位置が悪かった
ヘルーデンは「魔物大発生」を乗り越えた。
「――我々は『魔物大発生』というヘルーデンを滅ぼしかねない未曽有の危機を乗り越えた! これからもここで――ヘルーデンで生きる権利を得たのである! しかし、失ったものも多くある! 特に命を失った者のことを考えると私も悲しくなる! だが、今は生きていることを喜ぼうではないか! 我々は、勝ったのだ!」
作戦本部の中央でヘルーデン混成軍を集めたウェインさまがそう宣言して、「魔物大発生」は終息した。
警戒はまだ続けられる。
森から魔物が大量に出てくることはもうないが、少なからず少数ではあるが出てくる可能性があるからだ。
まあ、出てきたとしても、門番が知らせに来て討伐に向かうくらいの時間はあるので、ここで一旦一区切り、という訳である。
しかし、これですべてが終わりという訳ではないのだ。
捕らえている伯爵と嫡子の処遇や、三つの街道の内、通じているのは未だノスタの方だけで、残り二つの方は未だ通じていないので通じさせないといけない。
ヘルーデンの物資も枯渇寸前までいっているらしいので、ここからの復興もある。
戦闘面は落ち着いたと言ってもいいが、内政面はまだまだ落ち着いたとは言えない。
ウェインさまが主動で行っていかないといけないことはまだまだある。
一部は大忙しのままだ。
でもまあ、もうその辺りは俺の出る幕ではないので、俺は俺の方で今後のために動き出さないといけない。
エルフを見つけたのだ。
ただ、見つけた場所を起点にして捜索をしなければならないため、森の中に籠る可能性もあるというかそうなると思うので、色々と準備をしてからとなる。
しかし、今ヘルーデンで物資を得るのは難しいというか、枯渇寸前の状態なので……さすがにそれで集める気はない。
なので、少しの間――状況が多少なりとも改善するまで待つことにした。
―――
「魔物大発生」が終息してから数日が経った。
その間に、俺の周囲にも色々と変化が起こる。
まず、ぐるちゃんはヘルーデンの人たちに受け入れられて、ハルートたちと行動を共にできるようになった。
ハルートと一緒に居られるのが嬉しい、というのが見てわかるくらいにぐるちゃんは喜んでいる。
「一緒に居られるようになって良かったな」
「本当に。こうして町の中でも一緒に居られるようになったのが、俺にとって一番の報酬だよ」
宿屋が同じなのでハルートたちとも話す機会があったが、ハルートは本当に嬉しそうだった。
また、ハルートとぐるちゃんと行動を共にしていたということもあって、シークとサーシャさんも今回の件は人目を多く集めることになった。
さすがに「暗殺夫婦」ということまでは知られていないが、それでも高い戦闘能力を誇る夫婦だということは知れ渡り、こんなに強い人が居るのなら安心だと、ヘルーデンの人たちに受け入れられている――ことに、シークとサーシャさんは戸惑っているようだ。
まあ、その内落ち着くから気にしないように、と言っておいたが、効果があったかどうか……。
そういえば、知れ渡るということで思うことがある。
俺は今回の件の最後の方で、ギフトの力を存分に使い、魔物を一方的に蹂躙するという大暴れを披露してしまった。
つまり、非常に目立ってしまったのである。
これは迂闊にヘルーデン内を出歩けないな、と思ったのだが……。
「アイスラの姐さん、ちーす!」
「あっ、どうも、こんにちは。アイスラさん」
「アイスラ姉さま。ごきげんよう」
ヘルーデン内におけるアイスラの認知度が爆上がりしただけだった。
「……」
アイスラは特に返事はしないが、一礼は返している。
メイドとしての矜持か何かだろう。
それで、俺のことは少しも話題に上がっていない。
いや、遊撃として戦った序盤については、もちろん認知されている。
しかし、最後の方のギフトの力を使って戦った部分に関しては、聞いても「なんの話だ?」と首を傾げられるのだ。
別に、相手が秘密裏にしているとか、口止めをしているとか、そういうことではない。
本当にわかっていないのである。
これはどういうことか? と考えた結果、思い当たることがあった。
それは、最後の方で戦っていた位置である。
ヘルーデンの方から森を見ると、アイスラが居て、その奥に俺が居た。
つまり、アイスラの戦闘の陰で俺が戦っていたのである。
それに、アイスラの動きと、使っていた鋭利な風纏いの剣は人目を引くが、俺のギフトは無色透明なので、遠目から見ればただ剣を振るっているだけにしか見えないだろう。
………………。
………………。
まあ、そういうことだ。
あと、ルルアさまに呼び出された。
……何かやってしまっただろうか? ラウールアとアトレと行動を共にする、という約束を取り消したことだろうか?
わからないが、断るのは悪手であるため、呼び出しに応じるしかない。
辺境伯の城にも行くのは慣れたものなので向かい、門番に話すといつもの執事に出迎えられて案内されて、いつもの部屋でルルアさまと会う。
とりあえず、「ラウールアとアトレと行動を共にするという約束を取り消してすみませんでした」と謝っておいた。
母上に謝る父上を見習って、腰の角度に気を遣う。
浅過ぎず。深過ぎず。
「ああ、その話は別に気にしなくていいわよ。話はウェインとラウールアから、あの時には必要なことだったと聞いているから。二人がそう判断したのなら、私もそれを尊重するわ。それに、ラウールアが精神面で成長できたのはジオのおかげだと思うから、お礼こそすれ怒りはしないわよ」
嘘偽りではないと、ルルアさまの浮かべる笑みは優しいものだった。
ホッと安堵する。
ただ、そうなってくると、どうして呼び出されたのかわからない。
この場にはウェインさまも居ないし、ラウールアとアトレも居ないのだ。
三人のことを聞けば、ウェインさまはここで話ができないくらいに復興ために大忙しで、ラウールアとアトレは今、残る二つの街道を通すために、騎士と兵士の一団を率いて動いているそうだ。
なるほど。その報告と、あるいは何かしらを手伝って欲しいのかもしれない、もしくは今回の件の報酬ですか? と思ったのだが……どれも違った。
いや、正確には、手伝いの方は大丈夫で、報酬の方はまた後日――少なくともウェインさまが落ち着くまでは待って欲しいというのは伝えられる。
それなら何故? と聞けば、なんでも、ルルアさまは「魔物大発生」が起こっている間、つーちゃんにお願いして母上と何度かやり取りしていたそうだ。
ルルアさまによると、母上は「魔物大発生」を作為的に起こした首謀者がジャスマール伯爵だと早々に突き止めたらしい。
ただ、突き止めはしたものの明確な証拠は手に入らず、追及してもしらを切られればどうしようもなかったため、それで断罪まではできなかったそうだ。
母上曰く、時間さえあれば、だそうだが。
だから、母上は「証拠の方はジオに頼んでくれないかしら? ジオならどうにかすると思うから」とルルアさまに伝えていた。
「……証拠。もうあるな」
「そうね。お願いする前にどうにかしてしまうなんて、さすがカルーナの息子ね、という感じだったわ。カルーナにそのことを伝えると『さすがジオね!』と返答があって、それと一緒に手紙一枚分のジオを褒める長文が届いたから、これはジオに渡しておくわね。アイスラに宛てたのもあるわよ」
ルルアさまから手紙を受け取る。
あとで読もう。
アイスラも受け取った。
母上は基本厳しいが、激甘になる時が度々ある。
今回もそれだろう。
証拠については、他の貴族にも色々と手を出していることがわかったため、ルルアさまは母上と今後もやり取りを続けて連携で対応していくそうだ。
それで、何故俺が呼ばれたかというと、報告と手紙を渡すことの他に、俺とアイスラにも母上宛の手紙を書いて欲しい、というものだった。
母上からの強い要望らしい。
きちんと無事なことを知らせるのも大切なことなので、否はなかった。
書いてルルアさまに渡せば、母上とのやり取りの中で一緒に渡してくれるそうなので、早速道具を用意――されていたので、直ぐにアイスラと共に書いてルルアさまに渡しておいた。
―――
ヘルーデンは少しずつ落ち着きを取り戻している。
残り二つの街道も賊によって封鎖されていたそうだが、ラウールアとアトレが率いる騎士、兵士の一団によって封鎖は解除されて、今では三つの街道すべてから、ヘルーデンに補給物資が届いていた。
ラウールアとアトレはそれが終わっても復興の手助けで忙しく、まだまともに話せてはいない。
まあ、その内。それまで元気でいてくれるといいな。
まあ、俺とアイスラもそこまでのんびりとしている訳ではない。
マスター・アッドから依頼されて、時々森の中に入っては魔物を倒しつつ、様子を窺っている。
「魔の領域」である森も、「魔物大発生」の時のような雰囲気はなくなっていた。
これなら森の中に籠ってエルフ捜索が行えるだろう。
少しずつ、そのための準備を始めた。
ジオ「エルフ捜索の準備を始める」
アイスラ「はい」
作者「わかった。何から用意すれば?」
ジオ「まずは、敵ではない。仲間だと思われるように、長い耳を作り物で用意しよう」
作者「え?」
アイスラ「ジオさまの提案に疑問でも?(殺意)」
作者「いえ、ありません!」