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作者: ひんやりミカン

【プロローグ】


「ごめんな。でも、行かないといけないんだ。」


 ささやくように優しい言葉が聞こえる。


「・・・・・・大好きだよ。私の大切な…」


 どこか哀しみを帯びた声が聞こえる。


「必ず帰ってくるから。その日までどうか幸せに・・・」


 その言葉を最後に私の意識は途切れてしまった。


 …………………………


ジリリリリリリ。


大きな音に私は飛び起きた。


目覚まし時計が朝の7時を告げている。


カーテンの隙間から日の光が漏れて、部屋を明るく照らす。


どうやら今日はいい天気らしい。


急いで身支度をして、食事もそこそこに家を出た。


気持ちのいい風が頬にあたる。


今日は待ちに待った日だ。


緊張感もあって嫌な夢を見てしまった。


昔からそうだ。


何か不安なことがあると決まって悪夢を見るのだ。


でも、不安になんて負けていられない。


だって今日は・・・


全てが始まった日なんだから。


【1話】


駅のホームを出る。


10年ぶりに見る故郷の景色は幼いころとはまた違って見える。


「懐かしいな。あんまり変わってないや。」


高校に進学を期に10年振りに故郷に帰ってくることになった。


幼い頃両親を事故でなくして以来、田舎の祖父母の所で暮らしていた。


しかし、いつまでも祖父母に甘えていられないと思い帰ってくることにした。


幸い両親と暮らしていた家が今も変わらずある。


僕が祖父母の家に行った後も近所の人がいつ帰ってきてもいい様にと管理をしてくれていたらしい。


再びこの街に帰ってこられたのは近所の人たちの支えと祖父母が面倒を見てくれたおかげだ。


「まさか、帰ってこられるなんて思ってもいなかったし。今度きちんとお礼がしたいな。」


取り敢えず今日は家に山積みになっているであろう荷物と戦わなければならない。


何せ家の中には何にもないので、家具やら家電やらを色々送ってあるのだ。


「早く帰って整理したいなあ。今日中に片づけられるかなあ。」


そんな事を考えながら家に向かって歩いていると公園の前を通りかかった。


その時公園の中にいる女性に目が留まった。


端正な顔立ちでとても綺麗だ。


誰かと話をしているらしいが相手は木に隠れてしまって見えない。


長々と見ては失礼と思い、立ち去ろうとしたが、何故か気になって仕方がない。


知り合いではないと思うが、どこかで会ったことがある気がしたのだ。


「何でこんなに気になるんだろう?子供のころの知り合いかな?」


10年前の知り合いだろうか?


だとしてもほとんど覚えていないのに、成長した姿が見たことあるとは思えない。


公園にいる女性は僕よりも少し年上だろうか、大人っぽい雰囲気を感じる。


単純に彼女に見とれているだけだろうか?


そんなような独り言をぶつぶつ言いながら、彼女が知り合いの誰かじゃないかと考えを巡らせていると、「それは誰のことかしら?」と不意に背後から話しかけられた。


不意を突かれたので、思わず「うわっ」っと情けない声を出してしまった。


声のした方に顔を向けると先程公園にいた女性がこちらを見ていた。


「うわって…驚くことないでしょう。あなたが私に熱い視線を送っていたから気になって声を掛けたっていうのに。」


しまった。気づかれていたのか。


見ていたことを知られたことによる恥ずかしさで今にもここを立ち去りたい。


どうしよう・・・咄嗟の言い訳とか苦手だしなあ。


嘘をついてやりすごそうにも、余計にぼろが出ると踏んで正直に話すことにした。


「ええと、実は・・・誰か知り合いに似ている気がして。」


「それだけ?他に何かあるんじゃないの?」


「そ、それだけですよ。」


「ふーん。まあ、そういうことにしてあげる。あなた名前はなんていうの?」


「ぼ、僕は西条赤也って言います。」


あ、フルネームで言ってしまった。


迂闊だった。何を馬鹿正直に名乗っているんだ。


「アカヤ・・・・・・」


だが、彼女からそんな感じはしなかった。


何でか僕の名前が気になるらしく、何度か僕の名前をつぶやいていた。


「よろしくね。えっと・・・アカヤ。私はカリン。夏に鈴って書くの。」


「夏に鈴で夏鈴さん・・・、涼し気で素敵な名前ですね。」


「そうでしょ。やっぱりそう思うわよね。きっと・・・センスがあるのね。」


夏鈴さんは一瞬僕の顔をじっと見ていた。


その表情はどこか寂しそうに見えた。


「まあ、いいわ。私、普段近くのカフェにいる事が多いの。公園を出てすぐ近くのカフェよ。知ってる?」


「カフェ?」


そんなのあったっけ?


この街を出て、10年経っているので、新しくできたのだろうか?


兎にも角にも思い出せない。


「いえ、ちょっとわからないですね。10年ぶりに帰って来たもので。」


「道理でね。荷物随分重そうじゃない?」


彼女が僕の荷物に視線を向ける。


確かに重い。


リュックサックにボストンバッグに旅行用のカートを引いているのだ。


おばあちゃんが持たせてくれた荷物が僕の荷物の数倍以上あったので、こんなに多くなってしまったのだ。


宅急便で送ればよかったと今更ながら後悔している。


「ええ、結構重いんですよ。なので早く家に帰りたいのですが・・・」


「む!人のことをいやらしい目で見ておいて、先に帰りたいなんて言うのはあんまりなんじゃない?」


「そ、そんな目で見ていないですよ!」


「そうかしら?まあいいわ。今度近くのカフェ、「アーバレスト」っていうんだけど、ご馳走してあげるからいらっしゃいな。というか、来なかったら、西条っていう家を片っ端から調べて、家に行ってあげようかしらね。」


ああ、僕はどうやらとんでもない女性に見とれていたらしい。


「・・・分かりました。それじゃ今度ご馳走になります。」


「よろしい。それじゃまたね。赤也君。」


そういうと夏鈴さんは上機嫌に去っていった。


「・・・やっぱり見たことある気がするんだよなあ。」


しかし、何だか強引な人だったな。


緊張が抜けてどっと疲れがきた。


力尽きる前に急いで帰ろう。


10年ぶりの我が家に・・・。




「10年ぶりか…。」


久しぶりの実家は想像以上に綺麗に残っていた。


流石に少しはくたびれているのかと思ったが、そんなことは無かった。


「こんなに綺麗にしていてくれたなんて。」


家の前を見回すと子供の頃の記憶が少しずつよみがえってくる。


母親と花を育てた花壇。


父親と遊んだブランコ。


飼っていたインコが死んで作ったお墓。


全てがあの当時のままだ。


なんだか遠い昔のように思えていたことが、昨日のことのように感じられる。


昔を懐かしむのはまた後だ。


「さあ、荷解きをしないとね。」


引っ越しの荷物はかなり多い、お昼前とはいえ、それでも今からやらないと夜遅くまで掛かってしまう。


家のドアに手を掛ける。


その時・・・


「赤也・・・?」


「え?」


不意に話しかけられて、情けない返事をしてしまった。


そこにいたのは僕と同じくらいの身長の女の子だった。


「えっと・・・」


僕が言葉に詰まっていると、「私のこと覚えてない?隣の家の優香里よ」。


「優香里・・・?」


聞き覚えがある。


えーと、誰だったっけ?


「もしかして、覚えてないの?隣に住んでる幼馴染みの優香里よ!」


優香理・・・、優香理・・・。


「あ、思い出した!良くいろんな所に一緒に遊びに言った覚えがある。」


「そうよ。良かった。思い出してくれて。今日帰ってくるって聞いていたから待っていたの。」


「そ、そうだったんだ。ありがとう。」


「気にしないで。もっとゆっくり女の子とイチャイチャしてくればよかったのに。」


「え・・・!見てたの?」


「え・・・?本当なの?」


し、しまった!自滅した。


「い、いや、話しかけられただけだよ。」


僕はなぜか言い訳をしないといけないように感じて、ついそう言っていた。


「ふーん、そうなの。…まあ、いいわ。これ家の鍵ね。」


彼女から家の鍵を受け取った。


考えてみれば、家の鍵もないのにどうやって家に入ろうとしていたんだ僕は。


「ありがとう。改めて明日お礼を言いに行くよ。おじさんとおばさんに伝えておいてくれる?」


「わかった。伝えておくね。それじゃ、また明日。」


「うん・・・。明日?」


「引っ越しの荷物の整理があるんでしょ?今日中には全部終わらないでしょ。明日手伝いに行くから起きててね。」


「え・・ちょっと。」


そういうと彼女は家に向かって行ってしまった。


その時、何だか違和感を感じた。


彼女の去る後ろ姿に既視感があったのだ。


「今日はデジャブをよく感じる日だな。」


そんなことより10年ぶりに帰ってきたのだ。


「ただいま。父さん・母さん。10年ぶりに帰ってきたよ。長く家を空けてごめん。」。


玄関に入ると不意に背中を温かい風が通り抜ける。


10年ぶりに帰って来て両親が温かく迎え入れてくれている…そんな感じがした。


……………………


「もう、後には戻れない。覚悟を決めないと・・・。」


言葉とは裏腹に体は震えている。


「上手くできるかな・・・?」


不安で震えるその手の中で、古ぼけたお守りが光っていた。


【2章】


次の日、朝早くにインターホンが鳴った。


昨日は夜遅くまで荷解きをしていたので、まだ眠い。


「う、うーん。誰だろう?こんな朝早くに・・・」


僕は眠い身体を起こして、玄関のドアまで行った。


鍵を外すと・・・


「おはよう、赤也。ちゃんと起きてたわね。」


「ゆ、優香里!」


優香里だった。


手伝いに来るとは聞いていたけど、まだ朝の6時半だ。


いくら何でも早すぎる。


「朝ごはんを作りに来たのよ。頼まれてたからね。」


頼まれてた?


「・・・誰に?」


「誰って、赤也のおじいちゃんとおばあちゃんよ。もうじき赤也が帰るから、何かあったらお願いねって。」


「おじいちゃん、おばあちゃんが・・・?何で僕に言ってくれないんだ。」


「まあ、そんなことはいいじゃない。お腹すいているでしょう?チャチャっと朝ごはん作るね。目覚ましのシャワーでも浴びてきたら?」


そういうと僕に反論の隙も与えず、彼女はすたすたと家の中に消えていった。


「・・・二度寝はできそうにないな。」


諦めて目覚めのシャワーを浴びることにした。


驚いたことに、シャワー室にはバスタオルと着替えが置いてあった。


「着替えとタオル置いておいたから。シャワー浴びたら、リビングに来てね。」


・・・どっちが家主か分からないな。


・・・・・・・。


あれ?


そういえば、優香里はどこから僕の着替えを持ってきたんだ?


それから、シャワーを浴びてリビングに行くと、朝ごはんを作った優香里が待っていた。


「朝ごはんできてるよ。さあ、食べましょう!」


机の上にはライ麦パンのトーストと美味しそうな青のジャム、とろとろのスープに色とりどりのサラダ、そして新鮮な色で僕を誘惑するローストビーフがあった。


「優香里。とても美味しそうだ。優香理の家はお金持ちなんだね。」


「何言ってるの赤也?」


「だってこんな豪勢な朝御飯見たこと無いよ。」


「安心して、今回は特別よ。それに食材費は赤也の口座から払っているから。」


「な、なんだって!」


「冗談よ。赤也のおじいちゃんとおばあちゃんが事前に送ってくれた食材を使ったのよ。日持ちしないから早めに使っちゃおうと思ってね。いつもこんな豪勢にしていたら、幾らあっても足りないわよ。」


「そ、そうだよね。良かった。」


安心した。別に彼女の金銭感覚がおかしいわけではないらしい。


・・・それにしても、おじいちゃんとおばあちゃんはどうして僕に何も言っておいてくれないのだろうか?


まあ、いいや。


ご馳走を見ていたら、我慢ができなくなってしまった。


ひとまずお腹がすいたので、朝食を食べるとしよう。


「いただきます。」


「どうぞ、召し上がれ。」


「・・・うん。とってもおいしいよ。優香理、ありがとう。」


「どういたしまして。こんなことでいいなら全然やるからね。困ったら言ってよ。」


「うん。助かるよ。でも、優香理に頼ってばかりいられないから、どうしても困ったときは助けを・・・」


「駄目!困ったら、私に頼ること。良いわね!人に頼ることは悪いことじゃないんだから。それに頼られるとうれしい人もいるの。わかったら、私をどんどん頼ること。いい?」


「え、あ・・・・うん。ありがとう。」


一体何をそんなに意地になっているんだ優香理は。


その後ものんびりと食事を続けていた僕たちは優香理の言った一言で、一気に緊張感のある雰囲気に変わった。


「そういえば、一つ聞いておきたいことがあったの。」


「聞いておきたいこと?」


「10年前の事故のこと。」


「・・・・・・・・・」


「ごめん、聞かれたくなかったよね。」


「・・・大丈夫。それよりも、どうして?10年前の事故なんて。」


「実は10年前の事故の日の原因を知っているという人がいるの。」


「え?事故の原因を知っている人。どこに?その人は今どこにいるの?」


 僕はとっさに大きな声を出してしまった。


「そ、その人はカフェにいるわ。アーバレストっていうの。」


「アーバレスト・・・?どこかで聞いたような。」


そうだ、昨日夏鈴さんがいると言っていたカフェだ。


夏鈴さんに聞けば何かわかるかもしれない。


「その人の特徴は?どんな人なの?」


「女性よ。名前は良く分からないわ。噂に聞いただけだから。」


「わかった。ありがとう。」


その後はずっと事故のことを思い返していた。


ようやく・・・事故のことを知ることができる。


ずっと、ずっと、ずっと、知りたかった。


事故のことを・・・どうしてあの悲劇が起きたのかを・・・。


事故の原因は10年経った今でも不明とされているのだ。


・・・・・・・・


「やっぱりそうか。そりゃそうだよね。」


…どんな反応をするんだろう?


【3章】


次の日早速、【アーバレスト】というカフェに来た。


本当は昨日来たかったのだけれど、引っ越しの荷物を開けるのに手間取ってしまったのだ。


結局優香里に手伝ってもらっても、丸一日掛かってしまったのだ。


僕はドキドキしながら、ドアを開けて店に入る。


店内は落ち着いた雰囲気の優雅なカフェといった感じだ。


コーヒーの良い香りとジャズだろうか?洒落た音楽が流れていて、とても落ち着く。


「お好きな席にどうぞ。」と言われたので、とりあえず空いている席を探していると・・・


「あ、赤也君じゃない。こっちこっち。」


「え?」


不意に名前を呼ばれたので、驚いた僕は声のする方を見た。


夏鈴さんだ。


「先日はどうも。」


そういいながら、夏鈴さんの所に行く。


「ちゃんと来たわね。偉いわ。私が奢ってあげるから好きなものを飲んでいいわよ。」


 夏鈴さんに会いに来たわけではないが、正直に言うとかえって面倒になりそうなので、


「ありがとうございます。」


とお礼を言って席に着いた。


そして、ふと疑問に思ったことを口に出した。


「本当に毎日来ているんですか?」


「ええ、そうよ。何?暇人って思った?」


「え?いや、いつも同じ場所だと流石に飽きるんじゃないかなって。」


「うーん、確かにね。でも、この場所はお気に入りの店だから。思い入れがあるのよ。」


毎日通いたくなるほどの思い入れか・・・。


よっぽど好きなんだろうな。


「夏鈴さん。ちょっと聞きたいことがあるんですけど。」


「うん?何かしら?私に答えられることなら幾らでもいいわよ。」


毎日来ていると言っているから、あの事故の犯人のことを知っているかもしれない。


「実は、とある事故のことを調べているんです。」


「事故・・・?」


「ええ、その事故というのは10年前にミールモールで起きた事故なんですけど、ご存じでしょうか?」


「確か、暴走した車が家族を跳ね飛ばしてしまった事故よね。」


「そうです。その時の関係者がこの店に通っているっていう噂を聞いたのですが、何か知っていることなどないですか?どんな些細なことでもいいんです。」


「・・・一つ聞いてもいい?知ってどうするの?」


「僕は・・・あの事故の被害者なんです。だから、どうして事故が起きたのかその真相を知りたいんです。」


「そう・・・あなたはあの事故の被害者なのね。それは事故の真相を聞きたくもなるか。」


「はい。」


「お節介かもしれないけど、過去のことにこだわるのは辞めて今あることに集中したらどう?あなたは事故の被害者で、事故の真相を追求したくなる気持ちもわかる。だけど、真相を知ったからといって、何も変わらないでしょ?知らない方が良いこともあるしね。」


「それは・・・被害者ではないから、そんなことを言えるんですよ!当事者の僕にはどうして事故が起きたのか知る権利があります。両親は何のために死んでしまったのか。僕がこれまで・・・。いえ、なんでもないです。兎に角お願いします。知っていることは何でもいいんです。教えてください!」


「・・・分かったわ。そこまで言うなら教えてあげるわ。」


 事故の真相・・・。あの日一体何があったのか。まさかこんな形で知ることができるなんて。


「結論から言うわね。事故の原因はある少女を助けるため・・・」


「ある少女を助ける?」


「順を追って説明するわね。まず・・・」


「ちょ、ちょっと待ってください!どうして夏鈴さんが真相を知っているんですか?事故を起こした方と知り合いなんですか?」


「それは言えないわ。」


「言えない?どうしてですか?」


「そこまでは範囲外よ。事故のことは話しても、私のプライベートには踏み込んでほしくないわ。それよりも、聞きたいの?聞きたくないの?」


彼女がどうして事故のことを知っているのかわからないし、彼女の話すことが本当のことかどうかはわからないけれど、とりあえず聞きたい。


「お願いします。」


「女の子を助けるっていうところまで話したわね。事故のあった日、事故を起こした車の前に突然女の子が飛び出してきたの。運転手は慌ててハンドルを切ったそうよ。ギリギリ女の子は引かれずに済んだけど、その際に車をぶつけてしまってね。車のブレーキが故障してしまったの。故障した車は止まることなく、そこから少し離れた場所にいた家族に向かって走って行った。後はアカヤ君の方が詳しいんじゃないかしら?」


「・・・・・・・・・。」


女の子を助けるために・・・運転手は僕の家族を引いたのか。


「どう?満足した?」


「いえ、いくつか疑問があります。運転手は女の子を避けた後、どうしてハンドルを切らなかったんですか?そうすれば、事故は起きなかったはずなのに。」


「ハンドルは切っていたと思うわよ。だからこそ、女の子の居たところから少し離れた場所で事故は起きたのよ。」


「・・・どうして、どうして事故を起こした人の肩を持つんですか!悪いのは事故を起こした人でしょう!?」


「別に肩を持っているつもりはないわよ。事実を言っているの。…もうここまでにしましょう。今のあなたは冷静じゃないわ。とても落ち着いて話をすることはできないから。」


「親を殺した人のことを聞いているんですよ。どうしてまともな精神状態で訊けるっていうんですか!?あの事故のせいで・・・事故のせいで僕の人生は歪んでしまったんだ。」


「・・・。もう帰りなさい。これ以上話してもあなたは何も受け入れられないでしょう?」


「待ってください。まだ、話は・・・」


「いい加減にして!!あなたはどれだけ自分勝手なことを言っているのかわからないの?いつまで子供のように甘えているつもり?私は善意であなたに事故の話をした。なのにあなたは自分の不満を私にぶつけているだけじゃない。・・・金輪際ここには来ないでね。あなたが居ると不愉快だわ。」


「・・・・・・・ごちそうさまでした。」


僕はそのまま店を出た。


僕が悪い・・・・・?


どうして・・?


犯人の肩を持つ、彼女が悪いじゃないか。


犯人は事故を起こして、僕の両親を殺した。


その時点で犯人には人権なんてない。


人の命を奪っておいて、擁護されることはないし、守られる権利はないだろうと僕は思う。


行き過ぎた意見だと捉えられることもあるだろう。


でも、事故の後も残された人の人生は続いていくのだ。


どんなに望んでも両親との時間は帰ってこない。


だからこそ許せないし、どうしてあんな事故が起きたのか知りたかった。


・・・でも、彼女には何の咎もないのに当たってしまったのはまずかった。


今度…謝りに行こう。来るなって言われたけど、謝罪だけはしよう。


僕は店をあとにすると家に向かって歩き始めた・・・・。


……

 

「大分混乱しているみたいね。今の彼じゃ真実は受け止められないし、見つけることはできないわね。」


やれやれと少し髪をかき上げると席を立って、店を後にする。


手にボロボロになったお守りを握りながら。


【4章】


転校の手続きが無事に終わって、学校に通うようになってから、1か月ほど経った。


相変わらず僕は人と上手く関係性を築くことが出来ない。


しかし、孤立することはなかった。


優香理が一緒にいてくれたからだ。僕が上手く周りと接することが出来ないでいると助け船を出してくれたり、きっかけを作ってくれる。


どうしてここまで気を遣ってくれるのかはわからないが、僕にとってはとても有難いことなので、特には詮索はしなかった。


「そういえば、カフェは…どうだった?何か事故のことは聞けた?」


優香理が気を遣った感じで訊いてくる。


先日のカフェのことは正直思い出したくなかったので、適当に流すことにした。


「いや、聞けなかったよ。」


「そっか。ごめんね、無駄足にさせたみたいで。」


「そんなことないよ。初めて行くカフェだったし、楽しめたよ。」


心にもないことをさらっと言う自分が恐ろしい。


いつからだろう?こんなにも自然に嘘をつくことが出来るようになったのは。


「なら、良かった。・・・ねえ、アカヤ。今日の放課後暇?」


「何かあるの?」


「一緒に買い物に付き合ってくれない?」


買い物か・・・、面倒だけどいつも色々やってくれるし、断るのは悪いよね。


「いいよ。行こう。」


「ありがとう。準備が出来たらアカヤの家に行くから、行けるようにしておいてね。」


「わかった。」


・・・・放課後、家に帰ってシャワーを浴びて着替えをしていた。


「買い物か。どこに行くんだろうか?」


誰かと一緒に買い物に行くのは実に10年ぶりだ。


あの事故以来、誰かと一緒に行動するのが怖くなり、常に一人で行動していた。


それが孤立の原因の一つでもあることはわかっているのだけど…。


ピンポーン


優香里が来たみたいだ。


「アカヤ、準備できてる?」


「うん。行こうか。」


優香里と一緒に来たのはブランドの店舗が並ぶアウトレットモールだった。


「ずっと来てみたかったんだー。付き合ってくれてありがとう。」


「気にしないでよ。いつもこっちが世話を焼いてもらっているし。」


「・・・ありがとう。」


優香里はそういうと「あの店行きたい」といって、ぐいぐいと引っ張ってくる。


買い物モードに入ったのだろう。


彼女の眼には洋服と靴とバッグしか映っていなかった・・・。


買い物に来てからわずか30分で僕はもうくたくただった。


30分の間に「これ似合う?」を20回は聞かれた気がする。


店も3件目だった。


「・・・こんなハイペースで買い物をしているのか優香里は・・・。」


他の女性と買い物に来たことがないので、何とも言えないがそんなに楽しいのか買い物って。


「結局、買うものなんて、いつも買っているものと似たり寄ったりになると思うんだけど。」


だが、優香里が楽しそうに買い物をしているのを見るのが何だか嬉しかった。


いつも気を遣ってくれている彼女に恩返しができたような気がしたから。


「アカヤ、次はあの店に行くよ!」


こういう日も悪くないかな・・・。


しかし、次の瞬間そんな思いは消し飛んでしまった。


次の店は女性の下着専門店だった・・・・。


「・・・つ、疲れた。」


「お疲れ様。はいこれ、ジュース。」


「ありがとう。それにしても優香里はすごいね。全然疲れてないみたいだ。」


「勿論よ!むしろいつも以上に絶好調よ!!」


結局あの後も店を回り、2時間近く僕は彼女の買い物に付き合っていた。


「それじゃ暗くなったし、帰ろうか?」


「うん。」


久しぶりの買い物に結構へとへとになったけど、気分はとても晴れやかだ。


人と一緒に過ごすのって疲れるけど、こんなにも楽しいんだな。


「今日は楽しかったよ。ありがとうアカヤ。」


「今度来るときはもっとゆっくり回りたいな。」


「善処するわ。」


「これは期待できそうにないや。」


あはは。


夕暮れが差すなかを二人で歩く。


こんな風に散歩するのも楽しいかもしれない。


今度は僕が優香里を誘って遊びに・・・


「ねえ、アカヤ。少しいい?」


「どうしたの優香里?改まって?」


「私ね。アカヤに聴きたいことがあるの。」


聴きたいこと?何だろう?


好きな人いるとか…


いや、待て。それはない。


優香里が僕に好意を持つわけないだろう?


だとしたら何だろう?


「10年前の事故のこと。」


「・・・・・・!」


10年前の事故のことについて?


優香里が一体何を知りたいって言うんだ?


「事故の犯人のことまだ恨んでる?」


「え?何でそんなことを…?」


「お願い!教えて欲しいの。」


「知ってどうするって言うんだい?」


「・・・・・・・」


優香里は答えない。


犯人を恨んでいるか…。


夏鈴さんに言われた言葉がずっと心に引っ掛かっていた。


僕は…今でも犯人を許すことはできない。


どんな理由があっても。


「そうだね。犯人を許せる日なんて来ないと思う。」


「そう・・・・・よね。」


 だけど…事故を起こした人はわざと引いたわけではないだろう。勿論そんなことで許されるわけはないし、僕も納得できない。


「許せない…けど、同時に思うことがあるんだ。犯人の人はどういう思いで今日まで生活をしてきたのかなって。」


事故を起こした相手の気持ちなんて、これっぽっちも考えたことはない。考えたところで事故の事を思い出して辛くなるだけだ。なのに…最近はずっと考えてしまっていた。どんな気持ちで今を生きているのだろう…

 

「・・・・アカヤ。今から言うことをよく聞いて欲しいの。」


 優香里の様子がおかしい。


「優香理?どうしたの?そんなに重そうな表情をして」


「…私なの。」


「え?」


「私が事故を引き起こしてしまったの。」


 彼女が何を言っているのか僕には理解できない?

 

「10年前のあの日…私もアカヤと同じくミールモールにいたの。アカヤの家族を引いた車は道路に飛びだした私を避けるために、ハンドルを切った。そして・・・アカヤの両親をはねてしまったの。ごめんなさい。謝って許されることじゃないわ。あなたがこの10年間ずっと苦しんでいたよね。ごめんなさい。私のせいでごめんなさい・・・。」


優香理が・・・10年前の事故を引き起こした犯人?いやいやいや。


「何言っているんだよ。優香理のせいなわけないじゃないか。・・・嘘だろう?だって、あんなに親切にしてくれているじゃないか。」


「違うの。全部違うの。アカヤに対して申し訳なくて、私ができることは何でもやろうって決めた。でも、アカヤが10年前の事故のことでずっと悩んでいることを知って、私はアカヤの未来まで奪ってしまったんだって。ごめんね。私が全部悪いの。ごめんね。ごめんね。」


優香理が泣きながら、ずっと謝罪の言葉を投げかけてくる。


優香理が・・・事故を引き起こした・・・。


優しくしてくれていたのは後ろめたさから・・・。


なんだよそれ。


なんだよ・・・。


気持ちの整理がつかない。


事故のことを隠していたことへの怒りと優香理がしてくれたことへの感謝と自分を欺いていたことへの疑念、それらが一気に噴き出してきて、思考がまとまらない。


ドクン・・ドクン・・・。


激しく動悸がする・・・。


何もしていないのに息が上がる。


事故の時のことを思い返す。


両親が跳ねられ、自分も吹き飛ばされた時のことを思い出す。


変わり果てた両親の姿に涙を流す自分がいる。


必死になって、両親のもとに行こうとするあの日の僕だ・・・。


瞬間、とてつもない吐き気と気持ちの悪さに襲われた。


あまりの辛さに立っていられなくなり、そのまま地面に倒れ込んだ。


「・・・ヤ、・・かり。・・あけ・。」


薄れゆく意識の中、誰かの声が聞こえる。


声の方に意識を向けるが、やがて意識は闇に引きずり込まれた。


やはり許されるわけがない。


そんなことわかっていた。


まして、相手のご機嫌取りの為に優しくしていたなんてわかったらおかしくもなる。


私のせいで・・・全部・・・私の・・・。


ピーポーピーポー


サイレンの音が聞こえてきた。


さっき読んだ救急車が来たのだろう。


私はこれから彼とどうやって向き合っていけばよいのだろう?


何をして償っていけばよいのだろう?


「ここにいたんだ?探したわよ。」


不意に背後から話しかけられた。


「え?あなたは・・・。」


「そんなことは気にしないで。ねえ、あなたは・・・過去を変えたいと思う?」


【5章】


鳴り響くサイレンの音が脳裏にこびりついている。


車に跳ねられた両親が真っ赤になっている。


誰か・・・誰か・・・助けて。


真っ赤な両親がこちらに手を伸ばしている。


その手を掴もうと手を伸ばすが、どんどんその手が離れていく。


掴めない。どうして?


いや、僕が離れて行っているんだ。


両親よりも先に救助されたのだ。


でも、お父さんとお母さんを助けないと・・・。


必死になって手を伸ばす。


瞬間事故車両とともに、両親は火の爆発の中に消えていった。

 

「う、く、く。はっ!」


ここはどこだろう?


僕は何をしていたんだっけ?


頭がぼんやりして考えられない。


周りを見渡すとここは病院で、ベッドで寝ていたようだ。


「・・・何で病院にいるんだっけ?」


全く思い出せない。


どうしてここにいるのか?


何をしていたのか?


「目が覚めましたか?気分はいかがですか?」


声の方を向くと医者が立っていた。


「お久しぶりですね。アカヤ君。私のことは覚えているかい?」


「・・・あ、九条先生。」


「どうだい?体の調子は?少しは落ち着いたかい?」


「はい。少しぼーっとしてますけど、大丈夫みたいです。」


「それは良かった。優香里ちゃんも心配していたからね。」


ドクン!


優香里の名前を聴いた瞬間、真っ白で靄がかかった頭が一気に澄みわたった。


「優香里…、彼女はどこに?」


「先ほどもう一人いた女性と一緒にどこかに行ってしまったよ。」


もう一人の女性?


一体誰だ?


いや、そんなこと今はもうどうでもいいか。


優香里が事故のきっかけを作った。


その告白を聴いて思い出したことがある。


あの事故の日、優香里は病院に来てくれた。


意識がもうろうとしていた僕にずっと何かを言っていた。


今ならその言葉が何かわかる。


「ごめんなさい。」


どうして今までずっと忘れていたんだろう。


事故のショックで思い出すまいとしていたのだろうか?


…そんなこと…どうでもいいじゃないか!


高まる感情を押さえきれずに柔らかな布団の上に腕を振り下ろす。


優香里が事故を起こした!


優香里がずっと僕を支えてくれていたのは罪悪感だって?


これまでの時間は・・・全部贖罪のつもりで付き合ってくれていたって言うのか!?


なんだよそれは…


なんだよそれは!!!


「くそおおおお!」


こらえきれずに何度も腕を振り下ろす。


振り下ろすたびに頬に雫が伝わっていく。


「どうしたんだい、アカヤ君!どこか調子が悪いのかい。兎も角、一旦落ち着くんだ。」


落ち着けだって?


落ち着けるわけないだろ!!


僕はベッドのわきに置いてあるコップを取り、中に入っている水を一気に飲み干した。


・・・だめで、怒りに身を任せるな。


冷静になるんだ。


・・・・先生にあたってどうする!!


先生は何も悪くないだろう?


あの時と同じ過ちを繰り返すつもりか?


2度深呼吸をしてから、先生の方に向き直り、


「すみません。自分の弱さが情けなくて…。でも、大丈夫です。水を飲んだら落ち着いてきました。」


「・・・そうか。それならいいんだが。何か悩んでいることなどがあれば遠慮なく言うんだよ。私に言いづらいなら、他の看護師でも良いからね。」


先生・・・、変わらないな。


10年前の事故で怪我を負った僕を見てくれていたのが九条先生だ。


穏やかで人の気持ちを第一に考えてくれる先生。


両親を亡くして不安定だった僕をずっと励まして支えてくれた恩人ともいうべき人だ。


先生の前だからこそ、ここまで本心を露骨に出してしまったのかもしれないな。


「はい。わかりました。」


「うん。それじゃお大事にね。」


そういうと先生は部屋から出ていった。


先生が部屋から出るのを見ながら、僕は優香理のことを考えていた。


優香理もこっちに帰ってきてから、ずっと僕を支えてくれていた。


事故を起こしたのが優香理だとしても、自分の罪から逃げずにやれることを精一杯やっていたというのだろうか。


・・・・・・・・・・・。


優香里に会わなければ・・・。


僕はそれだけを考えて、静かに眠りについた。


・・・・・・・・・・・・・・


「覚悟はいいのね?」


「・・・いつでもいいわ。」


「わかったわ。それじゃ・・・さよなら。」


瞬間少女の身体を閃光が包む。


これで全部終わるのね・・・・。


私が彼を苦しみから解き放って見せる。


【6章】


次の日朝一番で病院を出た僕は真っ先に優香里の家に向かった。


携帯に連絡をしてみたが、電源を切っているのか繋がらなかった。


あえて切っているのか、何かトラブルに巻き込まれたのかはわからない。


兎にも角にも家へ急いだ。


しかし、優香里は居なかった。


優香里の両親もどこにいるのか知らないという。


学校からも連絡があったようなので、学校にいるわけではなさそうだ。


一体どこへ行ったんだ。


こうなったら、思い付くところは片っ端から探そう。


近所の公園、駅、学校の周辺、色んな所を探し回った。


けれど、優香理はどこにも見当たらない。


電話も掛け続けているが全く繋がらない。


一体どこにいるんだ。


何か・・・、何か思い当たることはないか。


そうだ、そういえば先生が誰かと一緒に病院を去ったと言っていた。


僕は急いで病院に行き、先生に話を聞いた。


「優香理ちゃんと一緒にいた子か。少し、話をしたけど知らない子だね。」


「そうですか・・・。」


「あ、そうだ。その子からコーヒーの良い香りがしたんで、どこのコーヒーか聞いたんだよ。そのコーヒーって言うのが・・・」


「また、ここに来ることになるなんて。」


店の中に入った僕はある人を探し始めた。


「お久しぶりです。少し聞きたいことがあるんですけど、同席よろしいですか?」


「・・・・・。私はもう来るなって言った覚えがあったけど?」


「直ぐに帰ります。聞きたいことを聞いたら。」


「・・・どうぞ。話を聞くわ。」


僕は席に座ると間髪を入れずに彼女に質問をした。


「優香理がどこにいるか、ご存じありませんか?」


「優香理?」


「とぼけても無駄です。あなたが優香理と一緒にいたのは知っています。彼女は今どこにいるんですか?」


彼女に質問をぶつける。


「・・・彼女はもういないわ。」


「え?どういう意味ですか?さっきまでここにいたんですか?」


「違うわよ。彼女はもう・・・この世界にいないってこと。」


「この世界に居ない?どういう意味です?茶化さないで教えてください。」


「茶化してなんていないわ。そのままの意味よ。彼女はもういないのよ。この世界にはね。」


「世界って・・・、あなたは優香理をどうしたっていうんですか?」


「私がどうこうしたわけではないわよ。それに、彼女がいなくなったのはあなたのせいでもある。」


 僕のせい?その言葉を聞いた時、思わずドキッとしてしまった。


「え?それはどういう・・・」


「あなたが彼女を追い詰めたからよ。」


 僕が優香理を追い詰めた。


 何となく、それはわかっていた。


 認めたくない僕は反論を続ける。


「僕が優香理を追い詰めた?僕が一体何をしたっていうんですか?」


「彼女から話を聞いたのでしょう?事故の真相を・・・」


「どうしてそれを・・・!?」


「彼女に事故のことを話したのは私だからよ。私は・・あなたたち二人に罰を与えに来たの。」


罰を与えに来た?


「何が言いたいんですか?僕たちに何をしようっていうんですか?」


「わからない?私の名前は西条夏鈴。あなたと優香理・・・母さんの娘よ。」


優香里と僕の娘?


理解が追い付かない。


「娘?僕と優香理の?何を言っているんですか?僕たちはまだ高校生ですよ。どうして年上の娘がいるっていうんですか!」


「私はどこもおかしくなんてないわ。信じられないかもしれないけど、両親であるあなた達に会いに未来から来たのよ。」


「未来から来た?僕たちに・・・会いに?そんなことが信じられると思うのかい?」


「夜寝るときに祈りを捧げる時間を取っているでしょ。」


「っ!?どうしてそれを・・・」


「おばあちゃんが教えてくれたって、未来のあなたが言ってたわ。それだけじゃない。夜の祈り時間がもとで起きた嫌な事件も知ってるわよ。」


「事件?」


「祈りの時間を毎日続けることが両親との絆だと信じていたあなたは修学旅行の時にクラスメートに茶化されて、怒りのあまりそのクラスメートに暴力を振るって問題になったんでしょ?」


「ど、どうして・・・それを。」


思い出すまいとして封印していた記憶が蘇る。


祖父母のもとに行った後も、両親を失った傷でずっと不安定だった。


そんな時、両親との思い出を思い出すことでその傷を癒し、何とか寂しさに押しつぶされずにいた。


寝る前の祈りのルーティンもその一つだった。


生きていることに感謝をしながら、みんなが幸せであることを願うというこの祈りの時間。


手を重ねて胸に当てる、良く見る祈りのポーズだ。


10分間今日一日に感謝しながら、今度は他の人が幸せになりますようにと祈るのだ。


これを馬鹿にされることは亡き母を冒涜されたのと同じだと思い、感情が爆発してしまった。


周囲から孤立していた僕はこれがきっかけで完全に居場所を失った。


両親が生きていれば・・・、毎日そう思わずにはいられなかった。


その時間を奪った事故に・・・10年の月日を経た今でも囚われている。


次第にあらゆる不愉快なことが事故が原因だと思うようになり、友達ができないことも、自分を好きになれないのも、全部、全部事故のせいだと思っていた。


「どうかしら?痛い所を突かれて嫌になった?でも、これはほとんど知る人がいないはずのこと・・・信じてもらえたかしら?」


彼女の言葉で我に返った。


確かに・・・僕しか知らないことだ。


彼女は本当に僕の娘で未来から来たというのか?


「仮にあなたの言うことが真実だとして、どうやって未来から来たっていうんですか?」


「これよ。」


彼女が見せてきたのはボロボロのお守りだった。


「そのお守りがどうしたっていうんです。」


「このお守りに時間を超える力が宿っているの。」


こんなボロボロのお守りに時間を超える力があるっていうのか?


全くもって信じられないけど、さっきの話を聞いた後では話が変わってくる。


あの話を知っているのはあの学校にいた人間だけ。


しかも原因がなんであるかを知っているのは僕一人のはずだ。


「優香理母さんはこのお守りの力を使って過去に行ったのよ。だからこの世界にはもういないの。」


「過去に・・・行った?」


「罪悪感で一杯だった彼女は私に過去へ行きたいと懇願してきたわ。事故を起こさせない。そう言ってね。」


「事故を止めるために過去へ・・・。」


「でも、それには大きな代償が付くわ。過去に起きた出来事を変えて、歴史を変えようとする行為が行われた時、その行為者はこの世から消える。死ぬのではなくて消えるの。・・・つまり、存在がなかったことにされるわ。まあ、大した影響のないことをやっても歴史は変わらないから、その場合は問題ないわね。」


「・・・存在がなかったことになる?それって、よくある人々の記憶から消えるってこと?」


「そうよ。勿論ただ消えるんじゃないわ。彼女が過去に行ったという事実を知らない人達の頭からは消える。この場合は私とあなたの記憶からは消えないわ。」


「・・・・・・・・。」


「どう?アカヤ?いえ、お父さん。これであなたは救われるのよ。事故が起きなかったことになるんだから。」


そうだ・・・、確かにこれで両親は帰ってくる。


もう一度両親との時間を過ごすことが出来る。


ずっと望んでいたことだろう?


両親を跳ねた人も殺人犯にならない。


これでいいじゃないか。


僕にとって最高の結果じゃないか。


何も問題ない。


何も・・・・。


・・・・・・・・・・。


考えるな。


優香理が引き起こした事故だ。


僕はずっと犯人を憎んできた。


僕のこれまでの苦しみはすべてあの事故のせいだろう?


報いを与えよう。


彼女が過去を変えてくれれば・・・・。


彼女が消えてしまう・・・・。


ズキン。


何で?


ズキン。


胸が苦しい。


ズキン。


どうして・・・?こんなに・・・、悲しくて仕方がないんだ。


「どうしたの?何か言ったらどうかしら?」


「・・・・・・・・・・。」


「喜びのあまり声も・・・、何で?何で泣いてるのよ?憎かったんでしょう?母さんが?不幸になればいいって思っているんでしょう?どうして?どうして泣いているのよ!!!」


「わからないよ。でも、胸が張り裂けそうな位、悲しいんだ。」


本当は・・・、本当はずっとわかっていた。


自分が悪いってことに。


いつまで経っても過去に囚われて、過去の責任にしたって、何も変わらない。


わかっていた。・・・わかっていたつもりだった。


ずっと逃げて、逃げて、逃げていた。


あの事故が悪いんだ。


僕が悪いんじゃない。


そうやって、自分を正当化して逃げてきた。


でも、優香理は・・・、ずっと向き合っていたんだ。


方法としては間違っていたのかもしれない。


けれど、自分ができる精一杯の方法で、責任を全うしようとしているんだ。


優香理が僕に10年前の事故のことを聞いてきたのは、自分の保身のためじゃない。


きっと、僕が事実に耐えられるかどうか見極めるためだったんだ。


それだけじゃない、学校で孤立しないようにサポートしてくれた。


初めて、心の底から人と接することが楽しいと思える時間を過ごすことが出来た。


全部彼女のおかげじゃないか!!


優香理・・・、優香理・・・、優香理!!


ごめん。僕はずっと君のことを傷つけてきた。


僕は・・・本当にどうしようもない人間だ。


自分の不幸を人のせいにしているだけだ。


それなのに・・・彼女は・・・。


それに、嬉しかった。


誰かが僕の名前を呼んで一緒にいてくれることが。


誰かと一緒に時間を過ごして・・・他愛ない話をすることが。


例えそれが罪悪感から来るものだったとしても。


「僕は・・・、優香理と過ごして楽しかったんだ。」


「っ!?憎くないの?」


「わからない。事故のことは今でもショックだし、悲しいし苦しいよ。でも、今僕が苦しんでいるのは僕の責任だ。誰のものでもない。優香理・・・、彼女ともう一度会いたい。」


「嘘よ!お父さんはずっと・・・お母さんを恨んで生きていたのでしょう?だって、そうじゃないと・・・。」


「夏鈴さん。いや、夏鈴。お願いだ。僕を過去に連れて行ってくれ。」


「え?」


「優香理に会いに行く。会って優香理の本音と向き合いたいんだ。」


・・・・・・・・・・・・・・


懐かしい景色が目の前に広がっている。


今よりも少し田舎っぽい風景だ。


子供の頃はこんな感じだった。


ずっと、楽しく過ごせる人生を送るんだと思っていた。


けれど、私が人を不幸にしてしまった。


だから、私の手で終わらせる。


もう、誰も不幸になんてさせない。


覚悟を決めてミールモールへと向かって歩き始めた。


【7章】


「もう、遅いわ。母さんは過去に行ったのよ。もう何も変わらないわ。」


「まだ、終わっていない。優香理が過去を変える前に、優香理と話がしたい。」


「母さんと話してどうするっていうの?話したところで、母さんの決意は変わらないわ。ずっと心に背負って来た十字架を壊そうとしているんだもの。事故のことを無くしてお父さんの両親を救いたいわけじゃない。・・・・自分が・・・・楽になりたいから過去を変えようとしているのよ。」


「・・・・・・・・・・。」


「だってそうでしょう?事故をなかったことにしたいのはどうして?楽になりたいからよ。罪から解放されて、自分自身を解き放ちたいのよ。苦しいだけの生なんて誰も望まない。未来永劫その重荷に耐えられる人なんていない。・・・優香理母さんは罰を受けない。事故の原因は優香理母さんに合ったかもしれないけど、その罪を問うことはできない。」


罪悪感に囚われて生きる・・・。


それはどれほど苦しいことなのだろう?


日々自分がしてしまったことを悔やみながら生きていくしかない。


けれど、それは・・・本当はどっちなのだろう?


苦しみを捨てることは決して楽なことじゃない。それは全てを無くすということだ。


「優香理がどう考えているかなんて関係ない。過去に行って優香理の本心を聞く。ただそれだけだよ。」


「・・・駄目よ。過去には行かせないわ。」


「頼む。お願いだよ。僕は優香理に会いたいんだ。」


「母さんが過去を変えたとき、私もようやく楽になれるんだから。」


彼女が楽になる・・・?


もしかして、彼女の目的は・・・


「私は両親の思いを聞きたかったの。私を残して行ってしまった両親のね。」


「君を残して行ってしまった?」


「ええ。未来のあなた達は表面上は仲の良い夫婦だったわ。・・・事故の真相を知るまではね。」


「事故の真相を知るまで?僕は今知っているけれど、それは夏鈴さんあなたから聞いたものだ。未来の僕は家族を持ってから知ったってこと?」


「・・・ある日、一通の手紙が届いたの。その中には事故について書かれた文章とこのお守りが入っていた。手紙が届いてから数日経ったある夜、母さんが私にこう言ったの。」


「夏鈴。お母さんね、どうしてもやらないといけないことが出来てしまったの。それは大切な人を守るために必要なことなの。ごめんね夏鈴。私は・・・あなたのことを愛しているわ。ずっと・・・・」


「その言葉を言った次の日、お母さんはいなくなっていたわ。何日経っても帰ってこない。お父さんに聞いても、大丈夫としか言ってくれなかった。・・・そして、お父さんもある日手紙とお守りを残していなくなってしまった。手紙には・・・」


「夏鈴へ。すまない夏鈴。どうしてもやらないといけないことが出来てしまったんだ。いつか、必ず帰ってくる。だから・・・その時まで、お別れだ。寂しい思いをさせてごめん。行ってきます。」


「勝手でしょ?何をしにどこに行ったのかも書いてないんだから。まあ、どこに行ったのかは検討がついていたけど。」


「過去・・・。」


「恐らくね。でも、過去は変わっていない。私が両親を覚えている。だから過去を変えてはいないはずよ。それも多分だけどね。わかったでしょ?私にはもう家族はいない。過去に行ったが最後もう二度と戻れないの。時間をかけて未来に進むしかないのよ。」


「待ってくれ。じゃあ、優香理はもうこの時代に帰ってこれないのか?あなたも・・・。」


「そうよ。もう戻ることはできないわ。仮にあなたが行ったら、もう二度とここには戻ってこられない。でも、何も問題ないわ。過去を変えてしまったら自分は消えることになる。だとしたら戻れなくても問題ないでしょう?」


「どうしてさ。問題だらけに決まっているじゃないか。過去を変えたとしても本人はそれを見ることはできない。それどころか、存在すらなかったことにされるんだろう?それに・・・、覚えている人はどうすればいいんだ。消えてしまった人に永遠に思いを馳せることになるんだぞ。世界で自分だけしか覚えていない。誰ともその記憶を共有することはできない。結局別の問題が生まれるだけじゃないか。」


「あなたがそれを言うの。ずっと自分の過去に囚われて生きているあなたに・・・!自分の問題を全て事故のせいにして、決して自分自身と向き合おうとしなかったじゃない。この時代に来て、あなたのことは観察させてもらったわ。学校で自分から周囲と壁を作っているくせに孤独なんて言って、誰にも理解されないと言いながら、誰のことも理解しようとしていない。お母さんに頼ってばかりで自分では何もできない。事故を解決すればきっと自然と全て上手くいくと思っているあなたは・・・誰よりも過去に囚われている。そんなあなたが過去を変えようとする人を否定することなんてできるはずないでしょう?」


・・・・・・・・。


彼女の言うとおりだ。


僕は・・・全部過去のせいにして生きている最低な人間だ。


自分が悪いと思いたくなくて。


だって、辛い思いをしてきたんだから、その報いがあって然るべきだと思っていたから。


僕は苦しんだ。沢山苦しい思いをした。悲しい思いもした。


人が経験しないような苦しさを沢山味わった。


だとしたら、僕はその苦しさの分楽になれると・・・、幸せを手にすると信じていた。


けれど、それは間違いだった。


辛くても、苦しくても、みっともなくても、自分と向き合って歩き続けるしかない。


誰しもが困難を抱えている。


それが自分だけどと思い込んでしまうけどそれは誤解だ。蓋をしてみないようにしているだけだ。


それを教えてくれたの優香理だった。


だから、今度は僕が過去と向き合って生きることを決断しなければいけない。


逃げてはいけない。避けてはならない。これを受け止めて僕は先に進まなければならない。


怖い・・・。逃げたい。


もう二度とここに戻ってこられないかもしれない。


だというのに、どうして即決できる?


本当に良いのか?


それでいいのか?


ここにいてもいいじゃないか。


・・・・・・・・。


不安が一気にこみあげてくる。でも、それを振り切って決断を下す。


「夏鈴。君の言うとおりだよ。僕は全てを過去のせいにして生きてきた。自分の人生に責任を取らずに、嫌なことがあれば喚いて、愚痴って、幼子のように振舞ってきた。でも、もう逃げたくない。この選択から。だから、お願いだ。僕を過去に送ってくれ。僕が自らした行に対して僕は必ず責任を取る。頼む。」


「・・・1つだけ聞かせて?あなたは・・・、優香理母さんをどう思っているの?」


僕は間髪を入れずに答えた。


「好きだよ。子供の頃からずっとね。」


【終章】


気が付くと僕は10年前の自分の家の前にいた。


青い車が停まっている。


父の車だ。


よくドライブに連れて行ってもらったのを覚えている。


・・・思い出に浸っている場合じゃない、急ごう。


僕は事故の起きたミールモールに向かって歩き始めた。


途中にあるお店で今日がいつなのか確認した。


「本当に丁度10年前だ。事故のあった日の・・・」


事故が起きるまで後2時間ほどしかない。


僕は全力で走っていた。


ミールモールに着いた。


だけど、優香理はどこにいるんだろう?


そもそもどうやって事故を防ごうとしているんだろう?


考えろ・・・、優香理の当日の動きを思い出すんだ。


確か・・・突然道路に優香理が飛び出したんだよな。


だとすると過去の優香理を事故現場から遠ざけようとしているのか。


それとも運転手にここを通らないようにしてもらうとか、あるいは過去の僕たちに・・・。


駄目だ。考えれば考えるほどわからなくなる。


どうする?時間がない?


・・・・一か八かやってみるか。


僕は咄嗟に思いついた作戦に全てをかけることにした。


・・・・・・・・・・・・・


「もうすぐ事故が起きる時間ね。」


私は・・・緊張していた。


10年前の事故が全ての始まり。


これがなければ赤也も苦しむことはなかった。


私が・・・全てを終わらせる。


ずっと苦しい思いをさせてきてごめんね。


夏鈴・・・。


貴女とも会えなくなってしまうね。


ごめんね。


ピンポンパンポン。


突然頭上のスピーカーからアナウンスが流れてきた。


「迷子のお知らせです。10年後の優香理様。10年後の優香理様。赤也様がサービスカウンターでお待ちです。至急サービスカウンターまでお越しください。」


「え?な、何、今の放送は?」


10年後の優香理って・・・、私のことよね?


もしかして・・・、もしかして・・・。


私はサービスカウンターに急いだ。


・・・・・・・・・・・・・


「すみません。助かります。劇の時間までもうないものですから。」


「今回は特例なので、以後はできませんよ。」


「はい。ありがとうございました。」


僕が思いついた作戦というのは劇の中の役回りで放送をかけてもらうというものだ。


劇の役なら10年後の~という名前でも不自然ではないし、優香理にだけは伝わる。


勿論上手くいくかどうかはわからない。


けれど、聞いていてくれているなら、可能性はある。


「赤也!!」


突然僕の名前が呼ばれた。


声の方に顔を向ける。


作戦は成功だったみたいだ。


「話がしたいんだ。少しいいかな?」


僕と優香理は屋上に来た。


「どうして、赤也がここにいるの?」


優香理は怒った表情で僕に聞いてくる。


「さっきいったでしょ?優香理と話をするためだって。」


「過去に来ることがどういうことかわかっているの!!もう、戻れないのよ。10年後には。何よ、話がしたいって。私はあなたと話すことなんてもうないわよ。どうして・・・、私はあなたに贖罪をするために来たのに・・・。あなたがこっちに来たんじゃ何の意味もないじゃない。」


「優香理・・・。ごめんね。僕が間違っていた。」


「なんで?何で赤也が謝るの?私が全部悪いんだよ?赤也の家族を奪って、赤也の心に深い傷を負わせてしまった。だから、私が謝られることなんてないのよ!」


「それは違うよ。僕は自分のことしか考えていなかった。君がどれほど事故のことで苦しんでいるのか考えたこともなかった。一生罪の意識を抱えて生きていかなければならない苦悩。そんなこともわからないで、君を傷つけることを沢山言ってしまった。自分が不幸なのは全部事故のせいだと言って君を追い詰めてしまった。過去のせいにして、今と向き合わずに生きてきた。乗り越えるべき課題を全て過去のせいにして、無視してきた。ごめん。それからありがとう。君はどんなに辛くても苦しくても逃げることなく僕と向き合ってくれた。本当に・・・本当にありがとう。」


「そんな・・・。そんなこと言われる権利は私にないよ・・・。私・・・私・・・。」


優香理の頬を涙が伝う。


「だって。私赤也が帰ってくるって聞いたとき、帰ってこなければいいのにって思ってしまった。帰ってこなければ事故のことを忘れることが出来たのにって。私が悪いのに・・・苦しいことと向き合わなければならないって思ったら、そんな考えが頭を過ぎって…ごめんなさい。私は赤也にそんな風に思ってもらう資格なんてないよ。過去に来たのだって、自分の後悔を晴らすため。この苦しい状況から抜け出すためだもん。・・・だから、私・・・ごめんなさい。ごめんなさい。全部・・・」


優香里はそういうと手に付けてある時計を見た。


「私・・・、もう行かないと。」


「行くって、まさか。もうやめよう。」


「…赤也の家族を助けに行くわ。」


「そんなことをしちゃだめだ。」


「もう、現代に戻れないなら同じことよ!」


優香里は僕の制止も聞かずに走り出した。


僕も全力で優香里を追いかけた。


屋上から階段で降りていく。


しかし、優香里と僕の差はどんどん開いていく。


こんなことなら、運動部に入っておくんだった。


このままじゃ優香里が過去を変えてしまう。


どうすればいいんだ。


考えろ・・・、優香里が過去を変える方法を・・・。


事故の原因は飛び出した優香理を避けたために起こった。


なら、子供の優香理を道路に飛び出させなければいい。


・・・しかし、どうして優香理は車道に飛び出したのかということだ。


「何が原因だ?子供の頃から優香里はしっかりしていたからおもちゃを落としたとかじゃ飛び出さない。いったい何が・・・」


そういえば夏鈴さんが持っていたお守り、あれはもともと優香里のお守りだった。


あのお守りは僕たちの家の近くにある神社のお守りだ。


そこの神社では災害除けのお守りが売っていたはずだ。


そうだ!確か事故のあったあの日・・・。


僕は一つの結論を出した。


優香理は恐らく・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


私は傷つけてきた彼の為に過去を変える。


赤也はいいって言ってくれたけど、私は納得できない。


どうしても、どうしても過去を変えたい。


自分の為に人が苦しんでいる。


そして自分もまた自責の念に駆られる。


もう嫌なのだ。


こんなことを続けたくはない。


私は・・・過去の私を救わないことで、全てに決着をつける。


あの日、本来死ぬのは私のはずだった。


けれど、私は跳ねられることなく無事に助かった。


今度は私が彼と彼の家族を助ける。


10年間生きることができた。


それはないはずだった時間。


何が何でも彼の家族を助けてみせる。


私は全力で走る。


後ろの方で赤也が叫ぶ声が聞こえていたけど、もう聞こえてこない。


大丈夫・・・間に合うはず。


彼と彼の家族を助けるためにはあの時のドライバーが避けなければいいのだ。


つまり、子どもの頃の私が道路に出ないようにすればよいだけ。


・・・もう少しだ。


あの時のことは正直よく覚えていない。


どうして道路に飛び出したのか全く分からないのだ。


それが少し不安だった。


でもそれがどうしたというのだ。


全く問題ない。


私は全力でやり遂げてみせる。


・・・着いた。


私はミールモールの一階にいる。


子供の頃ここで私は外の道路に飛び出したのだ。


事故が起きるまで残り数分。


「どこ?10年前の私はどこにいるの?」


辺りを見回すが私の姿は見えない。


・・・一体どこに?


その時足元が大きく揺れた・・・。


「じ・・・地震?」


結構強い揺れだ。


事故の起きた日に地震なんてあったの?


「かなり揺れが強いわ。」


展示してあるマネキンが倒れたり、棚から商品が落ちたりしている。


私は地震のせいで動けずにいた。


「このままじゃ・・・」


その時車が勢いよく走ってきた。


「あの車!もしかしてあれが事故を起こす車?あれを止めないと・・・」


大きな揺れが続く中、意を決して車の方に向かう。


どこから私が飛び出してきても抑えられるようにしないと・・・。


ドッシャーーーン。


ものすごい大きな音ととてつもない突風が私を襲う。


それと同時に道路に子供が飛び出していた。


あ・・・あれは・・・まさか。


車が前方から迫ってくる。


しかし、車は全く勢いが落ちない。


「嘘?轢かれる?」


あの時どうして私が助かったのかは覚えていない。


車に轢かれそうになったことだけが記憶に残っているだけだ。


もしかして、私と赤也が来たから歴史が変わったんじゃ・・・。


吹き飛ばされた子供は立ち上がらない。


車の勢いは増すばかりで、もうどうやっても間に合わない。


「そんな・・・誰か・・・。」


私がいなくなったら、お父さんとお母さんがどれだけ悲しむか・・・。


「誰か・・・誰か助けて!!」


叫んだその瞬間、道路にもう一人のシルエットが浮かんだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「10年前の優香里は恐らく、地震のせいで道路に飛び出したんだ。事故の当日は強い地震があって、確かモール内でも怪我人が出ていたはずだ。」


地震の影響もあり、両親が亡くなった事故も原因が不明とされていた。


もしも、この仮説が正しいのだとしたら、優香里は・・・。


いや、考えるのは後だ!


優香里よりも先に下に降りることが先決だ。


下に向かって降り始めた直後階段が大きく揺れた。


「く、もう地震が・・・」


かなり強い揺れだ。


物が倒れたりしている。


揺れのせいでうまく下に降りられない。


でも、ここで止まっているわけにはいかない。


急いで降りるんだ。


僕はできうる限り急いで下に降りた。


そしてようやく地上階に着くと同時に大きな音が聞こえてきた。


「柱が倒れている。それに店の看板とかも落ちて・・・!?」


更に一本大きな柱が折れて店の上に落ちる。同時にものすごい風圧が僕を襲う。


「吹き飛ばされる・・・!」


その時少し離れたところに子供がいるのが目に入った。


子供は風圧で外に飛ばされてしまい、車道に叩きつけられた。


「子供が車道に!!」


その前方をよく見ると・・・


「ま、まずい。車が来ている。」


僕は無我夢中で子供の下に走っていった。


助けなければ・・・それだけで頭がいっぱいだった。


車道に飛び出す。


車は猛スピードでこちらに迫ってくる。


こちらに気付いている気配はない。


僕は急いで子供を抱き抱えると、歩道に向かって全力で走った。


しかし、車はすでにもうすぐそこまで来ていた。


「駄目だ!間に合わない。」


諦めかけたその時、迫っていた車が金属片を引いて、タイヤが破裂した。


車はバランスを失いぎりぎりの所で僕達から逸れていった。


間一髪、車に轢かれずに済んだ。


「た・・・助かった。」


幸運にも助けられて、何とか子供を助けることができた。


僕は抱きかかえる子供を抱きしめながら、声を掛けた。


「大丈夫?怖かったよね?」


子供は気絶していた。


「・・・。無事でよかった。」


再び子供をぎゅっと抱き抱える。


何だか命の重さを肌で感じている気がした。


先程の車が気になり車道を見るが、既に走り去っていた。


あの状態で走れるのかはわからないが、一つ確信していることがある。


「さっきの車は僕が知っている車じゃない。あのときの車とは全くの別物だ。」


だとすると、これからその車が来るのだろうか?


ガシャーン!!


ものすごい音が離れた所から聞こえてきた。


「今度は何だ?」


音のする方を見る。


あの方向は・・・。


かつて事故があった場所・・・。


そうだとするとさっきの音は・・・もしかして。


「う、うーん。」


子供が声を出したので、「君、大丈夫?」と声を掛けた。


しかし、子供はそのまま眠ってしまった。


「眠っているだけか・・・。良かった。」


ふと子供が何かを持っていることに気がついた。


子供が大切そうに持っているのは「あかや」と書いてある似顔絵だった。


これは・・・僕のことか?


どうして僕の絵を・・・?


もしかして、さっきの放送を聞いて僕を探しに来てくれたのか?


「今も昔も優しいな。本当に。」


そして僕は一つの事故の真実を知ることが出来た。


「優香理の事故と僕の事故は全くの別だ。彼女は無関係だったんだ。」


「赤也!!」


優香里の呼ぶ声が聞こえる。


「赤也!怪我はない?それに・・・赤也・・・。」


「ごめん優香理。優香里はずっと勘違いをしていたんだよ。優香理は何も悪くなかった。」


「そんな・・・どうして・・・。」


「それからさ。ありがとう。」


「お礼を言われることしてないよ私。・・・赤也に助けてもらって・・・、私は助けてもらったのに。それにさっきの車が・・・」


「優香理は本当に悪くないんだ。さっきの車、あれは僕の家族を跳ねた車じゃない。だから優香理は関係なかったってこと。」


「な、なら、赤也が私を助けてくれたことは?歴史を変えたってことにならないの?」


「僕は確かにこの子を救った。本来この時代にいるのは子供の僕だ。そんなことはあり得ない。だけど優香理は元々助かる予定だっただろう?」


「確かにそうだけど。だから何だっていうの?」


「夏鈴は言っていた。歴史を変えたらその存在が消えると。でも、僕は消えていない。彼女の言うことが本当なら、歴史は変わっていないってこと。」


「でも、それじゃ赤也の家族はもう・・・。」


「そうだね。でも、これで良かったんだ。」


「良いわけないじゃない!おかしいよ!こんなの絶対におかしいじゃない。全部、全部あなたが背負って・・・。私は救われたけど・・・こんなの認められないわよ。」


「認められなくても。これは事実なんだよ。勿論、両親のことは確認していないから、僕が言っているのは全て憶測の話だ。でも、少なくとも君のせいではなかった。」


「違うわ!私は覚えてる。私を避けた車が赤也の家族の方に向かっていったのを。私が・・・過去を変えようとしたから?そのせいで経緯が変わってしまったのよ。私が過去に来たせいで、赤也を今度は別の事故に巻き込んでしまった。ごめん、ごめんなさい。」


優香理が泣きながら、謝罪の言葉を綴る。


ずっと心に秘めていたであろう気持ちがあふれ出している。


「僕は過去に来てよかったよ。優香理がどんな気持ちでいたのか知ることが出来た。それに何より、僕は過去と本気で向き合うことができた。僕や優香理の中から事故のことが消えることはないかもしれない。それでも、僕たちは生きていかなければならない。だとしたら向き合えたことは寧ろ幸運だったよ。」


「なんで?どうして?あなただけ全部失った。それでもどうしてそんな風にいられるの?私だったら耐えられないよ。」


「何でだろうね?僕にもよくわからないや。ずっと自分のことが嫌いだったから。全部人のせいにして生きてきたから。」


「・・・・・・・・。」


「過去を変えて消えるなんて言わないで欲しい。もし、君が過去を変えるって言うなら、僕はどんな手を使っても過去を変えさせたりはしない。」


「でも、手遅れよ。私たちの時代には帰れない。ずっとここにいるしかないんだよ?」


「それでも、僕たちは生きていかなければならない。受け入れがたい現実が待っていたとしても。難しいことだけど、不可能なことじゃない。だって僕たちはずっとそうやって生きてきたのだから。」


「そうやって向き合っていくしかないのよね。」


「優香理…。」


「本当に赤也はいいの?今回のいきさつがどうであれ、私が許せないんじゃないの?私を避けて事故が起きた事実は消えないわよ。」


「許せないよ。過去を変えて勝手に消えようとしたんだから。」


「そうじゃなくて、私は事故を引き起こした・・・」


「事故は君のせいじゃない。」


「ちょっと何を言っているの?どうして私が悪くないなんて言えるの?事実と違ったらどうするのよ。」


「許すとか許さないとか、それが過去に囚われるってことだと思うんだ。僕はもう過去に囚われない。今、目の前にある本当に大切にしないといけないものと向き合うために。」


「・・・・・。」


「と言っても僕が一番囚われていたんだけどね。だからこそ、僕は本気で変わりたいって思えるんだ。後悔をしたくないから。」


僕が言い終えると、突然優香理が持っていたお守りが光りだした。


「何?急に光って・・・?」


光はどんどん強くなり・・・、やがて僕たちを包み込んだ。


・・・・・・・・・・・・・・・。


気が付くと、僕たちはカフェ【アーバレスト】にいた。


「あれ?ここは?でも、どうして?」


ふと机の上に視線を落とすと手紙とお守りが置いてある。


手紙は夏鈴さんからだった。


僕は手紙の封を開けて、中身を読んでみた。


「・・・。」


手紙を優香里に渡すと優香里も手紙を無言で読んだ。


僕たちは手紙とお守りを持って店を出た。


いつもと変わらない風景が広がっている。


けれど、今見える景色はいつもとは違う風景に見える。


全てが新鮮で気持ちの良いものに見える。


きっと世界はそもそもこんな風なのかもしれない。


僕たちは自分でその姿をゆがめてしまっているだけなんだ。


過去に囚われたり、現実の苦しさに疲弊したり。


それでも、それと向き合うと決めたのなら、きっと世界は僕たちに道を示してくれる。


これから先どうなるかなんて誰にも分らない。


でも、今この瞬間を彼女と一緒に過ごしていること、これだけは決して消えない事実だから。


「お帰り優香里。それから・・・ただいま。」


【エピローグ】


「拝啓。お父さん、お母さん。私は正直言って二人を許すことはできません。二度も私をこんなに寂しい思いにさせたんだから。だから・・・私の分まで幸せになってくれなければ許せません。やっぱり家族だからかな?憎んだり、恨んだりはできません。だから、二人とも仲良くなって、元気にまた会える日を楽しみにしています。10年後にまた会おうね。 夏鈴」


よし、これでいいかな?


手紙を書き終えると何だか物悲しくなってきた。


結局私も過去に囚われていただけなのよね。


お父さんには色々いったけど、それは私も自身も同じことが言える。


彼は決意をして過去と向き合うことを選んだ。


私は・・・お父さんとお母さんのことを・・・。


本心では二人のことを恨んでんでなんていない…


ただ、寂しいだけだった・・・。


大好きな家族が見せかけだけのバラバラ家族だったのではないかと思うと不安で仕方ない。


私なんて、二人に望まれた存在ではなかったんじゃないかと思ってしまっていた。


書いた手紙のことを振り返っていると、突然ポケットに入れていたお守りが光りだした。


「何・・・どうしたの・・・?」


光はやがて私を包んで、あるべき場所に連れて行った。


「ここは・・・?」


目を開けると見慣れたリビングにいた。


「どうして?私はもう戻れないはずなのに。」


ピンポーン。


玄関のチャイムが鳴る。


自体が把握できていないが、お客さんが玄関に向かう。


玄関のドアから見えるシルエット確認して胸が弾けそうになった。


私は急いで玄関のドアを開け放って言った。


「おかえりなさい。」

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