再び森へ
「「「いってらっしゃいませ!」」」
これまでなら、その時の門番たちが揃って見送ってくれていたのだが、今はその場に居合わせた騎士や兵士、冒険者に住民まで、門番たちと一緒に見送ってくるようになった。
俺に、ではなく、アイスラに向けて。
「魔物大発生」を経て、ヘルーデンにおけるアイスラの認知度はさらに上がったように感じる。
……いや、アイスラだけではない。見送ってくれている人たちの中に、アイスラではなく俺を見ている人たちが居た。
女性騎士に、女性冒険者と――数人だが。
序盤の方に遊撃として頑張った甲斐があったな、と思う。
「……ボソッ(顔は覚えましたよ。この女狐、雌豚、雌牛、雌……)」
「アイスラ? 殺意が漏れ出しているが、何かあったか? 暗殺者でも居たか?」
「……いえ、居ないようですね。念のために反応するかと殺意を出したのですが……そう、あ・え・て、出してみたのですが、反応はありませんでした」
……そうだよな。既に大きく動いたあとだ。
俺のことが発覚して、既に何かしらの行動を起こされている可能性は十分にある。
「さすが、アイスラだ。そうだな、これからはそういうことも起こるかもしれない。少なくとも、その確率は高くなった。今まで以上に気を引き締めていかないといけない。そこに気付かせてくれてありがとう」
「いえ、感謝の言葉など……ボソッ(あっぶない。危うく反応が遅れるところでした。ジオさまからの問いかけだというのに。ですが、これで顔を忘れた訳ではありませんよ……ふ、ふふ……ふふふ……)」
アイスラから再度殺意が漏れ出る。
直ぐ二回目を行うことで相手の意表を突く狙いだろう。
さすが、アイスラである。
ただ、これにも反応はなかったので、今は大丈夫だと判断してもいいと思う。
なので、早速森へ………………一応、森に籠ることだけは伝えておいた方がいいか。
でないと、森から帰ってこない、と報告されて騒動にまで、事が大きくなると面倒なので。
一度門まで戻り、門番には、少なくとも数日は森に籠るからそれで騒がないように、と伝えておく。
「「「かしこまりました!」」」
元気良く返事をしてくれるのはいいが、どことなく本能に大丈夫なのだろうか? と思ってしまう。
……とりあえず、伝えることは伝えたので、あとで懸念した騒動が起こっても関係ないで押し通しておくことにした。
森へと向かう。
―――
「魔の領域」である森に入って、まずはエルフたちを見つけた場所を目指す。
ただ、森の中を進む以上、目印となるようなものはどこにでもあって、こちらを惑わしてくるのだ。
これを目印に――としたのが実は違う、なんてことは普通にある。
一応、エルフを見つけた場所は忘れないように脳裏に焼き付けたが、ただ真っ直ぐに目指して進めば、まず間違いなく見当違いに進んでいくことになるだろう。
なので、あの日の行動を思い出して、可能な限りその通りに進んでいく。
「……こっち、だよな?」
行くべき方向を指し示す。
「こちら……ではありませんでしたか?」
アイスラは別の方向を指し示した。
早速難問にぶつかっている。
間違いなく、エルフを見つけた場所は覚えている。そこからエルフが去っていった方向も。
問題なのは、そこまでどう行ったか、だ。
もちろん、俺もアイスラも大体の方角はわかるので、互いに別の方向を指し示したとしても、角度が少し違うといったもので、大きな方角自体は間違っていない……と思う。
「しかし、角度が少し違っているだけ、と安易に考えるのは良くない。進めば進むほど開きは大きくなっていくし………………良し。少し自信がないから、アイスラの指し示した方に進もうか」
「お待ちください。私も、こちらでは? という確信がないままに指し示したにしか過ぎません。それに、ジオさまが指し示した方向が間違っている訳がありません。ですので、ジオさまが指し示した方向に進むべきかと」
「いや、そう言われても、なんとなくで選んだから………………では、もう一度、あの時のことを一度振り返ってから、指し示してみようか」
――その結果。俺はアイスラが先ほど指し示していた方向、アイスラは俺が先ほど指し示していた方向を指し示す。
……う~む。困った。これは困った……ので、俺とアイスラが指し示した方向の中間を進むことにした。
これなら、大きな方向からはそう外れないし、修正もききやすいだろう。
そう判断して、選んだ方向で森の中を進んでいると――。
「……ボソッ(ジオさまと二人で行く道を決める。これも二人の共同作業と言えなくもありませんね……ふふふ……これも何度も繰り返していく内に二人の間には愛が育まれていき……はっ! 待って。このまま森の中を進んでいき、戻れなくなってしまったら……二人だけの楽園の始まりになるのでは?)」
不意に、アイスラから何かが漏れ出た。
殺気……ではない。何かこう、言葉にするのなら……邪気、だろうか? 邪悪の方ではなく、邪な方の。
何故そのようなことを? と思った瞬間、横合いからオークが三体飛び出してくる。
もちろん、周囲への警戒は怠っていなかったので、襲いかかってくるだろうことは把握していた。
そして、その狙いは俺――だったはずなのだが、何故かオーク三体は直前でアイスラに狙いを変えたようだ。
襲いかかってくるオーク三体を、アイスラが瞬殺する。
――なるほど。そういうことか。先ほどの邪気は、俺から自分に狙いを変えさせるためのものだったのか。
「……何故いきなり私に? ジオさまに襲いかかったところを倒そうと思っていたのですが」
「え? 先ほど発したものは俺の手間にならないように、自分の方に狙いを変えさせる、という意図のものではないのか?」
「………………」
「………………」
「はい。そういうことです。ジオさまの進む足を止めさせる訳にはいきませんので、私の方に招き寄せて処理しておこうと判断しました」
「やはり。だがな、アイスラ。オーク三体を相手にするくらいはなんでもない。俺の邪魔をさせないようにという気遣いは嬉しいが、これくらいならギフトを使うまでもなく、この剣だけで速度を維持したまま倒せるから」
ここはまだ浅層である。
中層であれば、足を止める必要はあるかもしれないけれど。
「そうですね。まだ『魔物大発生』時の張り詰めた感覚があるのかもしれません。悪いことではありませんが、張り詰めたままですと長く持ちませんし、今回は長期化する恐れもあります。少し、肩の力を抜いておきます」
「確かに、アイスラの言う通りかもしれない。長期化させるつもりはないが、それでも気付かない内に事を急いていたと思う。俺も少し、肩の力を抜いておくか。少なくとも浅層では」
アイスラと共に大きく息を吸って吐く。
少し軽くなった足取りで森の中を進んでいき――以前、エルフを見つけた場所に辿り着いた。
ちなみに、あの時中間で選んだ方向は正しかった。
ジオ「あちらかな?(指し示す)」
アイスラ「こちらですかね?(指し示す)」
作者「いやいや、そっちの方じゃない?(指し示す)」
全員「………………最初は、グー!」
作者は最初に負けました。