今代聖女改めーー
翌日。
夜に今代聖女と面会する予定はあるが、それまでは特に予定はない。
ハルートたちが何かしらの、早期に終わる依を受けているとかであれば手伝おうかなと思ったが、こういう時に限って会わないものだ。
仕方ない。
こういう時は無理に動かず、心穏やかにして過ごそう。
……アイスラが昨日と同じく、こちらを凝視している。
体調に変化がないことは昨日調べて終わっていると思ったが……いや、こういうのは毎日調べた方がいいかもしれない。
そうすれば、細かい変化にも気付くはず。
それがわかっているとは……さすが、アイスラである。
そう思いつつも、だらけると決めたのでだらけた。
―――
夜。
完・全・復・活。
肉体が、ではなく、精神が。
今なら、また森の中に一週間は籠れそうだ。
いや、予定があるから籠らないけれど。
そもそも、エルフとの接触予定があるし、籠る必要がなくなった……とも限らないか。
エルフに次第では、もっと森の奥の方に向かうことだってあるだろうし。
あと、母上が用意するものをエルフが持ち帰って確認してから、ということでヘルーデンに戻る可能性もある。
……まあ、そうなればそうなれで、今は考えることではない。
別のことを考える。
これから面会する今代聖女は、油断ならないというか、下手なことを言えば協力関係を切られるかもしれないし、法外な何かを要求されるかもしれない。
それは困る。
また、やって欲しいこと――今後の展開に大きく影響することを頼みたいのだ。
……受けてくれるだろうか?
まずは話してみないことにはわからない。
なので、アイスラと共に、早速辺境伯の城へ地向かう。
「……一体誰……しかし、あの気配はどこか覚えがある……ような……ないような……」
アイスラは未だ思い当たっていないようで、首を傾げている。
まあ、直接会えば、アイスラも察すると思う。もしくは、昨日のこともあるし、本人から許可をもらえたら俺が教えればいいだけだ。
けれど、こうして考える時間も大切というか、聞かれた時に人物だったり人命だったりが直ぐ思い出せずに、考えた結果に自力で思い当たれば、スッキリするとか、気持ちいいなんてことを聞いた覚えがある。
アイスラにその体験をさせるべきかどうか、悩みどころだ。
俺もアイスラと同じように首を傾げている間に、辺境伯の城へと辿り着く。
これまでと同じように門番にお願いして、老齢の執事に出迎えられると、そのまま案内される。
案内されると、そこはいつもの部屋ではなかった。
豪華な部屋であることに変わりはない。
ただ、室内置かれている調度品の質と数が、こちらの部屋の方が上のように見えた。
いつも案内されている部屋が執務室なら、今回案内された部屋は応接室なのかもしれない。
あと、この部屋の周囲から魔力を感じる、というか――おそらく、周囲からの音が聞こえてこないので、防音の魔道具が設置されているのかもしれない。
ここは辺境伯の城の中にある部屋なのだ。
密談くらいはできるようにしていても、不思議ではない。
そんな室内には他に人はおらず、老齢の執事は「ここでお待ちください」と出ていったので、多分今代聖女を迎えに行ったのだと思う。
……立っているのもなんだし、あの時は座って待っていたから、今も座って待つとするか。
部屋の中央付近にあるソファに腰を下ろして待つ。
アイスラは俺の背後に控えた。
相手は――それほど時を置かずに現れる。
面会するとわかっていたし、事前の準備などは既に終わっていたのだろう。
「面会相手をお連れしました」
ノックのあとに、老齢の執事が少しだけ扉を開いてそう言ってきた。
「どうぞ」と許可を出すと扉は大きく開かれ、そこから今代聖女が入ってくる。
お供は居ないので、一人で来たようだ。
こちらにはアイスラが居るのだが、それについて今代聖女は何も言わない。
けれど、こちらの様子を見て、一瞬だがため息でも吐きそうな表情を浮かべた。
出会いが脳裏を過ぎったのだろう。
今代聖女は一礼して、テーブルを挟んだ対面にあるソファに腰を下ろす。
「現在、この部屋は特殊な魔道具によって音が外に漏れず、また外の音が届くこともございません。ですので、ここでの会話は外には漏れませんので、ご安心ください。私は外で待機しておりますので、終わりましたらお呼びください。それでは、失礼致します」
老齢の執事が出て行くと、今代聖女は精白のシスター服の中から、片手に持てる小さな箱を取り出してテーブルの上に置いて、小さな箱の何かをカチッと押す。
俺、アイスラ、今代聖女が居る辺りまでを包む結界が展開した。
アイスラが攻撃か? と反応しそうだったので、その前に声をかける。
「これは?」
「遮音結界よ」
「……え? 先ほどの説明を聞いていたか? この部屋自体が防音になっていると」
「聞いたわよ。でも、それを私が信じるかどうかは別の話。安心して話すために、こういうのは自分で用意しておくのが普通だと思うけれど?」
「用心深いことで。まあ、でなければ、あんなことはできないか」
「ふんっ! 私の自由でしょ……やっぱり、ジオは私が誰か知っているようね」
今代聖女が少しムッとする表情を浮かべた。
そこに、アイスラが少し困惑しながら声をかけてくる。
「えっと、ジオさま。こうして会っている訳ですし、今代聖女と面識があるというのはわかりましたが……一体いつ面識を得たのでしょうか? 私が記憶している中で、ジオさまが今代聖女と面識を得た機会はなかったと思うのですが……まさか、これまでに私の目を盗んで二人は手紙のやり取りを行って互いのことを知っていき、既にそれ相応の関係を築き上げていて、互いに親御さんへの挨拶をいつ行うか待ちの状態に――」
「大丈夫か? アイスラ」
そう口にしつつ、どことなく大丈夫ではない気がした。
まずは落ち着かせないといけないな、と思っていると、今代聖女が話しかけてくる。
「相変わらず危険な予感がするわね。というか、その様子だと私のことは教えていないの?」
「勝手に話していいことではないからな」
「そう……なら、話してもいいわよ」
「いいのか?」
「いいわよ。きちんと黙っていてくれたようだし。それに、隠している方が面倒な気がするから……メイドも別に言いふらしたりはしないでしょ?」
「ああ、誰にも言わないように言っておけば、アイスラは黙っていてくれる」
大丈夫そうなので、未だ困惑気味であるアイスラに今代聖女の紹介をする。
「アイスラ。アイスラも会ったことがある。こちら、今代聖女。別名『キャットレディ』」
「え? あの泥棒猫ですか?」
「どういう覚え方よ」
今代聖女がなんとも言えない表情を浮かべる。
そういえば、あの時もそんなことを言っていたな、と思った。
作者「………………本当に置いていくなんて……今頃、ジオくんたちは今代聖女と会っているのかなぁ……」