掴み取れ!
ルルアさまと会ったあとは、他の人と上手く会えなかったので、別の日に回すことにした。
そして、翌日。
朝に宿屋「綺羅星亭」の食堂でハルートたちと会ったので、しばらくの間は――と説明しておく。
「ハルートの協力には特に感謝しているからな。何かあれば言ってくれ。手伝うからな」
「ありがとう。こちらこそ、ジオさんが俺に協力して欲しいことがあれば、遠慮なく言って欲しい。手伝うから」
互いに笑みを浮かべる。
シークとサーシャさんにも、何かあれば遠慮なく言って欲しい、と言っておく。
ちなみに、宿屋「綺羅星亭」から出るとぐるちゃんが待っていて、たくさんの人から干し肉とか果物などを貰っていた。
すっかり人気者だな、と思う。
次は、また辺境伯の城に向かった。
昨日、ウェインさまと会える日があるかどうか確認するのを忘れていたからだ。
それで確認しに行ったら――会えた。
ただ、いつもの部屋ではなく、以前ウェインさまと戦った中庭のような場所で。
ウェインさまは、前に預けたツンツン黒髪の少年――レオの振るう剣を見ていた。
レオから目を離さずに、こちらの気配に気付いたウェインさまが声をかけてくる。
「……ん? ジオか。あの目的のためにしばらく森の方に入るというのはルルアから聞いたが、どうかしたのか?」
「連絡が付かないことがあるようになるから先に話を通しているだけで、話を聞いているのなら大丈夫だ。しかし、ウェインさまは今忙しいのでは?」
レオの剣を見る時間があるのだろうか?
ウェインさまが苦笑いを浮かべる。
「そう言ってくれるな。これでも一つの息抜きだ。もちろん、息抜きだからとレオの鍛錬に手は抜いていないからな」
剣に関することでウェインさまは手を抜かないだろうから、そういう心配はしていない。
とにかく、ルルアさまから話は聞いているようだが、こういうのは自分からもきちんと伝えた方がいいだろうと、改めて軽くだが説明しておく。
ウェインさまに説明している間に、レオはアイスラに話しかけて――。
「師匠! どうだ! 少しはマシになったと思わないか? 正式に弟子にしたくなっただろう?」
「別になっていません。ですが、一つだけ今のあなたに言うのなら、私に話しかけるよりも剣を振りなさい。ウェインさまがあなたに休んでいいと言いましたか?」
「……あっ!」
しまった、とこちらを見るレオ。
ウェインさまは、いい度胸だ、と言いたげな笑みを浮かべている。
再び剣を振り始めるレオに、心の中で頑張れを応援しておく。
声に反応しそうだからな。
ちなみに、今日は居なかったが、偶にレオと一緒にヘルーデンに来たマーガレットもここに見に来ているそうだ。
ラウールアとアトレには会えなかったな、と思っていたら、辺境伯の城を出るところで会えた。
忙しくしているようなので、手短に話す。
「……そう。エルフを探しに行くのね。私もそろそろ学園に戻らないといけないし、それがなければ付いて行きたいところだけど」
いや、さすがに辺境伯令嬢を森の中に籠らせるのは……まずいのでは?
まあ、アトレがどうにかしそうだが。
そのアトレは、アイスラと握手を交わしていた。
――握手? まさか、友情が芽生えたのか?
「……私ほどはありませんが、あなたもそこそこ優秀な執事なのは認めましょう。ですが、私というフォローがなくなりますので、ラウールアさまに迷惑をかけないように気を付けてください」
「……私よりは劣りますが、あなたも中々できるメイドだと思いますよ。私の気遣いはもう受けられませんので、ジオさまの不利益にならないよう頑張ってください」
ミシリ、という音が聞こえてきそうなくらいに、両者の握手に込められた力は強い気がする。
やはりというか、友情の芽生えは難しそうだった。
ラウールアと揃って大きな息を吐く。
ラウールアとアトレと別れたあと、キンドさんと会うためにジネス商会の店舗に向かう。
説明をしておくのは、ここで最後かな。
………………。
………………。
ジネス商会の店舗は、まるで戦いでも起こっているかのように、もの凄く混んでいた。
そうなっている理由は直ぐに判明する。
「本日! 食料品! 衣料品! 雑貨! 回復薬品類も! 大量入荷! 大量入荷です! 『魔物大発生』を乗り越えた皆さまのために、価格も普段より抑えめ! さあ! 買った! 買った!」
従業員と思われる人が、そう声を荒げていた。
荒げても聞こえているかは怪しいが。
しかし、これはそういう込み具合だとわかる。
ジネス商会が物資を大量に仕入れてきた、ということか。
これは、明日に回した方がいいかな? と思ったのだが――。
「ジ、ジオさま……わかりません。何故かだかわかりませんが……私の中の女の血が騒ぐのです……行け! と! ……考えるな! 本能のままに突き進め! 掴み取れ! と!」
そんなことを言い出したアイスラがジネス商会の店舗に突撃していく。
いや、アイスラの強さでそんな突撃なんてしたら――と思ったのだが、予想に反してアイスラは店舗に入ることすらできずに、こちらに弾き飛ばされてきた。
そこはアイスラ。弾き飛ばされても倒れずに、立ったまま着地した。
そんなアイスラに向けて、店舗前に居る数人が声をかけてくる。
「あら? 上手く着地したわね」
「中々やるじゃない」
「でも、まだこの戦場に挑むには早いお嬢ちゃんね」
「そうね。ここはお嬢ちゃんのままでは何も掴み取ることができない場だから、諦めて帰りなさい」
「ふふふ。私たちのような主婦になってから、また来なさいな」
……どういうことか、俺にはわからない。
しかし、アイスラは自覚しているのか悔しそうな表情を浮かべている。
「くっ……この場限りという制約を設けることで、体の限界値を超えた力を発揮しているとでもいうのでしょうか。今の私では……」
駄目だ。アイスラも自覚はしていないのかもしれない。
本当に、どういう状況なのか、さっぱりだ。
だからこそ、迂闊に触れていい状況ではない、ということがわかる。
良し。状況判断の結果。撤退。
命は一つ。大事にしないと。
「申し訳ございません、ジオさま。ですが、いつか必ず私もあの高みへ……」
アイスラの決意は固い……が、そこまでの決意が必要なことなのだろうか? と思わなくもなかった。
確かなのは、現状は撤退しかできない――ので撤退する。
翌日に来ても同じ状況で、アイスラは再び挑んで弾き飛ばされていた。
ただ、様子を見るためなのか、店舗の外に出て来ていたキンドさんと会えたので、場所を店舗内にある商会長の部屋へと変えて、そこで会いに来た目的を話す。
「……なるほど。しばらくは森に籠ることが増えるから連絡がつきにくくなる、と」
「そういうことです」
「………………ジオさま。もし、森の中で出会えた者たちが何かしらの交易をしたいようでしたら、是非ご一報を頂ければと思います」
キンドさんがニッコリと笑みを浮かべる。
これは、エルフに会おうとしているとバレたな、と思う。
さすがというか、油断ならないというか。
合わせて、「森に籠るのでしたら、食料品や雑貨が大量に必要でしょう。言って頂ければ、すべてご用意しますよ。そういうお手伝いは得意ですし、そのためにここに来ましたから」と言われたのでここは素直に甘えることにした。
数日後。大量に用意してもらった食料品と雑貨を受け取る。
もちろん、料金はしっかりと払った。
その翌日。
ルルアさまから聞いた話なので、ルルアさまに今代聖女がヘルーデンに来るのはいつくらいか尋ねると、凡そ一週間後の予定と教えられる。
それを目途に一度ヘルーデンに戻ることにして、漸くアイスラと共に森へと向かう時が来た。
作者「……えっと、森に行くのはわかった。だが、どうして俺だけ腰に縄が結び付けられているんだ?」
ジオ「迷ってどこかに行かないように」
アイスラ「戦いの際に引き寄せて壁にするために」
作者「できればジオくんの理由であって欲しい!」