協力
今日の一話目です。
「縄を」
「は、はい! かしこまりました!」
アイスラの指示を受けて、キンドさんの護衛の一人が近くにある馬車まで駆けて、そこから縄を取り出して持っていく。
「持ってきました!」
「ありがとうございます。僅かな距離でも駆ける。素晴らしい行動と心掛けだと思います。では、この荒くれ者たちを縛り上げてしまいましょう」
「「「はいっ!」」」
アイスラの指示でキンドさんの護衛たちが直立不動で返事をして、既に全員倒し切った荒くれ者たちを縛り上げていく。
関わったのなら最後まで――という訳ではないが、そこまではやっておくようで、アイスラもそれに参加している。
ただ、どうしてキンドさんの護衛たちは、アイスラの部下のような立ち位置になっているのだろうか? 戦闘の間に何かあった?
……いいえ、何かがあったようには思えません。
いや、待てよ。
アイスラの強さに感銘を受けたという可能性はないだろうか?
それが短期間で尊敬とかそういったことに……まあ、いいか。それで上手くいっている訳だし、当人たちにしかわからないこともあるだろう。きっとそれだ。
荒くれ者たちを縛るのはそう時間はかからないと思う。
少し待てばいいだけなので待っていると、キンドさんがこちらへと来る。
「……パワ」
―ド家とキンドが言う前に、口にしないようにと唇に人差し指を当てる。
一応。念のため。他の人の姿は今のところ見えないが、どこで誰の耳に入るかわからない。
現状だと口にしなくて済むのならしない方がいい。
パワード家の名を出さなければ、俺がそうだと結び付けるのは難しいと思う。
キンドさんは俺の態度で何かを察したようで小声で話しかけてくる。
「……この場に居るのは、王都、いえ、王城での出来事と関係がございますか?」
さすがは王家御用達の商人。
情報が早い。
となると、キンドさんが襲われていたのもその辺りが関係しているのかもしれない。
そこで通りに人が現れ始めて、こちらというか縛られる荒くれ者たちに目を向けていく。
様子見から、何事かと騒がしくなりそうな雰囲気がある。
手早くその通りだと頷きだけ返す。
「でしたら、このままここで話すのはマズいですね。警備兵も来るでしょうし、少しで構いませんので、あとで時間をもらえないでしょうか?」
それにも頷きを返すと、キンドさんは集合場所として飲食店と思われる店の名前を告げて、護衛たちのところへ戻り、アイスラが代わりに戻ってきた。
「目は覚めた?」
「そうですね。手応えはまったくありませんでしたが、多少は効果があったと思われます」
そう答えるアイスラは確かにどことなくスッキリしているように見えた。
なら、いつまでもここに居る訳にはいかないと、アイスラと共にこの場をあとにする。
―――
予定通り、食料などの必要な物を買っていく。
そうしている間に時間が過ぎて……最後に寄るのは「食の彩香亭」という名の飲食店。
キンドさんが指定したところで、ついでにここでお昼ご飯を取るつもりだ。
時々町の人に聞きつつ、目的の飲食店「食の彩香亭」に辿り着く。
それなりに大きな建物で、中に入ると賑わっているのが見てわかる。
ザッと見た限り、キンドさんの姿はない。
先に着いたのか? と思っていると、従業員が来て、お待ちの方はこちらです、と言われて案内される。
どうやら既にキンドさんは来ていて話は通っていたようだ。
案内されたのは、個室。
中にある大きなテーブルの上には様々な料理が置かれ、キンドさんは既に食事を始めていた。
「来ましたか。食事をしていて申し訳ない。このあと直ぐ出発しますので」
「お構いなく。直ぐ出発するのはこちらも同じ。お昼はまだなので、ご一緒しても?」
「もちろん。お代はこちらで持ちます。足りなければ追加注文しますので、好きなだけ仰ってください」
キンドさんの厚意を受けて、席につく。
メイドが、とかそもそも気にしないし、そんなのを現状で持ち出すつもりもない。
キンドさんが用意した場であるため、断りを入れて了承をもらい、アイスラも席につかせて共に食事を取る。
肉料理、魚料理、様々な野菜料理、と種類が豊富でどれも美味しい。
アイスラも満足気だ。
今の内に腹に溜めておかないと、次いつこれだけ美味しいのが食べられるか……まあ、直ぐ消化されるけれど。
そうして食事を取りつつ、話も進める。
「いや、本当に助かりました。あのままですと、数に押されてどうなっていたか。まさか、敵対しているとはいえ、仮にも商人がいきなり力業で来るとは思っておらず」
「敵対に、商人……ああ、なるほど。謀反の王には既に御用達が居る訳か。それで、まずはジネス商会を潰そうと三代目に襲撃を」
「はい。その通りです」
「ご家族の方は?」
「さすがと言うべきか、機を見て既に避難しているそうです。ジオさまはどうしてここに? パワード家に何かあったのですか?」
キンドさんは、王都ではなくこの町で俺と出会ったことに、何かがあったと察したようだ。
さすが、王家御用達商人。鋭い。今は元になってしまったけれど。
だからこそ、協力者の一人になってくれるかもしれない。
なので、正直に話す。
「母上は実家に戻っていますが、父上と兄上の方はまだ何も……まあ、心配するだけ無駄かもしれませんが」
「ははは。そうですか。確かに、オールさまとリアンさまなら、どのような状況でもどうにかしてしまいそうです。ジネス商会の方でもまだ情報はありませんが……調べてお伝えしましょうか?」
「いえ、その内わかるかもしれないので大丈夫です。それよりも、ジネス商会の今後について聞いておきたいのですが……」
「それは、謀反の王を是とするかどうかですか? もちろん否ですよ。向こうから手を出してきたのですから、やり返しますよ。商人として。パワード家はどうされるのですか?」
「聞かれるまでもない。パワード家が懇意にしている王は、謀反の王ではない。だから、協力できると思いませんか?」
「ええ、思います」
キンドさんがジッと見てくる。
互いの意思確認のためだろう。
ただ、その口は皿の上のパスタが流れるように吸われていっていた。
我慢できなかったのだろう。
俺もキンドさんをジッと見る。
口は頬張った肉団子を咀嚼するのに忙しい。
とめられない。
我慢できなかった。
美味しい料理がいけないのである。
互いに気持ちはわかるので、そのことには互いに何も言わない。
まずは美味しい料理を食べて楽しむ。
協力関係はもう始まっているのだ。
――そこでアイスラが動いた。
フォークを持った手を伸ばした先にある大皿の上には、とろけそうなくらいに煮込まれて旨味が凝縮したロールキャベツが一つ。
既に実食済で、出された料理の中で一番美味しかったモノだ。
それの、残り一つ。
弾かれるように体が反応して、俺もフォークを持った手を伸ばす。
俺だけではない。
キンドさんも、だ。
ロールキャベツにフォークが突き刺さる。その数は――三本。
俺、アイスラ、キンドさんのフォークが、最後のロールキャベツに突き刺さった。
「誰よりも速く動いた私のフォークが最初に突き刺さったと思いますが?」
アイスラがそう主張してきた。
譲る気はないようだ。
「いや、アイスラ。よく見て欲しい。このロールキャベツに最も近い位置に居るのは俺だ。だから、俺の方が速かった」
対抗して、俺はそう主張する。
褒美が手に入れるためには、ここで退いては駄目だ。
「いや、待って欲しい。ここの代金は私が払いますが、それを持ち出したりはしません。その代わり、よく見てください。私のフォークが一番深く刺さっています。つまり、私のフォークが一番速かったという証明ではないでしょうか?」
キンドさんもそう主張してくる。
正直に言えば、誰が一番であったか――誰もわからない。
自分のフォークしか見ていなかったからだ。
だから、誰も退かずに、少しでも有利とするべくロールキャベツを自分の方に引き寄せる。
ロールキャベツが今にも引き千切れそうだ。
でもまあ、それならそれで構わない。
味はきっと変わらない。
変わるのは――量だ。
少しでも多く確保をするための攻防へと――。
「追加の料理をお持ちしました!」
その中には大皿に山盛りのロールキャベツがあった。
うん。食べ物で争うのは良くない。
残り一皿の料理を巡って、ジオとアイスラが争う。
目にも止まらぬ速さで応酬されるフォーク。
作者「………………」
ーー隙あり、と手を出そうした瞬間、出した手に二本のフォークが突き刺さるーー未来が見えたので、大人しく諦めて眺めておくことにした。