですか?
少なくとも、お祖父ちゃんは肉体的だと判断したと思われる。
でも、手紙に書いていたからといって、いきなり試すのはどうなのだろうか?
どうにか止めてくれないか? とエルフたちを見ようとするが――。
「エルフたちは手を出すなよ! これは戯れなのだからな!」
お祖父ちゃんによって止められた。
ついでに、エルフたちも動く気配はない。
「イクシーさまを相手に、中々やるな」
「おお! 今のを避けるのか!」
「やれ! そこだ! いけ!」
完全に観戦気分である。
なら、アイスラに――。
「手を出すなよ! 手紙にはそなたのことも書いてあったからな! そなたはジオの次だ!」
駄目っぽい。
かしこまりました、とアイスラも一礼している。
パワード家に仕えるメイドだから、というのもあるだろうが、お祖父ちゃんに俺に対する殺意が少しもないからだろう。
本当に、戯れなのだ。
なら、倒してしまっても、戯れの範囲内で終わるはず――なのだが、負けた。普通に負けた。最後は致命傷となる一撃を寸止めで止められて終わった。
「うむ! ぬはははははっ! 思っていた以上にできるな! 手紙に防御に重きを置いていると書いてあったが、正にその通りであった! それで、ジオの攻撃手段は、何やら視界の一部を常に捉えているようだったが、そこに何かあるのか? それか?」
ドキッとした。
消し飛ばす暇がないくらいの攻防だったので、当てないように気を付けていたが、それでも察するとか、鋭い――鋭過ぎるのにもほどがある。
苦笑いが浮かぶ。
どうしたものかと思ったが、お祖父ちゃんは「まあ、隠しておきたい切り札的な攻撃手段はあって当然だな」と、それ以上追及してこなかった。
まあ、言ってもいいけれど、それは他に人が居なければ、の話だ。
不特定多数が居る場で、わざわざ言う必要性は感じない。
そのあと、お祖父ちゃんはアイスラにも勝ってみせた。
アイスラが言うには、「初めてオールさまと戦った時に感じたような、そんな隔絶した強さを感じました」とのこと。
父上とどっちが強いのだろうか。
どちらも、自分の方が強いと言って、そのまま戦いが始まって周囲の環境が滅茶苦茶になりそうなので口にはしないが。
―――
「……もう気は済んだか?」
ポニテエルフが、お祖父ちゃんに問いかける。
その表情は少し呆れているように見えた。
「ああ、スッキリした。それと、二人はこのままエルフの国に連れて行く。構わないな?」
「イクシーさまがそう決めたのなら構わないが、一応理由を聞いても?」
「先ほど口にしただろう。ルルム王国がヤバい、と。コンフォードを動かすためには、手紙だけでは弱いかもしれんから、二人に直接言われた方が効果が高い。まあ、それでも動かない頑固者かもしれんが、まあ、その時はその時だな」
「なるほど……それで、実際のところは?」
「ワシだけ孫に会っていたとか、シーリスに何を言われるか……いや、言われるだけならマシで、しばらく口を利いてくれなくなるかもしれん」
「シーリスさまなら……仕方ない。あの方の怒りは私も買いたくない」
シーリスは、確かお祖母ちゃんの名だ。
話を聞く限り、怖い人なのだろうか?
まあ、実際に会ってみないとなんとも言えないが。
そう思っていると、ポニテエルフが話しかけてくる。
「今から二人を私たちの国へと連れて行くつもりだが大丈夫か?」
「ああ、問題ない」
「わかっていると思うが、これから向かうところは私たちにとって秘中の秘。少しでも漏らせば、お前たちの命はない、といっても過言ではない。……が、それでも構わないか?」
ポニテエルフが、お祖父ちゃんを気にしながら尋ねてくる。
多分、漏らせば俺たちの命がない、という部分がお祖父ちゃんの逆鱗に触れないかどうか、といったところか。
お祖父ちゃんは、そんなの当たり前だ、と動じていない。
それだけの場所、ということか。
もちろん、俺とアイスラはそれで構わないと頷きを返す。
そして、お祖父ちゃんとエルフの一団に付いて行く形で、森の奥へと進んでいく。
魔物は一切出て来なかった。
おそらく、お祖父ちゃんの気配を感じ取って近寄りもしないのだろう。
そうして、深層近くまで中層を一気に駆け抜ける。
途中で何か膜のようなものを越えた感じがあった。
「ほう! 気付いたようだな! さすが、ワシの孫だ! この辺りから、エルフが張った道迷いの結界が施されている! 付かず離れずであれば大丈夫だから、そのまま付いて来るように! ぬはははははっ!」
お祖父ちゃんが教えてくれる――というか、そんな簡単に教えていいのだろうか?
疑問に思ってエルフたちを見ると、苦笑を浮かべていた。
……まあ、漏らすつもりはないので、いいか。
そのまま付いていくと、深層手前付近にある洞窟に入り、短く、一本道であったために直ぐに洞窟を抜けた先にあったのは、陽光が降り注ぎ、青々とした木々に囲まれた、清浄な空気が満ちている場所だった。
中央には泉があり、その中心には小島があって、小島には何やら不思議な力を感じる一本の木がある。
「あれは『転移樹』だ。世界樹の枝を触媒にして作り出した木で、エルフしか使えず、ここからエルフの国へと飛ぶ」
転移? 飛ぶ? ともう少し詳しく聞きたいくらい興味があったが、そこを聞く前にポニテエルフが泉を飛び越えて小島へと移り、一本の木に触れると、木と地面に幾何学模様が一気に描かれる。
これは魔法陣か? と首を傾げた瞬間――視界が光に包まれた。
ーー「転移樹」が輝き、この場に残るのは一人だけ。
作者「……あれ? ジオくん? アイスラ? エルフさんたち? どこに………………もしかして、置いていかれた? 嘘ぉ……」