好機
とりあえず、もうこの大きな屋敷に用はない。居る意味がない。
なので、まずはここから出ることにした。
もちろん、伯爵と嫡子は連れていく。
既に倒された――無力化された、とわかる目印になるからだ……なるだろうか?
何しろ、今の伯爵と嫡子の顔面は大きく膨れ上がっている。
ラウールアとアトレが殴り続けた結果だ。
これを伯爵と嫡子と判断するのに顔は使えない……服でわかるか。
大丈夫だ。きっと。
ただ、どうやって連れていくか……引き摺ってもいいのだが、引き摺り続けるのも力が要るというか、長時間だと疲れる。
「アイスラ。この二人を乗せられる小さな台車とかある?」
「私は主人の願いを叶えるメイドでございます。アレを使えば問題ありません」
アイスラが指し示したのは、この部屋に居たメイドが使っていたであろう、料理を運ぶ時に使うワゴン。
ワゴンは二段になっていて、今はカップや皿が載せられているが……確かにこれなら伯爵と嫡子を上と下に載せることができるので丁度いい。
カップや皿を除けて、伯爵と嫡子を載せている間に「そういえば、補給物資が手に入る当てはあるのか?」とラウールアに尋ねる。
「問題ないわ。元々一週間ほどは毎日補給物資を送るようにお願いしていた商会があるから、そこに行けば量は確保できているはずよ。邪魔はもう入らないし、いざとなったらブロンディア辺境伯の令嬢として動くから問題ないわ」
ラウールアは自信満々である。
まあ、ノスタはヘルーデンから一番近い大きな町であるし、他領であったとしても付き合いはあるだろうから、ブロンディア辺境伯の名も効果があるのだろう。
商会の場所も知っているそうなので、ラウールアに案内を頼む。
伯爵と嫡子を載せたワゴンは、丁度いいので顔に傷跡のある男性と青い髪の男性に運ばせることにした。
もちろん、顔に傷跡のある男性と青い髪の男性が逃げ出さないように、しっかりと見張っておく。
そして、さあ行くぞ――と部屋から出て屋敷の外へと向かうと、騎士、兵士、メイド、執事など、屋敷内に居た大半の者に襲われた。
もちろん、すべて倒しておいたのだが――。
「……邪魔、入ったな」
「………………」
もう邪魔は入らないと言ったラウールアは、少しばかり頬を紅潮させている。
怒りが少しだけ漏れているが、それは俺に向けたものではなく、襲いかかってきた者たちに対して、襲いかかってきやがって、と相手に向けたものだ。
ただ、襲いかかってくるのは大半であって全員ではない。
襲いかかってこない者も居た。
そういった者は、こちらに道を譲ったり、安心したように息を吐いたりといった行動を取っている。
どういう違いだ? と考えている間に屋敷から出た。
とりあえず、伯爵と嫡子は目に見えるところにあった方がいいだろうと、そのままワゴンに載せて移動されることにして、アイスラには乗ってきた馬車で付いてきてもらう。
さあ、町へ――と思ったところで、屋敷の中から白髪の六十代くらいの男性に出てきて声をかけてきた。
白髪の六十代くらいの男性は、まず自分がノスタの町長であること――ラウールアは知っていたようなので間違いないと教えてくれる――を告げて、伯爵と嫡子を倒してくれて本当に助かった、とお礼を言ってきた。
こちらの時間的余裕はあまりないので簡潔にどういうことか尋ねる。
どうやら町長は伯爵から常日頃色々と無茶な要求――辺境伯の弱みを握れとか、ヘルーデンの内部から破壊工作をしろとか――を言われていたそうで、それは伯爵がこうしてノスタに来てからも変わらないどころかより酷くなって、ヘルーデンへの補給を止めるだけではなく、町民を率いてヘルーデンに向かわせ、味方の振りをして中に入って暴れろ、とまで言ってきたそうだ。
しかし、やはりというか伯爵はヘルーデンの補給物資を止めていたのか。
ノスタに来るまでの途中に居た大勢の賊は、ヘルーデンからどれだけの人数がノスタに確認しに来るかわからないための用心……だけではなく、ヘルーデンが陥落した場合にウェインさまたちが逃げてきたら確保するために、といったところだろうか。
もう無力化したから気にすることではないが。
今は町長の方を気にしよう。
そんな伯爵の相手に、町長は辟易としていた。
いや、町長によれば、それは町長だけではなく、町民も同じように思っているそうだ。
それこそ、前々から伯爵領ではなく辺境伯領にならないか、と真剣に考えるくらいに。
そして、その絶好の好機が訪れた――と町長はこちらに全面的な協力を申し出てくれたので、求められているのが辺境伯領である以上、ここの判断はラウールアに任せる。
「……わかりました。ジャスマール伯爵はもう終わります。致命的な証拠を得ましたから。ノスタを辺境伯領に組み込めるかはまだわかりませんが、少なくともノスタの皆さまにその意思があると父さまに伝えておきます。父さまにとっても知らぬ町ではありませんから、ノスタの皆さまが望むのであれば、父さまは受け入れるでしょう」
「ありがとうございます」
町長が胸のつかえがとれた、と大きく息を吐く。
そのあとに町長が教えてくれた。
俺たちに襲いかかってきたのは伯爵が連れてきた者たちで、襲いかかってこなかったのは元々ノスタに居る者たちだそうだ。
そういうことなら、と今は補給物資をヘルーデンに届けなければいけないので時間はないが、「魔物大発生」が終われば戻ってくるので、それまでの間俺たちが倒した伯爵側の者たちを捕らえておいて欲しい、とお願いする。
「かしこまりっ!」
町長は親指を立てて、意気揚々と屋敷へと戻っていく。
余程嬉しいのだろう、ということが見てわかる。
そのあとの話は早かった。
町長は直ぐに俺たちによって伯爵が嫡子と共に倒されたことを町中に広めてくれたのだ。
証拠は俺たちが運んでいるワゴンに載っているので見れば一発である。
ノスタ全体があっという間に喜びに包まれた。
中には空気を読まずに「伯爵さまを救出しろ」とか言って襲いかかってくる伯爵側の者たちが居たのだが、もちろんしっかりと倒しておく。
倒したのは、ノスタ側と思われる人たちが「ありがとうございます」と回収していった。
町長の指示で、どこかに捕らえておくのだろう。
任せることにした。
そうしている間に、ラウールアの案内で商会に辿り着く。
周囲と比べると建物の大きさが倍以上に大きいので、ノスタで一番の商会だと思う。
ラウールアとアトレが商会の人たちと話をつけ、商会の人たちが証拠であるワゴンに載った伯爵と嫡子を見ると、馬車の確保や補給物資の積み込みといった作業が瞬く間に始まった。
ただ、見た感じだと、いつでも動けるようにとある程度の準備は終えていたようで、これなら思ったよりも早く出発できるかもしれない。
そう思っていると、ラウールアが話しかけてくる。
「商会の代表に聞いてきたけれど、急げば夜中でも出られるそうよ」
「夜中か。俺たちだけなら問題ないが、さすがに大人数での夜の移動は避けた方がいいと思う。この辺りにだって魔物が居るだろうし、それで襲撃を受けて補給物資の数を減らしたくはない」
「私も同意見よ」
なので、馬車で少しばかり仮眠を取ったりとしつつ、夜明け前くらいにはたくさんの馬車と共にノスタを出ると、ヘルーデンを目指して出発する。
ジオ「さあ、行くぞ」
作者「ちょっと待って! 荷物が」
アイスラ「何をしているのです。ジオさまが行くと言ったら何を置いても行くのです」
作者「だから、お土産を買い過ぎてーー良し! 終わった! 行ける!」
ジオ「あっ、待ってくれ。俺も土産を」
アイスラ「待ちましょう。何を行こうとしているのです。待つのです」
作者「だと思った!」