ありません
「……パワード家の血縁者だと言うのなら、それを証明できる?」
ポニテエルフがそう尋ねてきた。
そこで俺は考える。
肩掛け鞄の中に、それは入っていない。
食料品、雑貨類ならたくさん入っているのだが、そういうのは……入れていなかったな。
王都から出ることを優先していたし……何より、パワード家はもう貴族籍ではないのだ。
……公的に証明するもの……あっただろうか?
アイスラに何か持っているかどうかの確認の視線を向けるが……ありません、と首を横に振られる。
「……一応、俺の名は『ジオ・パワード』だが、それだけでは証明にならないよな?」
「そうね。証明にはならないわ」
「まあ、そうだよな。だったら、少し時間をくれないか? 証明できるものを用意するから、もう一度会って欲しい。どうだ?」
俺の問いに、ポニテエルフは思案顔を浮かべる。
「………………わかった。それでいいわ。でも、騙したり、何かしようとするのなら、その時はあなたの命はないものと思いなさい。そのようなことをすれば、どこまででも追いかけて必ず殺すから」
「そんな真似はしない」
「そう。わかっているのなら、いいわ」
そうして、俺には聖女関連もあるので、もう一度、ここで、一週間後に、再び会うことになった。
次へと繋がっただけで、今回の成果としては十分である。
あとは、パワード家の血縁者だと証明するものか……母上に聞いてみれば、何かあるかもしれない。
俺がピンとこなくとも、エルフ側か、もしくは祖父か祖母に伝わればいいのだ。
これで話が一度纏まると、直ぐにエルフたちは去ろうとしたので、その前にポニテエルフに尋ねる。
「一応聞いておきたい。俺が口にした三人は、全員生存しているのか?」
「……ええ、生きているわ」
それが聞けただけで、自然と笑みが浮かび、心臓が歓喜するように力強く跳ねる。
やっぱり、と、良かった、という思いの割合が大きい。
ホッと息を吐いていると、ポニテエルフが尋ねてくる。
「こちらも一つ聞いていい?」
「構わないが、なんだ?」
「あの人たちに、そんなに会いたい理由があるの? 親族が本当だとしても、それだけが理由には見えないのだけれど」
「ああ、ある。話しておいた方がいいか?」
ポニテエルフは首を横に振った。
「いいえ、必要ないわ。どうせ、人族同士のごたごたとか、そういうことでしょ?」
苦笑が浮かぶ。
正解。エルフから見れば、人族はそういう感じなのだろうか? それとも、ポニテエルフが色々と鋭いのか……いや、先ほどまでの感じだと、ただの勘という可能性も……。
ただ、ポニテエルフは本当に聞く気はないようで、肩をすくめて去っていった。
……一週間後の約束は……大丈夫だよな?
さすがに、大丈夫だろう。
去り際に、エルフの少女がこちらに向けて軽く手を振ってきたので、俺とアイスラも軽く手を振り返しておく。
エルフたちが完全に居なくなるまで見送ったあと、この場所までの道筋を覚えながらヘルーデンへと戻った。
―――
ヘルーデンに入る際――。
「「「おかえりなさいませ! 無事の御帰還、嬉しく思います!」」」
門番たちから丁重な挨拶を受ける。アイスラが。
アイスラは、出迎えご苦労という風に一つ頷きを返す。
それで満足そうな門番たちに、俺は尋ねる。
「今代聖女はもう来ているのか?」
「いいえ、まだ来ていません!」
そうか。まだなのか。
こちらが早く戻ったという訳ではないので、向こうが遅れている、とかだろうか。
その辺りは、ウェインさまかルルアさまに聞けばわかりそうなので、辺境伯の城へと聞きに向かう――その間に、身だしなみは大切である。
こちらは森から戻ってきたばかり。
それも、森の中に一週間居たのだ。
こちらは慣れた状態だが、色々と臭いが染み付いているかもしれない。
まずは、それらを洗い流そう。
アイスラも同意してくる。
宿屋「綺羅星亭」へと向かい、女将さんに戻ってきたことを伝えて、共同で使える水場で綺麗さっぱりしてから――一休み。
アイスラも綺麗さっぱりしてから合流。
念のため女将さんに臭いがあるかどうか確認してもらい、問題ないという返事をもらってから、辺境伯の城へと向かう。
今代聖女の動向を聞くのに合わせて、ルルアさまにお願いして母上への手紙を出させてもらおうと思う。
パワード家の証明となるものか……何かあるだろうか?
考えてみても思い付かない内に、辺境伯の城へと辿り着く。
忙しさからは少し解消されたのか、直ぐに案内されていつもの部屋で会うことができた。
「久し振りだな、ジオ! アイスラ!」
「戻ってきたのね、ジオ。アイスラ」
ウェインさまとルルアさまが居た――のだが。
「久し振り、で、戻りました……けれど、ウェインさま? 忙しいのでは?」
「だいぶ落ち着いたからな。ジオたちとこうして会うくらいには余裕がある」
本当に? とルルアさまに視線を向ければ、ルルアさまは息を吐く。
「『魔物大発生』の方が落ち着いたのは本当よ。でも、今代聖女が来ることでまた少し忙しくなって、警備とかそういう諸々の手続きに辺境伯が直接確認しないといけない書類が増えたから、今は少し忙しいわね。こうして、私が監視しないといけないくらいには」
ルルアさまがニッコリと笑みを浮かべて、ウェインさまを見る。
ウェインさまはシャキッと背筋を伸ばして、書類を確認する速度を上げた。
ご苦労様です。
そういえば、父上も書類仕事の時は、よく母上に監視されていたな。
「それで、ジオが来たのは何か用があるのかしら? 森から戻ってきて顔を見せに来た、というだけでも嬉しいけれど」
そう言ってくれることは嬉しいけれど、顔を見せに来ました、だけで辺境伯の城に来るのは、さすがにできないと思いつつ、今回来た目的を説明する。
ウェインさまとルルアさまは、運良くエルフに出会えたことに驚きつつも、最後まで聞くと喜びを露わにした。
祖父と祖母、先々代王が存命であることが嬉しいようだ。
ラウールアとアトレにも教えようと思ったのだが、二人は学園に戻るために、王都に向けて出発したあとだった。
「そうか。それは何よりも吉報だな。だが、パワード家であると示すものか。ブロンディア辺境伯家が証明する、では駄目なのか?」
「ルルム王国内であれば、それで通用すると思うが……エルフに通じる?」
ウェインさまは難しい表情を浮かべた。
もちろん、書類仕事の手は止まっていない。
器用というか、慣れているというか……どうにか書類仕事を終わらせたいという強い思いの結果なのだろう。
「だから、何か母上にお願いしようと思って」
「そういうことね。わかったわ。つーちゃんは今こっちに居るし、丁度いいわね」
手紙を書く道具を用意してもらい、この場で書きつつ、ルルアさまに一つ確認を取っておく。
「そういえば、今代聖女がまだ来ていないのは?」
「ああ、先ほど先触れが来て、明日には着くわよ。途中の村や町での歓迎で少し遅れたみたい」
なるほど。明日か。
今代聖女に関して、とあるお願いをしたあと、母上宛の手紙を渡してからこの場をあとにした。
エルフたち「証明できるものを持ってくると言って逃げないように、お前たちの中で誰か一人、人質となってもらう」
ジオ「………………」
アイスラ「………………」
作者「………………まあ、俺になるよね」