接触
宿屋「綺羅星亭」に宿泊した翌日。
食堂で朝食を頂いていると、建物の中にまで聞こえてくるほどに一気に外が騒がしくなる。
おそらく、これは――。
「今代聖女がヘルーデンに到着したのですかね?」
共に食事を取っているアイスラが、疑問形ではあるが間違っていないだろうと、どこか確信が含まれている声音で言う。
「だろうな」
俺も同意である。
ただ、今代聖女が来たからといって、直ぐに見に行くつもりはない。
俺の予想通りなら会えるだろうし、そもそも今は朝食の時間だ。
周囲に居る人たちと違って、アイスラと共に急ぐこともなく朝食を取っていると、ハルートたちが現れる。
「戻って来ていたのか」
「ああ。一旦な。少しの間だったとはいえ、元気そうで何よりだ」
ハルートたちを同じテーブルに招いて、共に朝食を取る。
話はもちろん今代聖女について――ではなく、どんな依頼――話せる内容だけ――を達成したかとか、倒した魔物について、なんかを話した。
ここに居る全員、今代聖女が来たということに興味はないようだ。
今日はそのままのんびりと過ごした。
一週間、森の中に居たのだ。
少なからず消耗した精神を回復して安定させるために、だらける。
アイスラも似たようなもの――。
「……ボソッ(普段は見せない脱力しきったジオさま。貴重な姿を目に焼き付けておかなければ)」
何故か俺を凝視している。
多分、俺が脱力しているから、怪我でもしているとか、何かしら異変でもあるのかもしれないと、確認しているのだろう。
……まあ、今日はだらだらと過ごそうと決めたのだから、アイスラも好きなように過ごせばいい。
でも、無理は駄目なので、あとでしっかりと休むように、と言っておくとしよう。
――今代聖女から何かしらの行動があると思ったが、特になかった。
―――
翌日。朝。
今代聖女の姿は、ヘルーデンから「魔の領域」である森側に出る門の近くにあった。
その今代聖女の周囲には大勢が集まって近付けないため、ヘルーデンを取り囲む高い壁の上からその姿を確認する。
輝きを放つ絹のような純白の長髪に、非常に整った顔立ち、均整の取れた体型の上には、普通のとは違う、髪色に負けない精白のシスター服を身に纏っている、十代後半くらいの女性。
それが、今見えている今代聖女の姿だ。
今代聖女が門から外に出て、平原を一望できる場に立つ。
まだ、それほど日数が経っている訳ではないため、ヘルーデンに慰霊碑はない。
建てる予定はあるようだが。
なので、今代聖女は戦場となった平原に向けて慰霊を行う。
少しの間ヘルーデンはどこも静かだった。
―――
時間が経つと共に、ヘルーデンに少しずつ賑わいが増えていく。
感謝を伝えるためか、辛いことを忘れるためか、陽が落ちても賑わいは続いた。
賑わいは、宿屋「綺羅星亭」の食堂もそうで、いつも以上に酒を飲む人が多く、騒がしくなっている。
「「俺たちは生きている!」」
「「あいつのおかげだ!」」
「俺は生き残った! ――だから! あいつに結婚を申し込む!」
とても賑やかだ。
また、「魔物大発生」のことだけではなく――。
「今代聖女さまを初めて見たが、えれえ別嬪だったな!」
「あの雰囲気で『罪を述べなさい』とか言われたら、ありもしないことでも口にしそうだな」
「単純に罵られたい」
今代聖女のことも話に上がっている。
随分と人気者だな、と思っていると、宿屋「綺羅星亭」の食堂に新たに入ってくる人が目に付いた。
見知った人物――辺境伯さまのところで、いつも俺たちを案内してくれる老齢の執事だからである。
老齢の執事が誰かを探すように食堂内を見回し、俺と目が合うとこちらに向かって来た。
普段であれば目立って仕方ないだろうが、今は冒険者や商人、住民に警備兵など、食堂内には様々な人が居るのでそこまで目立っていないし、誰もが話に夢中であるため、老齢の執事は誰かに絡まれるようなこともなさそうだ。
何より、老齢の執事の存在感がかなり希薄というか、意識的に存在感をなくしているように思う。
周囲の人が気付いた様子もなく、老齢の執事は俺の近くまで来た。
「……何かありました?」
尋ねると、老齢の執事は俺に向かって身を屈めて、周囲に聞こえないようにそっと耳打ちしてくる。
「今代聖女さまがジオ・パワードさまとの非公式の面会を希望されております。時間は明日の夜。場所は辺境伯城内に用意する予定ですが。ただ、非公式であるために目立つ真似はできず、ジオさまの方から辺境伯城にお越し頂かないといけないのですが、如何でしょうか? ご返答をこの場でお願いします」
老齢の執事が背筋を伸ばして、俺の返答を待つ。
「わかりました。この話はそのまま進めて頂いて構いません。主を尋ねればいいですか?」
今代聖女ではなく、ウェインさまに会いに来た、と言えばいいかを確認する。
「はい。それで大丈夫です。ありがとうございます。それでは、私はこれで。また会える時を楽しみにしております」
「こちらもですよ」
お互いに一礼して、老齢の執事は食堂から去っていった。
視線を戻せば、アイスラがなんとも言えない表情を浮かべているのに気付く。
「どうした? アイスラ」
「今d……あのメs……うぅん。あの、あちらがジオさまを呼び出す理由がわからないため、あれやこれやと考えていましたが……やはり理由がわからず……ですが、ジオさまはわかっていましたよね? あちらと会うことになると。でなければ、先日にあのようなお願いをする訳がありません」
言い淀んでいたが、今代聖女という名称を使わなかったのは、周囲に人が大勢居るからだろう。
それと、アイスラが言っているのは、森から戻ってウェインさまとルルアさまにお願いしたこと――今代聖女が俺と面会したいと言ってきたら理由は問わずに繋いで欲しい――というものである。
そこから、俺がこうなるとわかっていた、とアイスラは推測したようだ。
しかし、俺としては一応という感じで、別の方法で接触される方が可能性として高いと思っていた。
おそらく、辺境伯の城から抜け出せなかったのだと思う。
「まあ、俺も確信があった訳ではない。けれど、接触してくる可能性は高いと思っていた。アイスラにも説明をしておきたいけれど、これはこちらが勝手に話してはいけないことも含まれているから、説明するには相手側の了承が必要だ。だから、説明は相手の了承が取れてから構わないかな?」
アイスラが頷きを返してきたので、今代聖女と会った時に、先に聞いてから話を始めることを憶えておかないといけないな、と思った。
老齢の執事「今代聖女さまが、ジオさまとアイスラの御二方との面会を希望されています」
作者「あれ? 俺は?」