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未来ドロップス  作者: 玉乃野 詩
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2 長原/事件

 東京都に東急池上線という3両の小さな電車が走っている。品川区の五反田と大田区の蒲田を結ぶ線で、営業キロ数は10.9キロとかなり短い。

 池上本門寺や洗足池など歴史ある小さな街を結んでいて、学生や住民の足として愛されている。


 15個ある駅の中の一つに『長原』という町がある。

 東京都道318号線、通称『環七』と『中原街道』が交差するあたりで、車の多い地域だが、駅の周りは少し狭い道が入り組んだ、のどかな時代を感じさせる街並みが残っている。


 定時で上がれた日には、ゆっくりと買い物ができる駅前のスーパーで、30パーセント引きになった惣菜と明日の朝のパンを買って、梨香子が帰り道を歩いていた時だった。


 突然聞こえづらい方の左耳の後ろから、バイクが走り寄り、ゆるく肩にかけていたバッグをひったくっていった。

 あまりに急なことで、梨香子は何もできずに放心し、座り込んでしまった。


 まだ人通りのある長原商店街での出来事である。

 たまたま見ていたコンビニの店長が飛び出してきて通報したことで、梨香子が立ち上がるよりも早く、お巡りさんが飛んできた。


 長原から10分ぐらいの場所にある、警視庁田園調布警察署小池交番に最近赴任してきたお巡りさんが、たまたまタイミングよく、商店街の見回りに来ていたのである。


「大丈夫ですかっ?!お怪我はありませんか?」


 梨香子の肩をそっと支えて立ち上がらせると

「歩けますか?」と心配そうに顔を覗き込んだ。


 まだ青年の面影が残るほど若く見えるイケメンお巡りさんに、放心状態の続く梨香子は、それはもう必死の思いで頷いてみせて、力の入らない足で道の端へ移動した。

 ケーキ屋の前に置かれた小さなベンチに座らせてもらう。


「ちょっとだけ、こちらで待っててくださいね。」


 そう言うとお巡りさんは、コンビニの店長と何やら話をして、足早に走り去ってしまった。


 梨香子はふうっと一息大きな息を吐くと、ようやく落ち着きを取り戻してきた。

 まだ靄のかかったような頭で(そうだ!カードを止めないと)と思い出し、スマホを探した。

 カバンに入れていたとしたら、スマホも止めないといけない。


 その時、買い物袋の中でブーンとスマホが音を立てた。


(あ!あった!)


 取り出そうとした時、スマホの隣からぴょこんと

「私のこともお探しですよね?!」と財布が顔を出した。


(わ!すごいかも。スマホも財布も無事だなんて!)


 一気に呼吸が楽になって、梨香子はゆっくり立ち上がった。そこにコンビニの店長がコーヒーを手渡しにやってきた。


「大丈夫でしたか?災難でしたね。これね、さっきのお巡りさんからです。お話聞かなきゃなので、ちょっと待ってて欲しいって。」


「あ、はい。分かりました。」


「最近、この辺ひったくり多いんですよ。気をつけてくださいね、帰り道に、なんか変だと思ったら、遠慮なくうちの店に寄ってくださいね。必ず誰かいますから。」


「ありがとうございます。」


 なんだか込み上げる涙を我慢しないといけないくらいの温かさを受け取って、梨香子はこの街を選んだ日のことを思い出していた。


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