イクシー・パワード
いつものように門番たちに見送られてから、「魔の領域」である森の中へと入る。
道筋は既に確認済なので、特に迷うこともなく、待ち合わせ場所に辿り着いた。
……どうやら、先に着いたようだ。
周囲にエルフの姿も気配もない。
待てよ。そういえば、一週間後に、ここで、という約束はしたが、時間の指定はしていなかったような気がする。
今は朝。
これで昼までに来てくれればいいが、もし昼を過ぎても来ず、陽が落ちて夜になってからなんてこともあり得るということだろうか?
まさか、日が変わる直前なんてことに……いやいや、それはさすがに……。
まあ、別に待てなくはないというか、中層の魔物くらいなら問題ないので、待とうと思えば待てる。
しかし、長時間待たされるというのは、現状だと普段よりも無駄な時間を過ごしたと思わなくもない。
アイスラに、時間指定しておらず、下手をすれば夜なのでは? と懸念を伝えると――。
「その場合は来たエルフを皆殺しにしましょう。ジオさまの貴重な時間を無駄にしたのですから当然の報いです。いえ、道案内は必要ですので一人は残しましょうか」
本気が窺えた。
「いや、これから協力関係を築こうというのに、それは駄目だ」
「それもそうですね。……では、私に妙案がありますので、お任せください」
「妙案とは?」
「ジオさまのために喜んで命を差し出して戦う兵士になるよう、私が教育を施します」
それは妙案と言っていいのだろうか?
ともかく、やらないように、とアイスラに念押ししておいた。
そうして、アイスラと冗談を交えた会話をしている間に、遠くの方からこちらに向かって来ている一団の動きを察する。
魔物ではない。人だ。きっとエルフだ。
まだ昼前だから、早々に来てくれたようでホッと安堵する。
ただ、気になることが一つ。
おそらく、前回と同じエルフたち――さすがにエルフの少女は居ないと思う――だと思うのだが、その中に一人、中層の魔物程度では本能で即座に逃げに徹する、それこそ近付くことすらしないような、そんな恐ろしいまでの存在感を放っているのが居た。
自分の感覚を信じるのであれば、その一人は俺やアイスラよりも間違いなく強い。
「……ジオさま。いざという時は私の背後に回ってください。逃げる時間くらいは作ってみせます」
「いや、アイスラを失うくらいなら抵抗せずに投降して生き残ろう。何事も生きていればこそ、だ。それに、まだ戦闘になるとは限らない」
ただ、準備だけはしておこう。
こういう時、このギフトの力は便利だ。
視界の中に、超熱の槍型空間を作り出しておく。
そして、現れた。
ポニテエルフ、場所確認をしていたエルフ、その他のエルフたちの中に、一人――白髪を後ろに流し、細かい傷跡がいくつかあるが精悍な顔付きで、筋骨隆々な体付きの上に、至るところに傷跡があって歴戦を感じさせる軽鎧を身に着けていて、大剣を背負っている、見た目六十代くらいの男性。
この六十代の男性から、恐ろしいまでの存在感を抱く。
ごくり、と自然と喉が鳴った。
俺も緊張しているが、アイスラも緊張しているのが伝わってくる。
対面したことでわかることもあるのだ。
おそらく、父上よりも強いかもしれない。
その六十代の男性が、こちらを見たまま口を開く。
「それで、こいつらが自分たちはパワード家の血縁者だと言っている訳か?」
「ええ。男性の方だけね」
ポニテエルフがそう答えると、六十代の男性の視線が俺だけに向けられる。
何かを確認するような……そんな視線だ。
目を逸らすことはできず、俺も六十代の男性を見続けることになったが……もしかして、この人が――と一つの推測を立てると、ポニテエルフが六十代の男性に尋ねる。
「……どうなの? 血縁者?」
「あ~………………駄目だ。わからん。そもそも、ワシがこっちに来てからそれなりの年月が経っているからな。なんとも言えん。でもまあ、どことなく」
「どことなく?」
「オールの方に似ている気はするな」
六十代の男性が頷く。
自分ではそう思わないのだが、そうなのだろうか?
アイスラに視線で確認すると――すっごい悩んでいた。
なんというか、認めたくない何かを認めないといけないのかもしれない、という感じがする。
ちなみに、兄上は母上に似ている、と俺は思う。
「まあ、少しは年月が経っているし、仕方ないわね。お願いしておいた、何か証明になる物は持ってきた?」
ポニテエルフの問いに、俺は肩掛け鞄の中から厚い封筒を取り出す。
「母上からだ。祖父か祖母に渡して読んでもらえばわかる、と」
「手紙か。中は?」
「確認していない。母上が言うには、本人しかわからない思い出も書かれているそうで、他の人には読んで欲しくないそうだ。だから、封蝋されたまま、こうして持ってきている」
「なるほど。では、それを受け取っても?」
「祖父か祖母に渡してくれるなら」
「もちろん」
ポニテエルフに渡すと、ポニテエルフはそのまま六十代の男性に渡す。
――やはり、か。
「……封蝋の紋章はメーション侯爵家のものだな。何故パワード伯爵家のものではない?」
六十代の男性の問いに対する答えは一つ。
「読めばわかる」
母上なら証明のための思い出だけではなく、現状も書いているはずだ。
……違っていたらどうしよう。
六十代の男性は封蝋をなんでもないように剥がし、封筒を開けて中の手紙を取り出して読み始める。
封筒が厚かっただけに手紙は何枚もあった。
読むのは大変だと思うが、六十代の男性はなんでもないように読み進めていく。
暫し、待ちの時間。
………………。
………………。
場所確認に来ていたエルフの男性と目が合った。
互いに無事に来ることができて良かった、と通じ合った気がする。
「……はあ~~~」
六十代の男性が長い溜息を吐く。
ポニテエルフが「どうした?」と尋ねると、六十代の男性は頭を掻きながら口を開く。
「……いや、ルルム王国が何やら面倒なことになっているな、と思ってな」
「そうなのか? ということは、その手紙は本物で、証明になると?」
「ああ、ワシらでないとわからないことが書かれているので、間違いなく証明になるな」
「つまり、そこの人族の男性はあなたの血縁者ということでいいの?」
「ああ、そういうことになる」
六十代の男性が俺の前に立って、胸を張る。
「赤子の頃に見た限りであったが、随分と大きくなったな! ワシは『イクシー・パワード』! お主のお祖父ちゃんである!」
だと思った。
作者「という訳で、ジオくんのお祖父ちゃんです!」
イクシー「(どーん!)ぬはははははっ! ジオのお祖父ちゃんである!」
作者「うん。とりあえず、ここに入る時に壊した扉を直してくれない?」