本能的に
伯爵と嫡子の言葉が本当に許せないのだろう。
ラウールアとアトレが浮かべる表情は凄惨な笑みだった。
だから、キレているのがわかる。
ここに来るまでの間にも怒りを溜めていたのに、ウェインさまとルルアさまのことを言われて歯止めが効かなくなった――といったところだろうか。
溢れる怒りで止められず、我を忘れている感じがする。
だから、「なんだその拳は? 手を出せばどうなるかわかるだろうな?」とか、「揉め事を大きくしてもいいのだぞ?」や、「お前は知らないだろうが貴族としての戦い方で不幸にして終わらせてやるぞ」といった伯爵の言葉や――。
共に喚いた、「もう僕のものなのに、その拳はなんだ?」に、「わかっていないのなら教えてやるが、もう詰んだんだよ。僕のものにならなければブロンディア辺境伯家は終わりだよ?」だったり、「どうしても僕の気持ちを受け入れないというのなら奴隷として扱うしかなくなるよ?」といった嫡子の言葉があったのだが――。
おそらく、ラウールアとアトレの耳には一つも届いていないだろう。
でなければ、「「――ひつ! ぐつ! ゆ、許して――もう許ひて――悪かったです――だから――もう、止め――た、助け――」」と、伯爵と嫡子が泣きながら謝ってきたところで、ラウールアとアトレの拳による制裁は一旦止めて、話を聞いてやっぱり駄目だな、と再開しているはずだからだ。
……うん。そう。止まることなく今も続いている。
伯爵も嫡子も顔の形が変わるくらいまで殴られているが、それでも止まりそうにない。
余程――だったのだろう。
まあ、止めるつもりはない。
殺すつもりはないというか、そう簡単に殺してやるつもりはない、というのがわかるし、好きなようにやればいいと思う。
多分、自分たちでやるのではなく、あとでウェインさまに突き出して――とか考えて……考えているだろうか?
殴り続ける姿からは想像できないので……多分、本能的に、だと思う。
もちろん、俺とアイスラもただ見ているだけではない。
この場に居るのは自分たち以外――一部例外として、顔に傷跡のある男性と青い髪の男性――敵なのだ。
ラウールアとアトレが伯爵と嫡子に手を出そうとした時点で、まず室内に居た十数人の騎士と兵士が一斉に動いたのだが、俺とアイスラで即座に立ち塞がって戦ったのだが――全員大して強くなったので即座に倒し切った。
すると、今度はメイド二人がスカートをたくし上げようとするのが見える。
暗器の類か? と思った瞬間――。
「メイドの生足を見せてジオさまを誘惑しようとする悪いメイドは誅殺を覚悟しなさい! ……ボソッ(ジオさまが誘惑されていいメイドの生足は私のだけです)」
アイスラが目にも止まらぬ速度でメイド二人を叩きのめした。
メイドの生足で誘惑とは………………? 首を傾げる。
残るは、目付きの鋭い老齢の執事だが……こちらを見ていない。ラウールアとアトレにやられている伯爵と嫡子も見ていない。目付きの鋭い老齢の執事が見ているのは、部屋の奥にある大きな机……の上に置かれている――。
「……箱?」
俺の呟きに目付きの鋭い老齢の執事が反応して、部屋の奥にある机に向かって駆け出した。
狙いは机の上の箱のようだが、その動きは俺やアイスラからすれば緩慢だ。
「アイスラ、止め」
るぞ、と駆け出そうとしたのだが、アイスラがメイドの一人を投げ飛ばして、目付きの鋭い老齢の執事は避けることもできずにぶつかって、そのまま壁まで叩き付けられて倒れた。
さすが、とアイスラに向けて親指を立てる。
アイスラは優雅に一礼した。
とりあえず、これで室内は無力化できたので、こちらの行動を邪魔する者は居ない。
顔に傷跡のある男性と青い髪の男性は部屋の隅で震えているだけなので気にしなくていいだろう。
奥にある机へと向かって、目付きの鋭い老齢の執事が気にして取ろうとしていた箱を手に取った。
箱に厚みはないが、縦横の長さはそれなりにある。
……書類とかが入りそうだな。と思ったのは多分間違いではない。
開けようとしたが施錠されている。
チラリと見るが、ラウールアとアトレはまだ正常には戻っておらず、伯爵と嫡子はその相手で忙しそうだった。
……仕方ない。
剣を使って、箱の端の方をスパッと斬った。
それで中が開けられるようになったので、中を確認する。
………………。
………………。
なるほど。どうやら、伯爵は自らの秘密というか、悪事の証拠となるようなものを自分で持っておきたい――目に見えるところに置いておきたい人なのかもしれない。
箱の中にあったのは、禁止魔道具を用いて魔物を誘導することによって作為的な「魔物大発生」を起こしてのヘルーデン襲撃計画書や、多くの貴族の弱みが記された紙束が入っていた。
ヘルーデン襲撃計画書は……まあ、手順まで詳細に書かれているし、明確な証拠となるのは間違いない。
伯爵は貴族としての戦い方で終わらせるとか言っていたが、これが発覚すれば貴族ではなくなるだろう。
仮に、伯爵が秘密裏に新王の協力を得て行ったことだとしても、これが公になれば、新王は関係性を否定するどころか、寧ろ伯爵を断罪しようとしてくるからだ。
何しろ、国内に、故意に、大きな危険を起こしたのである。
発覚すれば、自国内だけではなく他国からも追及されるのは明白で、新王がそれを良しとはしないだろうから、伯爵が単独で動いたことにして事態の収拾を図るだろうから……このヘルーデン襲撃計画書がこちらの手に渡った時点で、伯爵はもう終わりだ。
貴族の弱みの方については――貴族の家名で誰がどこの、とかはよく知らないけれど、伯爵は近隣貴族を取り纏めているというが、このようなことをする伯爵に近隣貴族全員が大人しく従っているとは到底思えないので、その辺りを抑えるためのものだと思われる。
とりあえず、ヘルーデン襲撃計画書と合わせてこれも回収しておいて、あとでウェインさまに纏めて渡しておこう。
となると、これ以上余計なことをされないように、伯爵と嫡子は捕らえてここに……いや、連れて行った方が話は早いか? ……早いな。
二人なら、補給物資と一緒に連れていける。
目付きの鋭い老齢の執事とか伯爵側の人たちは……ラウールアに言ってブロンディア辺境伯の名の下に捕らえておいてもらえばいいか。
もし逃げ出しても明るい未来はないだろうし。
あとは、補給物資の確保だな。
そろそろ次へと動こうとラウールアへ声をかける。
「ラウールア。そろそろいいか?」
「え? ……はっ!」
ラウールアが胸倉を掴んでいる伯爵を見て、自分の拳を見て――驚きの表情を浮かべる。
どうやら、本能的に動いていると思ったのは間違いではなかったようだ。
ラウールアの動きが止まったのを見て、アトレも拳を止めて、嫡子の胸倉を掴んでいた手を放す。
……なんだろう。アトレの怒りは本物だと思うが、本能的ではなく意識的にやっていたような気がする。
それはそれで怖い。
「……どうしよう。先に手を出してしまったわ。先に証拠を押さえてからじゃないといけないのに」
「大丈夫だ。もう押さえた」
ラウールアに手に入れた紙束を見せる。
「そう。なら、もう一発」
ラウールアが伯爵に一発入れて床に叩き付ける。
伯爵から声は漏れなかったがピクピクしているので、ラウールアが口にしたように生きてはいるようだ。
さて。補給物資を確保して、ヘルーデンに戻ろう。
作者「メイド……生足……いや、タイツも……うう……」
ジオ「あれ、どうしたの?」
アイスラ「ジオさまは気にしなくても大丈夫です。人によっては譲れないものがある。それだけのことでございます」