伝えておくことは大事
――ヘルーデンで落ち着いた日々を過ごしていた。
落ち着いていられるのは、「魔の領域」である森の方も「魔物大発生」の影響が完全に消え去った――起こる前の状態に戻ったからである。
いや、実際のところ、落ち着いたからといって、俺ではそれを判別できない。
ヘルーデンに居続けた経験が足りないのだ。
だから、この落ち着いた、という話は。長くからヘルーデンに居る人たちにも確認を取っているので間違いない。
それに、「『魔物大発生』の影響は消え去った! もう大丈夫だ! 問題ない!」と辺境伯が公言したので確かである。
――「魔物大発生」は完全に終わったのだ。
だからこそ、今は英気を養っている。
というのも、次に行動を起こす内容は、エルフを探すというもの。
まずは先の「魔物大発生」の時に見つけたエルフの手がかりを中心にして動くため、森の中に入り、そのまま数日は籠る予定だからである。
まあ、頑張ればヘルーデンと行き来しながら、というのもできるが、行き来するだけで体力と時間の消費になるし、何よりこちらはエルフという存在が居るというのは知っていても、森の中でどういう風に行動するのか、どの時間帯で動いているのか、まったくわからないのだ。
下手をすれば、基本的に夜しか動かない、なんてこともあるかもしれない。
だから、森の中に籠るのである。
現れた時に直ぐ駆け付けられるように。
それに、ただ籠るだけではない。
エルフ次第では森の深層にも踏み込むかもしれないのだ。
そういったことから、今後ヘルーデンに戻る機会はそうないだろう。
だからこそ、今の内に英気を養っておく、という訳である。
もちろん、今後のための準備をするのも怠っていない。
主に、食料関係だ。
森の中で定期的に食料が手に入るかわからない以上は、ここの準備を怠る訳にはいかない。
幸い、俺には肩掛け鞄があるし、アイスラには収納魔法がある。
いくらでも……は言い過ぎではないかもしれないが、大量に持っていけるのは間違いない。
ただ、現状はその食料が大量に手に入らないのだ。
ヘルーデンは、未だ復興の中にある。
「魔物大発生」に対する補給物資が来ることはなくなり、これまで通りの物資の搬送へと変わりはしたが、ヘルーデン全体の物資はまだ改善したとは言えないので、そんな中で大量に食料を買うというのは、さすがにできない。
まあ、それももう少しで改善されると思うので、その間に、暫くヘルーデンに居る時間が減ることを伝えておいた方がいい人たちに、アイスラと共に伝えに行くことにした。
まず、定宿として利用している宿屋「綺羅星亭」の、赤茶色の髪を後ろで一つにまとめた、恰幅が良い女性――女将さん。
「今はまだだけど、その時が来たら一応引き払いますので」
「わざわざ言わなくとも。律儀だね。なんだったら、先々の分まで払えるのなら、部屋はそのままにしておいても構わないよ」
「それは……いいのか?」
「別に構わないよ。考えようによっては、利用者が居ないのに金が入ってくるんだ。頻繁に掃除をしなくていいし、こっちからすればいいことしかないね」
「確かに。では、そういうことなら」
出発の時にでも金額を多めに払い、部屋を取っておいてもらうことにした。
頻繁ではないがヘルーデンに戻ってくる時もあるし、その時にわざわざ部屋を取る必要がなくなるのなら、面倒がなくていい。
次は、鍛冶師のラックスさんのところ――ラックスさんの妻である細工師のエリーさんの宝飾店に向かう。
ちなみに、ここには「魔物大発生」が終わってから一度も来ていない。
「……なるほど。目的のためにヘルーデンに居る時間が居なくなる、か。まあ、そんなのはどうでもいいが、ジオよ。ここに来るのが遅いんじゃないか?」
「えっと、色々とあって」
「まあいい。ほれ。さっさと剣を出せ。それなりに使ったのだろう? 研いでやる」
「は、はあ。では、お願いします」
剣を渡すと、ラックスさんは早速作業場へと向かう。
助かるのだが……なんか態度が違くないか? とエリーさんに確認すると――。
「ふふふ。あれでも感謝しているのよ。『魔物大発生』の時に、あの人は自分の作った武器を持って、ワシも戦う! とか言い出して駆け出したんだけど、その時にあなたたちがヘルーデンのために戦っているのを見たそうなの。ヘルーデンを守るために戦ってくれてありがとう、と感謝を伝えたいけれど、面と向かっては恥ずかしいから、あんな感じになっちゃってるのよ」
「エリー! 余計なことは言うなよ!」
聞こえていたかどうかはわからないが、作業場の方からそんな声が聞こえてきた。
まあ、エリーさんが言うには、次は元に戻っているそうなので今回限りである。
そのあとは、ヘルーデン滞在の時間が減ることをエリーさんに心配されつつ、剣が研ぎ終わるのを待っている間に雑談を交わして――いつの間にかアイスラに宝飾品を贈ることになった。エリーさん曰く頑張ったご褒美らしい。まあ、アイスラが喜んでいたので構わないが――ラックスさんから綺麗に研がれた剣を受け取ったあと、また来ると伝えてから次へと向かう。
次に向かったのは、マスター・アッドのところ。
つまり、冒険者ギルドなのだが……入ると――。
「「「お疲れさまです! アイスラの姐さん!」」」
冒険者たちがアイスラに向けて一斉に頭を下げる。
何故かこうなる。
以前よりも人が多くなっている気が――というか、見る限りだと冒険者全員だ。
「応えなくていいのか?」
「散りなさい」
「「「はっ!」」」
冒険者たちが何事もなかったかのように日常へ戻っていく。
……アイスラを頂点にした冒険者の軍隊でもできそうだな、と思う。
マスター・アッドには直ぐ会えた。
「何か用か?」
説明する。
「――という訳で、何かあっても居ないかもしれないから、それだけ伝えておこうと思ってな」
「わかった。まあ、いいんじゃないか? 一応、今は冒険者という立場だ。自由にすればいい。まあ、運良く噛み合えば、お願いすることがあるかもな」
そう言うと思った。
深く立ち入ろうとしないので助かる。
今は依頼されるようなことはないそうなので、次へと向かう。
次に向かったのは、辺境伯の城。
ここは一応というか、忙しいと思うので、会える日があるかどうかの確認だけでも、と思ったのだ――が、運良くというか、ルルアさまと会えることになった。
いつもの老齢の執事に案内されて、いつもの部屋で会う。
ルルアさまは俺の目的を知っているので、特に隠すこともなく話す。
「……そう。エルフを見つけたのね。それを追うから、ヘルーデンに居る時間が少なくなるの、と」
「漸く見つけた手がかりなので、どうにか活かせれば……いえ、活かすために森に籠って探そうと思います」
「まあ、元々聞いていた話だから、止めるようなことはしないけれど無理はしないようにね。いつでも戻って来ていいし、いつでも頼って構わないから」
「そうさせてもらいます」
そのあとはルルアさまと雑談を交えた。
ウェインさま、ラウールアとアトレはまだ忙しいようなので、改めて、とする。
ただ、この雑談の中で、一つ気になることがあった。
それは、今代聖女が、「魔物大発生」で亡くなった人たちの慰霊に来るというもの。
日付がわかったら、その時はヘルーデンに居ようと思った。
作者「俺にも言ってくれていいんだよ?」
ジオ「いや、一緒に行くのに、説明も何も」
作者「だ、だよね……(また危険な場所に行くのか)」
アイスラ「まあ、頑張ってください」
作者「せめてもう少し心を込めて言おうか!」