3度目の離婚危機
宰相視点です。
シープ王国の后が1人目の王子を出産後に流行り病に罹り亡くなった。
王は独断で1年喪に服すことに決めた…。
喪に服すのは分かるが執務まで止めてしまうのは予想外だ!
宰相の私は王に最低限王国を運営できるだけの権限を委譲していただいた。
我が家に帰りたくない…。
家に帰ると妻が笑顔で立っていた。
「お帰りなさいませ、アルフレッド様」
もう駄目だ…。
愛称で呼ばれない。
完全にご立腹だ。
「1年間社交界を中止にすると国から通達されましたが理由はご存じありませんか?」
事情が分かっていて聞いてくるという事は、それ程の怒りなのだろう。
「后の死の喪に服す為、社交界などの華やかな行事は止めて欲しいそうだ」
一瞬キョトンとした顔をした後、妻は冷笑しました。
「社交界が女の政治の場なのはご存じですよね?まさか、遊びに興じている等と思われていませんよね?」
妻の言っている事が全面的に正しく反論はできない。
「苦労をかける事になると思うが、お昼のお茶会などでなんとか対処して欲しい。愛しのエリアルにはいつも助けられてばかりで申し訳ない」
妻も私の苦労は分かっているので怒りは鎮めてくれた。
「アル様、国王様の執務は大丈夫でしょうか?」
「君の予想通りだと思うが、王は執務も1年間取り止めるつもりらしい。その間の権限の委譲だけは了承してもらってきたよ」
妻は長く息を吐くと私に改めて笑顔を向けてくれました。
「余り無理をしないで下さいませ。ベア帝国はいつでも受け入れてくれると心に留めておいて下さいね」
私の為を思って言ってくれているのはよく分かるし、その言葉で心に余裕が生まれるのも確かだ。
この時、私は妻に格好をつけたかったのかもしれない。
「責任から簡単に逃げ出す男にはなりたくないのだよ」
私の言葉を聞いた妻に一言釘を刺された。
「私はエリザベートの幸せを一番に動くことをお忘れないように」
「それは当然私もだよ、エリアル」
喪中の1年間は執務が忙しくほとんど家に帰る事ができなかった。
妻から城に私を心配する手紙が届く程だった。
妻も子育てやお茶会などで多忙なはずだ…。
私からも妻を心配する手紙を書いて送っておいた。
何とか1年間を乗り越え、王が執務に復帰する事が決まり、私もやっと帰ってエリアルとエリザベートに会えると嬉しく思っているところに、王から呼び出しがかかった。
「1年の間、国を守ってくれて感謝する。私はもう大丈夫だ」
呼び出しだから何事かと思ったが、労いの言葉だけだったか。
私が安心していると思わぬ発言が王から飛び出した。
「宰相の娘はいくつだったかな?」
会えていない娘の顔をはっきりと思い出せずに悲しくなる。
「娘エリザベートは3歳になります」
それを聞いた王の笑顔を見て何故か拳に力が入った。
「そうか!1年間の褒美とは言わないが君の娘を王子の妻にするのはどうだろうか?」
王よ、何を言っているのか分かっているのか?
私の妻はベア帝国出身の公爵家で皇帝とも繋がりがあるのだぞ。
それなのに、妻の了承も得ずに婚約するなど後が怖過ぎる。
「まだ3歳になったばかりですし妻の母国が黙っているとは思えません」
「そこでだよ!横槍が入る前に婚約してしまえば問題は生まれまい。貴族たるもの矜持があるからな」
王に矜持はあるのか?
それに、私の家庭に大問題が生まれる。
下手をすると国家間の問題にもなりかねない。
話題をそらし問題の本質に切り込むしかない。
「王よ、王子に兄弟がいないのは別の問題が生まれるかもしれません。国の為にも側室を持ち、兄弟をお作りになるのが先ではないかと具申いたします」
「宰相は私と妻の【真実の愛】が偽物だと言いたいのかね?」
「そうではありません。愛ではなく国の為に側室を持つべきです。国を愛して子作りをなさっていただけないでしょうか?」
「私は愛のない子作りなどに興味はない。只今をもって我が子アレンとエリザベートの婚約が決まったとする。話は以上だ。下がって良し!」
ほとんどの貴族は家の為、領地、領民の為を思い政略結婚をしているというのに。
何という発言をするのだ…。
次世代の教育に力を入れるしかないだろう。
アレン王子とエリザベートに圧し掛かる期待が重過ぎるのが正直に辛いところだ。
先程まで浮かれていた気分は沈み、久しぶりの帰宅なのに気持ちが悪い。
妻になんて詫びればよいのだろうか…。
■1度目の離婚危機
「ただいま帰ったよ…」
「お帰りなさいませ、アル様。お顔色が優れませんね。もしかして重要なお話があるのでは?それとも、先に休まれますか?」
妻には全てお見通しか…。
「実はアレン王子とエリザベートの婚約が決定した。1年間頑張った私への褒美も兼ねているそうだよ」
妻の顔色が変わっていく…。
「もちろん側室を提案して話をそらそうとしたが駄目だったよ。【真実の愛】を疑った事で怒りを買う破目になった」
なんだ?
妻の右手が震えている。
妻も貴族として娘の政略結婚に納得しようと我慢しているに違いない。
「次世代の王国に期待するという事で良いのですね?」
流石だ!
既に王国の未来に目を向けている。
「その通りだ。可愛いエリーに今から厳しい教育を施すのは気が引けるが頼めるかい?」
「ええ。今まで培った私の人脈を全力で駆使し立派な淑女に育て上げます。王子の方は頼みましたよ」
「それは王国が責任を持って行うと約束するよ」
私が部屋から出る時に妻が手紙を書いているのが目に入ったが、早速動き出してくれたのか。
心強く頼もしい妻がいて私は幸せだ。
妻に約束した手前何もしない訳にはいかない。
しかし、王は王子の教育に私の意見を取り入れてくれない。
「宰相の意見を取り入れてしまったら、君の娘の傀儡になってしまうかもしれないだろう?私の教師の息子に頼むことにしたよ。歴代優秀な家庭教師を輩出している家だから何も心配はいらないぞ」
王よ…。
二人三脚で国を盛り立てて行かなければならないのに、私を疑うのは心苦しいと思わないのか?
「分かりました。エリザベートの教育はお任せ下さい」
■2度目の離婚危機
5歳になった娘と王子のお茶会は今日だったな。
王国の未来を祝すような快晴で良かった。
「初めてのお茶会で緊張しなかったかい?」
私は笑顔でエリザベートに近付くと思わず抱き着かれてしまった。
右手が鳩尾にめり込む程の勢いで抱き着くとは…。
不安で寂しかったのだろう。
しかし、かなりお腹が痛い。
「不安でいっぱいでした。今回の婚約は冗談半分ですよね?お母様に相談させていただきますね」
お茶会中に王子は婚約破棄を示唆したらしい…。
「今回の婚約は王からお願いされたものだから簡単には破棄できないよ。このまま未来の王太子妃、后となるべく努力していって欲しい。絶対に妻に相談してはいけないよ」
子供の冗談だとしても言ってはいけない言葉がある。
妻が笑って許してくれるはずがない…。
様々な考えを巡らせている途中で家に着いてしまった。
「ただいま帰ったよ」
笑顔だ…。
満面の笑みで妻が迎えてくれる。
妻の右手と右足が震えている。
娘を侮辱された悔しさを精一杯我慢しているのだろう。
「さあ、アルフレッド様。お部屋でお話しましょうね」
今日中に部屋から出る事ができるのか?
「娘から聞いたと思うが率直な意見を言ってくれ」
妻は真面目な顔でとんでもない事を話し始めた。
「私はエリザベートの為に人脈を全力で駆使しました。3カ月後にベア帝国のジャン第1皇子が我が家に遊びに来て下さる事になりました。エリザベートの教育も帝国式に変えさせていただきます。王国も帝国も貴族のマナーに然程違いはないので問題ありませんよね?」
話の飛躍が過ぎるし着地点が重過ぎる。
まさか妻は婚約決定の時点で帝国と文通をしていたのではないのだろうか?
「まだ婚約破棄されていないのだけれど、大丈夫なのかい?」
妻が笑顔になりました…。
「もしこの話を断るなら離婚して私は母国に帰ろうと思います」
言葉が出てこない。
それは王国の終わりと私の終わりが同時にやってくる事を意味しているからだ。
顔から血の気が失せた私を見て妻が言った。
「離婚は冗談ですよ。今の現状を的確に表現するのに最適だっただけです」
私は妻の怒りがここまで重いとは考えていなかった。
今後も私の知らない妻の姿が見られそうだが何故かそれが途轍もなく怖い。
ジャン皇子とエリザベートは仲睦まじい姿をよく見せてくれた。
「お父様。ジャン様はとても優しく格好よく私を常に褒めて下さるのです。私の好きな物もたくさん知っており、それに合ったドレスや宝石もプレゼントしていただきました。私はどのようにお返しすれば良いのでしょうか?」
恐らく妻から事前に情報が伝っていたのだろうが、プレゼントの内容が重過ぎて返答に困る。
「爵位が上位の男性からのプレゼントは笑顔で受け取るのがマナーだよ。身に着けて見せてあげるのが一番のお返しじゃないかな?」
娘は納得してくれたのか凄い笑顔だ。
笑顔が妻に似ているので深読みしたくなってしまうが、まだ5歳。
純粋にプレゼントされて喜んでいるだけだろう。
「お父様、助言していただきありがとうございます。早速明日、実践してみますね」
妻は2人の子供の様子を満足気に見ています。
私の助言を聞いても笑顔だったので合格したのだろう。
それが、このような結果をもたらす事になるなんて…。
翌日、2人のお茶会が終わった後、妻に呼ばれました。
「アル様、お部屋でお話しましょう」
愛称で呼んでもらえるのは嬉しいのだが、このタイミングは怖い。
これ以上の何が起きる?
「ジャン皇子は避暑地として我が家を大変お気に召したそうです。毎年、遊びに来ても良いか尋ねられましたので、問題ないとお答えしました。問題ありませんよね?」
妻の発言はいつも私の予想など軽く超えていく。
本当なら妻が宰相になるべきだろう…。
流石にベア帝国からの提案を無下にする事などできない。
私にできるのは笑顔で問題ないよと頷くだけだ。
娘が12歳になり無事に王国の学園に入学する事になった。
ジャン皇子が毎年遊びに来られるので、娘も帝国の学園に入学する事になるのかと冷や冷やしていたが、アレン王子もあれから婚約破棄などの言葉を使わないところをみると、きつく躾けられたのだろう。
色々あったが一安心だ!
学園で話す機会が増えればアレン王子との距離も縮まるに違いない。
入学した娘の話を偶に聞いてもおかしな事はなく安心しきっていた。
■3度目の離婚危機
入学して2年、突然娘が帰ってきた。
「おや、急に帰宅するなんてどうしたんだい?学園で困った事でもあったのかい?」
笑顔で娘に抱き着かれたが衝撃も大きくなっている。
娘の右手足が鳩尾とつま先を襲った…。
途轍もなく痛いが、それよりも話の内容が酷く痛い。
「学園の食堂でお友達とお茶を楽しんでいた事を王子に不貞扱いされてしまいました。食堂で男子学生が違うテーブルにいる中で食事をする事は淑女らしくないそうです。私は恥ずかしさで皆に合わせる顔がありません…」
私は必死で笑顔を作り、何とか言葉を絞り出した。
「16歳まで待って欲しい。お願いだ我が愛しのエリー」
娘は分かりましたと言って納得はしてくれたみたいだが、向かうのは妻の部屋だ。
どのような話をしているのやら…。
娘が部屋から出た後に私も部屋に呼ばれた。
妻は相変わらずの笑顔…。
「学園でお友達と食事をする事は不貞行為であり、婚約破棄だと言われたそうですね。大勢の学生の前で恥をかいたと…」
あのバカ王子!
不貞行為を疑うだけではなく婚約破棄もちらつかせたのか。
「そうか…。もう駄目か」
私の言葉を受けた妻は意外なことを言った。
「学園卒業後のデビュタントまでは王国に残る事にします。宰相のあなたもどうするのか、それまでには決めておいて下さいませ」
既に今日の話は貴族中に広まったはず…。
デビュタントで王子に別れを告げるつもりだろう。
王家からの婚約を公爵家から破棄するのは難しいが向こうに瑕疵がある。
何等抵抗なく貴族中に受け入れられるだろう。
問題は私だ…。
宰相として王国の運営を一手に引き受けるのか、妻と帝国に渡るのか。
王国を再建する為には私が国王になれるように根回しするしかないだろうが、時間が足りない。
但し、何もせずに待つ事は宰相としてできない。
まずは侯爵家と話をしてみよう。
クラウス殿は王国の貴族派閥の中心人物で信頼が厚いと評判だ。
「お久しぶりですな、クラウス殿。王国の未来について少し話をしたいのだが、よろしいかな?」
クラウス殿は少し苦笑いをした後に話した。
「王国の未来はもうありませんよ。宰相殿の奥様が国中の貴族を帝国派に塗り替えました。これは私への最終確認ですかな?」
私もその話を知っていた振りをするしかないか…。
「宰相として情けなく思っているのですよ。最後まで足掻いてみたく思ってみたのですが…。クラウス殿まで納得しているのであれば、私のできる事はもうありませんね」
私は鉛のように重くなった体を一生懸命に動かし侯爵家を後にした。
エリアルよ、いつから動いていたんだい?
娘のデビュタントまで王国に滞在する事にしたのは他の貴族の準備時間だったのか…。
そして、ついに娘のデビュタントの日がやってきた。
王子は何をしてくるのだろうか?
せめて、貴族として綺麗に王子に別れを告げて欲しい。
しかし、王子は何もしてこなかった…。
婚約者のデビュタントに何もしないなんて誰が予想できる。
迎えに来るどころかドレスやアクセサリーさえ贈ってこない。
妻は笑顔でこちらに歩いて一言告げた。
「宰相として王国に残るのか、帝国に行くのか今決めて下さいませ」
「もちろん君と娘についていくよ」
「分かりました。では、一緒に帝国に行きましょう」
外に出て妻が周りをキョロキョロと見ている。
珍しい光景だと思っていたのだが…。
「あら、いやだわ…。私ったら馬車の御者が1人足りないなんて。アル様、何か良い案はないかしら?」
また私の知らないエリアルを見られたよ。
今できる最高の笑顔でエリアルに答えた。
「愛する君たちを帝国まで運ぶのが私の宰相としての最後の仕事だよ」
その答えにエリアルはとても魅力的な笑顔を見せてくれた。
私の【真実の愛】はここにあったんだ。
アルフレッドも頑張りましたが
エリアルの頑張りが上を行きました。