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サイド 謀反の王たち 3

 ルルム王国。王城。王の執務室。

 執務机に添えられた椅子に座る、白髪交じりの金髪の五十代後半の男性――ベリグ王は両肘を執務机につき、両手を顔の前で組んで、如何にも悩んでいますという雰囲気を醸し出していた。

 いや、ベリグ王は実際に悩んでいるのだ。


「………………」


 ベリグ王の眉間に皺が寄る。

 答えが出そうで……出なかった。

 悩ましい。非常に悩ましい。それがベリグ王の心境だった。


「はあ~………………どうしたものか」


 大きな息だって吐きたくなる。

 吐いたっていい。それで悩みを吐き出して、答えが出せるかもしれないのだから。

 しかし、ベリグ王は、この悩んでいる状態が嫌いではなかった。

 何しろ、喜ばしいのだ。

 先ほど大きな息を吐いた口の口角が自然と上がるくらいに。


「迷ってしまうな~! いや~、これはまいった! 本当に悩んでしまう! 中々答えを出せない!」


 椅子に背を預け、そう口にするベリグ王の表情は、喜びを隠し切れないという笑みが浮かんでいた。

 ベリグ王が悩んでいること。

 それは、執務机の上を見ればわかる。そこには何事か書かれた二枚の書状が並べられていた。

 一枚は、ルルム王国の西。サーレンド大国からのモノ。

 一枚は、ルルム王国の東。ウルト帝国からのモノ。

 以前にも似たようなことがあったが今回は少し違い、両国の使者はもう既に来ていて一度目の話し合い、あるいは交渉は両者共に終わっている。

 その際に書状の内容変更があったのだ。

 どちらもこれだけの援護、金品の譲渡を行うので自国の味方をするように、という旨が書かれているのは変わらないが、以前よりも金品の量は増えて、味方になった際の援護もかなり手厚くなっていた。

 甲乙つけがたいのは変わらず……だからこそ、ベリグ王は悩ましい。


「これは、それだけ私の国が魅力的で重要であるという証。つまり、前の王よりも私の方がより王として優れているということに他ならないということで……フ……フフ……」


 体の奥から生じてくる笑みが零れ出るベリグ王。

 それを止める気はない。そういう気分なのだ。

 そして、ここぞばかりに高笑いを――。


「(こんこん!)執務中に失礼致します! ムスターでございます! ナイマン騎士団長も共に居ます!」


「――ンンンンン」


 無理矢理止めた。

 室内に一人で高笑いを上げる――そんな風に見られたくないし、囁かれたくもないからだ。

 直ぐに息を整え、身だしなみを確認して、問題ないと判断してからベリグ王は「入れ」と入室を許可する。


「失礼致します」


 禿げ頭の六十代の男性――ムスター宰相と、赤の短髪の四十代の男性――ナイマン騎士団長が執務室の中に入る。

 ベリグ王は、執務室に入ってから近付いてくる二人に対してジト目を向けていた。

 それに気付いたムスター宰相は、困惑の表情を浮かべる。


「……えっと、ベリグ陛下。何故、そのような目を私共に向けるのですか? 何かご不興を買うようなことをしましたか?」


「え? そうなのか? ベリグ陛下。何かありましたか?」


「……」


 ベリグ王は答えない。答えられない。

 一人で高笑いをあげるのを誰かに見られたくない、と思っているからこそ、これは秘密のままでなければならないのだ。

 自ら暴露するようなことはしない。

 思わず口を開いて荒げようとする心を抑え、ベリグ王は先を促す。


「……なんでもない。それよりも、何か報告があるのではないか? だからここに来たのだろう? 報告したまえ」


「は、はあ」


 戸惑うムスター宰相だが、ベリグ王が言ったようにここには報告に来たので報告を始める。

 ナイマン騎士団は首を傾げるが、迂闊に触れてベリグ王の不評は買いたくないと口は開かない。


「で、では、改めまして――ブロンディア辺境伯に手を出したジャスマール伯爵ですが、失敗しました。今は嫡子も合わせてブロンディア辺境伯に身柄を押さえられているようです」


「ジャスマール伯爵? ……ああ、確か隣国の使者には印象が悪いだろうと、使い潰してもいいのを送ったところだったな。それが失敗したと?」


「はい。送った者たちも捕まったようです」


「そうか……その者たちから私へと繋がるようなことはないだろうな?」


「大丈夫と思います。そもそも、バレたところで問題ないようにしていますから」


「ならいい。ジャスマール伯爵については残念だった――私の国の貴族として相応しくなかったということだな。ブロンディア辺境伯も、今は放っておけ。サーレンド大国とウルト帝国。どちらと手を組むか決めかねているが、決まればそのまま手を組んだところと協力して潰せばいいだけだからな。ところで、ムスターよ。書面で済むような失敗の報告をわざわざしに来たのか?」


「いいえ、違います。どうやら、そのブロンディア辺境伯のところにジオ・パワードが居るようです。目撃情報がいくつもありましたので間違いないかと」


「ジオ・パワード……出来損ないか……ウルト帝国方面に逃げると思っていたが、ブロンディア辺境伯に匿われていたか。なるほど。案外頭が回るようだ。しかし、そういうことならジオ・パワードを匿っているとして、ブロンディア辺境伯に手を出せるか? 今なら少なからず疲弊しているのだから好機ではないか?」


 ムスター宰相は難しい顔を浮かべる。

 思っていた感触が得られず、ベリグ王も似たような顔を浮かべた。


「どうした? ムスター。何かあるのか?」


「はい。当初は私もジオ・パワードとブロンディア辺境伯が居るヘルーデンに誰かを向かわせる――それこそ、確実性を重視してナイマン騎士団長と騎士団にお願いしようとしたのですが、事を起こすには、今は少々時期が悪くなりまして、ベリグ王に判断していただこうかと、こうして足を運んだのです」


「ナイマンを行かせようといて止めるだけの何かがあるのか?」


「はい。そのためには、ジャスマール伯爵が、何をしたのかを説明しないといけないのですが」


「どういうことだ? 問題があるのなら話せ」


「はい。実は――」


 そうして、一連の流れを聞き、特に禁止魔道具を使って作為的な「魔物大発生(スタンピード)」を起こしていたというのは、ベリグ王にとって頭の痛くなる話だった。

 特に、それで失敗して発覚したというのが――面倒なことをしてくれたものだ、と思う。

 好きにさせてから、そのあとを確認していなかったことを後悔した。

 だが、ベリグ王にとって致命的ではない。


「そうか。一つ確認するが、ジャスマール伯爵の独断ということにできるな?」


「はい。その方向で話が終わるようにしておりますので問題ありません。それで、『魔物大発生(スタンピード)』を乗り越えたヘルーデンに、今代聖女が慰霊に向かうようなので、今は時期が悪いのです」


「聖女か。教会勢力も無視はできないからな。……仕方ない。それで何ができるという訳でもないから、今は諦めておこう。寧ろ、こちらの力を増しておけば、あとでどうとでもできるか。今後は直接的な武力も必要になる。ナイマンも励めよ」


「はい」


「はっ!」


 これで一旦話の区切りはついた、とベリグ王は、執務机の上にある二国からの書面を二人に見せるように前に突き出す。


「それで、ムスター、ナイマンよ。お前たちの意見を聞きたいものがある。サーレンド大国とウルト帝国からというのは一旦忘れ、条件だけで判断するのなら、お前たちならどちらを選ぶ? 参考までに聞きたいだけだから、思うままに答えてくれ」


 ムスター宰相とナイマン騎士団長は一度顔を見合わせて書面を確認して――「「こちらです」」と指し示す。

 綺麗に、別々だった。

 ムスター宰相とナイマン騎士団長が睨み合う。


「おっと、これはこれは。どうやら、ナイマン騎士団長はわかっておられないようですね。宰相として断言しましょう。こちらのこの条件はかなり破格である、と」


「いやいや、それを言うのであれば、ムスター宰相の方でしょう。こちらのこの条件は騎士でなくとも見過ごせませんな」


 互いに譲る気はない、と互いに睨み続けるムスター宰相とナイマン騎士団長。

 その光景を見ながら、ベリグ王が口を開く。


「まあ、待て。二人共。確かに、二人の言い分はどちらも間違っていない。しかし、私はこちらのこれが、こちらはこれが、条件として破格だと思うが?」


「ベリグ陛下の言い分もわかりますが、やはり私としては――」


「ですから、騎士団長として、こっちのこれは見過せないかと――」


 三人の鼻息が荒くなる。

 こちらは――あちらは――と両国が提示した条件の、自分が思ういいところをあげていくだけではなく、時に立場が逆転したりとしながら、三人は白熱した議論を交わす。

 ただ、こういうのが楽しいのだと、三人は自然と笑みを浮かべていた。

ナイマン騎士団長「いや、でも……やはり、こちらの方では?」

ムスター宰相「しかし、あちらも捨てがたい」

ベリグ王「うむうむ。どちらも良し悪しがあって……悩ましい! ………………お主はどう思う?」


作者「どう思うじゃねえよ! ここでやるな!」

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