無双
本日の二話目です。
町中なのに、諍い――というか既に戦闘を行っている集団が居た。
人数の多い方が、人数の少ない方を逃がさないように取り囲んで襲いかかっているようだ。
あと、人数の多い方は全員荒くれ者のように見える。
警備兵の姿がないのは戦闘が始まったばかりだからか、それとも別の理由があるのだろうか?
ただ、何にしても警備兵が現れるのなら早い方がいいと思う。
荒くれ者たちからは、曲がりなりにも殺気のようなモノが感じられるからだ。
そういうの、俺わかる。
パワード家の人間なら、それくらい嗜みだ。
ともかく、このままだと、人数が少ない方は荒くれ者たちに殺されかねない。
時間の問題だ。
――と、そこで、荒くれ者たちの隙間から、人数が少ない方の人たちの顔が見えて、その中に知っている人物が居た。
「アイスラ」
「……はい。どうかしましたか?」
答えるアイスラは、まだ寝不足気味な部分が抜けていない。
「まだ眠いのなら、少し体を動かして目を覚ますといい」
「それはどういう……はっ! まさか、こんなところで? こんな公衆の面前で私をお求めに? まさか、ジオさまにそのような趣味があるとは……ですが、それはまるで私がジオさまの所有物であると示すようで……悪くありません。ええ、悪くあり」
「アイスラ? どうした? ブツブツと? 眠気が強いのか?」
「はっ! な、なんでもありません! ええ、はい。なんでもありませんとも! 体を動かすですね! えっと……ああ、あの集団ですか。朝から元気なことですね。それに、囲まれている方の人物はジネス商会の三代目ですね」
「ああ。王家だけではなく家も利用しているし、助けておいた方がいいと思う。……俺が行こうか?」
「……ジオさま。ご当主さまとの約束をお忘れですか?」
「一応提案しただけだ。なら、アイスラに任せても大丈夫だな?」
「はい。問題ありません。お任せいただければ、直ぐにでも片付けてきます」
「なら、任せた」
アイスラが駆ける。
勢いそのままに荒くれ者たちの上を軽々と飛び越えて、囲いの中に降り立つ――のが見えた。
「主の命により、只今より状況に介入致します」
そんな宣言のようなモノがアイスラから聞こえたかと思えば、荒くれ者たちの一人が空中に浮き上がったかと思えば地上に落ちていく。
それはまるで翼をもがれた天使が落ちていく……いや、これはさすがに失礼だな。
いくらなんでも天使と荒くれを同じように扱ってはいけない。
ともかく、俺の位置からは見えなかったが、アイスラが近場の一人を殴りか蹴り飛ばしたのだろう。
まあ、パワード家のメイドなら、それくらいできて普通だ。
その証拠に、また一人荒くれ者が飛んでいった。
飛んでいくのになんとなく勢いが感じられる。
もしかすると、アイスラは張り切っているのかもしれない。
「う、うわあー!」
「な、なんだこのメイドは!」
「攻撃が当たらぶべらっ!」
荒くれ者たちは次々と飛ばされ倒れていく。
どうやらアイスラに対抗できる者は居ないようだ。
まあ、それは仕方ない。
何しろ、アイスラの強さは、ルルム国最強がなんでもありなら自分と匹敵すると認めているくらいだ。
……しかし、アイスラがあんなに張り切る要素、あっただろうか?
わからないので首を傾げる。
「フフフ! 丁度良い時に現れてくれました! 勝手に期待したこととはいえ、溜まるモノもあります! 発散させていただきますよ!」
聞こえる距離だとは思うが、荒くれ者を飛ばし倒すアイスラの打撃音が大きくて、ところどころしか聞こえない。
溜まる? 発散? ………………ここまで強行だったし、眠気かな? 宿屋に一晩では眠り足りなかったのかもしれない。
もしそうなら申し訳ないことをしていることになる……けれど、少なくとも目的地に着くまで強行する場合もあるから我慢してもらうしかないので、着いたらまずはしっかりと休んでもらおうかな。
とりあえず、無理させているのならごめん、と心の中で謝っておく。
「それに、あなたたちが荒くれだと見た目でわかるのもいいですよ! どれだけ痛めつけても罪悪感を抱かないのですから!」
「「「そんな無茶苦茶な!」」」
何やら荒くれ者たちが悲痛に叫んでいる。
理由はわからないが、アイスラが何か言ったのだろうか?
……まあ、荒くれ者たちが相手だし、いいか。
「〇〇〇しても大丈夫ですし、×××だって問題ありませんし、□□□でも何も問題にならないなんて……鬱憤を晴らすのに丁度良い相手です!」
「「「ひ、ひいいいいい……!」」」
荒くれ者たちが恐怖しているように見えるが……まあ、いいか。見守っておこう。
そんなアイスラの無双に呼応してか、人数が少ない方――ジネス商会の三代目……なんだっけ。基本的に父上か兄上が対応していて、数度しか会っていないから……ああ、思い出した。キンドさん。そのキンドさん側と思われる人たちも動き始めた。
いや、正確にはキンドさんともう一人は動いていないが、その周囲の武装している真面目そうな人たちは、ここが好機だと言わんばかりに荒くれ者たちに襲いかかって倒していっている。多分、あれはキンドさんの護衛だな。
状況は決した。
荒くれ者たちにアイスラをどうこうはできない。
一方的に倒されるだけで、そこにキンドさんの護衛も加わっているため、全滅は時間の問題だろう。
逃げ出す荒くれ者も居るには居るが、アイスラが直ぐに回り込んで倒している。
そんな感じなので、荒くれ者たちの囲みは直ぐに解け――キンドさんが俺に気付いて「あっ!」という表情を浮かべた。
会釈されたので、俺もしておく。
キンドさんは俺がこの場に居ることで大体の事情――メイドがどこから現れたのかを察したようで、身振り手振りだけで「凄いですね。さすがはパワード家のメイドです」と伝えてきた。
……「これくらいはできないと」と身振り手振りで返しておく。
アイスラ「さて、ここでもストレス発散をしますか」
作者「………………(ダッ! と逃亡)」
アイスラ「(ダッ! と追跡)」