何も聞かなかったということで
今代聖女を「キャットレディ」――王都から脱出する時に出会って女性怪盗だと、アイスラに告げた。
アイスラは今代聖女をジッと見ながら、上から下までその姿を確認してから口を開く。
「キャットレディは確か……私よりも貧相な体付きの上に黒いレザースーツを着ていて」
今代聖女の顔に青筋が一瞬浮かんだように見えた。
「顔はマスクで口元しかわかりませんが、まあ、私の方が美しいのは間違いなく」
今代聖女が笑みを浮かべるが、何か怖い気がする。
「――はっ! ジオさま! 私になく、唯一私に勝てる要素である、猫耳と尻尾が今代聖女にはありません! キャットレディではありませんよ?」
今代聖女が立ち上がり、テーブルの上に片足を踏みつけるようにして乗せる。
強く踏みつけたと証明するように、ギシッとテーブルから嫌な音がした。
「さっきから聞いていれば、随分な言いようね。私が居なければ、王都から出られもしなかったくせに。それと、何やら聞いていれば、私よりも優れているような言い方ばかりして……わかっていないようね。私の体は、俗に言う黄金比の体型なのよ。だから、あなたのは、単に余計なものが付いているだけってこと。わかる?」
アイスラが即座にソファを回り込んで前に出て、今代聖女と同じように片足をテーブルの上に勢い良く乗せる。
ギシィッ! とテーブルから強く嫌な音がした。
「わかっていないのはどちらでしょうか? いえ、違いますね。わかりたくないのではありませんか? 認めたくないのではありませんか? どちらが魅力的であるかは一目瞭然。その事実を突き付けられたくない、とハッキリと言えばいいのです」
「随分と強気ね。それに、前とは違って随分と饒舌じゃない。あなたも内心では焦っているんじゃないの? 何しろ、体型で負けて、さらには相手が今代聖女となれば勝てないもの。あなたの方こそ、敗北を認めたらどうなの?」
「あ゛あ゛ん?」
「ん゛ん゛ん?」
何故かわからないが、アイスラと今代聖女がバッチバチである。
至近距離で睨み合っている。
まるで、目を逸らした方が負け、みたいな雰囲気だ。
どうにか落ち着かせたいところだが、俺の中の母上が「女性同士の問題に覚悟もなく、迂闊に触れては駄目。ここはまず傍観しなさい」と言っている気がする。
なので、迂闊に口は開かず、両耳に両手を当てて聞かないようにして、二人の言い争いを傍観することにした。
―――
それほど時間がかからず、二人の言い争いは終わった。
俺は何も聞いていなかった――ということにして、両耳に当てていた両手をそっと下ろす。
言い争いが終わった理由は、言い争う言葉がなくなった訳でもなく、誰かに邪魔された訳でもない。
ただ、二人共全力で言い争い続けたために、力が尽きてしまったのだ。
「「はあ……はあ……」」
アイスラが疲れている姿を見るのは初めてかもしれない。
それぐらい全力だったということか。
譲れない何かがあった――のだと思う。
「はあ……一旦、引き分けとしましょう」
「はあ……そうね。でないと、話が進まないわ」
引き分けとなった。
アイスラは呼吸を整えつつ、テーブルに乗せていた足を下ろし、ソファの後ろに回って控える。
今代聖女もテーブルに乗せていた足を下ろして、ソファに腰を下ろして呼吸を整え出した。
触れない方がいいと思うので、何事もなかったように自然体で今代聖女に話しかける。
「それで、えっと……今代キャット聖女レディ」
「一つに纏めるんじゃないわよ。今はキャットレディとしてではなく今代聖女としてこの場に来ているから、そっちでいいわ」
「わかった。それで、こうして今代聖女から呼び出されるとは思っていたが、その理由まではわからない。慰霊のためだけではないのだろう?」
「そうね。でも、一番の目的は慰霊よ。そこは間違えないで。向かった先にあなたが居るという情報を得たから、会える時に会っておきたかったのよ。……辺境伯に話を通すのは面倒だと思ったから抜け出そうとしたけど、ここの警備が手強くて断念するしかなく、いざ辺境伯に話を通してみればすんなりと通るし……警備はともかく、辺境伯の方はあなたの差し金かしら?」
「まあ、そうだな」
「王都で待ち構えていたといい、噂と違ってやり手ね、あなた」
「ありがとう。それで、俺と会うのは情報を得るためか?」
「そうよ。パワード家を敵に回したら――と豪語していた当の本人が今どうしているのか、しっかりとやっているのか、とね。ちなみに、私はきちんとやっているわよ」
今代聖女が自慢げに笑みを浮かべる。
母上に情報を流す――もしかすると、「魔物大発生」を作為的に起こした人物について母上が早期に知ったのも、今代聖女が関係しているのかもしれない。
ただ、こうして直に会うと、遠目で見た時にはわからなかったことがわかる。
「……どこか、焦りが見えるが………………大きな戦いが近いのか?」
今代聖女が大きく息を吐く。
「そうよ。今王都にはウルト帝国とサーレンド大国から同盟締結のための使者が来ているけれど、私が調べたところ、両国の同盟締結条件に大きな違いはなかったわ。布告はまだ出されていないけれど、新王ベリグが選ぶのは間違いなく」
「サーレンド大国だろうな。前王とは違うということを示すために」
今代聖女が同意だと頷く。
本当に大きな戦いが近いようだ。
ルルム王国の勢力は、サーレンド大国に付く新王に従う側と、ウルト帝国に付く反新王側――辺境伯と母上の実家のメーション侯爵家を中心とした集まり――で二分することになって、数だけで見れば勢力の大半は新王側だと思う。
そして、戦場となるのは両国の間にあるルルム王国となって、衝突する場所となるのは……。
今後の展開について少し考えたあと、今代聖女に尋ねる。
「教会はどうでる?」
「どうもでないわよ。教会は中立。それは絶対。まあ、それは全体の話であって、個人までは止めることはできないわね。ちなみに、現教皇は先々代のコンフォード・メイン・ルルム陛下と懇意にしていて、前王ともその繋がりで仲良くしていたから、心情としては反新王側よ。新王に神の裁きを――と本気で祈っていたし」
……まあ、敵ではない、ということだな。
それに、今情報を得られて、何かやるなら急いだ方がいい、とわかっただけでも良かった。
今後のために、今代聖女ではなくキャットレディにお願いしたいこともあるし。
「それで、ジオ・パワードの今後の展望はどうなっているの? だんまりはなしよ」
「ああ、わかっている。既に取っ掛かりは得た」
そうして俺は、エルフと接触する機会があることと、祖父、祖母、先々代の王の生存の可能性が高いことを今代聖女に教える。
今代聖女は驚きの表情を浮かべたあと、呆れたものへと変えた。
「何をしていたかと思えば……結果に結び付いたからいいようなものの、普通はそんな賭けのようなことをしないわよ。まあ、だからこそ、新王側が今までジオ・パワードの所在を掴めなかったのかもしれないけれど」
「そうだな。だが、大きな戦いが起こる以上、それに負ければ意味はない。だから、勝つために今代聖女ではなくキャットレディにお願いというか調べておいて欲しいことがある」
「……まあ、ここまで協力した訳だし、別に構わないけれど……今後、こちらから何かしらの要求をさせてもらうことになるかもよ?」
「ああ。俺にできることなら要求してくれて構わない」
「そう。即答なのはいいわね。それで、私に――キャットレディに何を調べさせたいの?」
「捕らえられている前王を奪還したい。前王が新王側に居ると手出しが難しいからな。だから、前王が捕らえられている正確な場所と、そこからの逃走経路があるかどうかを調べて欲しい。ああ、奪還には俺が向かう予定だから、多少無茶なものでも構わない」
笑みを浮かべて、お願いしておいた。
作者「まだかな……まだ帰ってこないかな………………今の内にここの掃除でもしておくか」